報告


「いいのか? 服までもらって」


「遠慮されるような上等な服でもないだろ。もらった魔石で十分おつりが出るさ」


 ネントの家で身体を拭かせてもらい、ボロボロだった上着までもらってしまった。ズボンはサイズが合わなかったので、そのままだ。

 入れてもらったヘシムテ茶を飲みながら、テーブルに座って家の中を眺める。狩人の家らしく、これまでに獲った獲物の部位が誇らしげに飾られていた。


「くつろいでもらうのもいいが、朝メシ食べたらすぐに出かけるからな」


 言いながらも、台所から食事を持ってきてくれた。平焼きのパンに肉とスープ。シンプルな朝食だが、久しぶりの人らしい食事が胃に染みわたる。炭水化物って大事。



 森の端にあるエルフの狩人の集落は興味深い事ばかりで、できる事ならゆっくりと様子を見たかった。だが、今は村への連絡を優先しなければならない。

 食事を終え、ネントの家を出て馬にまたがった。馬を並べて目指すのは、アメルニソスの中心都市。名前は特になくて、あえて言うならアメルニソスと言うらしい。



 狩人の集落から半日ほど馬を進めると、街道は再び森の中へと入った。その間、一匹の魔物とも出会わない。こんな平和な森は初めてじゃないだろうか。


「魔物がまったくいないな」


「迷いの森の結界のおかげだ。弱い魔物が現れることはあるが、それもたまにでしかない。ナナナキヒ様のおかげだな」


「誰なんだ? そのナナナキヒ様ってのは」


「ナナナキヒ様ってのは迷いの森の結界を張ってくださっている、神樹の樹精霊様だ」


 精霊! かつて図書館で読んだ書物には、精霊について言い伝えや役割など多くが書かれていた。なんでも地・水・火・風・光・闇それぞれが日常的に精霊の働きで成り立っているのだとか。だが、地球から来た身としては自然現象は当たり前にしか思えなくて、その恩恵を実感できた事はなかった。迷いの森は、その影響力を初めて体感したと言える。

 だが、樹精霊ってのは初めて聞くし、神樹ってのはまさか……アレか!?


「神樹って、まさか世界樹か?」


「世界樹なぁ。神樹は世界樹ではないよ。世界樹は世界のどこかにあるらしいとしか聞いたことがないな。ハイエルフの方々なら何か知ってるかもしれないが」


 ハイエルフに樹精霊……新しい情報が多くて、頭がクラクラする。森の中の街道を進みながら、色々説明をしてもらった。


 それによれば、神樹というのはアメルニソスの中心にあって、その樹に宿る精霊とエルフとの盟約がアメルニソスの根幹なのだとか。樹精霊は年月を経た木に宿る精霊で、外界では珍しいものの、ここアメルニソスではかなりの数がいるそうだ。


 迷いの森の結界は、神樹の精霊ナナナキヒ様とその樹精霊たちとが力を合わせて張っているらしい。ハイエルフは、存在としての格の高いエルフで、通常のエルフよりもさらに長生きなのだそうだ。


「格ってなんだ?」


「精霊に認められた者だ。精霊より加護を得てハイエルフとなる」


 生まれつきハイエルフな訳じゃないのか。ただ、そもそも長生きなエルフたちは、好んでハイエルフになろうとはしないそうだ。明確な目的や責任を果たす為にハイエルフになる者が多く、だからこそ敬意を払われる存在なのだとか。


「聞いておいてなんだが、そんなに教えてしまってもよかったのか?」


「この程度はアメルニソスのエルフなら常識だ。かまわないさ。それより、ほら、見えてきたぞ」


 ネントが指を差した先を見ると、森が開けて前方に高さ5mはあろうかという緑の壁が見えてきた。左右の見える範囲は、延々と続いている。よく見ると、その壁は茨が絡み合って出来ているようだった。 そしてその向こうに、はるか見上げる高さの巨木が並ぶ森が見える。




 街道は茨の壁にある門へと続いていた。門には衛兵と思われるエルフが数人いるが、門扉が見当たらない。近づいたところで馬から降りた。荷物から杖を降ろして手綱を引きながら歩いていくと、衛兵が向こうからこちらに歩いてくる。


「おい、ネント。ヒューマンがどうしてここにいるんだ?」


「迷いの森の外側をうろついてたんだ。その件でラヂェン隊長に相談がある。取り次いでもらえないか?」


 衛兵とネントは顔見知りのようだ。チラチラとこちらを見る衛兵は、警戒というより物珍しさがまさっているように見えた。


「取り次いでくれって言われても、せめて事情くらいは教えてもらわないと取り次ぎようもないぞ」


「地竜のねぐらに、人間の村の近くから通じる洞窟が見つかったらしい。早い対応が必要になりそうだ」


 それをきいた衛兵が、ピリッと顔を引き締める。


「わかった、すぐに報告を上げる。そこのヒューマンと一緒に詰め所で待っててくれ」


 指示された詰め所は、門のすぐ脇に建てられた小さな小屋だった。馬を繋いでネントとしばらく待っていると、ドカドカと音が聞こえてきて扉が開かれた。


「よう、ネント久しぶりだな。報告は聞いたぞ。その男がヒューマンの冒険者か」


「お久しぶりですラヂェンさん。アジフはアメラタ語がしゃべれますから、そのまま話してもらってもいいですよ」


「おっと、そうだったのか。これは失礼をした。アメルニソス守護隊の隊長をしているラヂェンという者だ。よろしく頼む」


 扉から入ってきたのは二人のエルフだった、共に衛兵と似たような鎧を着ているのは、守護隊という組織の装備なのだろう。あいさつをしてきたのは、一際体格のいい、少しだけ装飾の豪華な鎧を着た男だった。


「ナナゼ村の冒険者でアジフといいます。アースドラゴンのねぐらを抜けて迷いの森の外側まできました」


「その話、本当なのですか? よく無事でここまで来れましたね。ああ、申し遅れました。副隊長のフィンゼです」


 もう一人の、こちらはエルフらしい細身の体格をした男も話に加わり、これまでの経緯を一通り報告する事になった。




「……なるほどな。確かに、早めに手を打った方がよさそうだ」


 隊長さんが腕を組んで目を閉じて考え込む。


「それで、アジフさんはどうしたいと思っているのですか?」


「私は、まずお互いが現状を把握するべきだと思ってます。ナナゼ村に連絡して、アメルニソスがアースドラゴンとねぐらについて知っている、という事をまずは伝えるべきだと思っています」


「それはもちろんそうですが、早く村に帰りたいのではありませんか?」


 おっと、自分自身の事だったか。村に早く帰りたいかと言われれば、別にそんな事はない。せっかくアメルニソスにきたのにもったいない。


「いえ、ちょっとゆっくりしたいですね」


「……そうですか。大変な目に遭われたのです。お気持ちはお察しします。アメルニソスはヒューマンの入国を制限してますので、歓迎するというわけにはいきませんが、宿屋を手配しますのでそちらで休養なさるといいでしょう」


 ん? なにか誤解があるような…… まぁ、宿屋を手配してくれるだけでずいぶんとありがたい。ヒューマンがふらりと入って泊めてもらえるかどうかわからないからな。


「よしっ!」


 それまで目をつむっていた隊長さんが、腕を解いてヒザを<パシッ>と叩いた。


「早いとこ動かなきゃならないのはわかったが、あまり勝手には動けない。俺は念のため評議員に相談しに行くから、フィンゼはその……ナナゼ村、だったか。そこに行ってもらうから準備をしてくれ。明日の朝には出立するつもりで頼む」


「わかりました」


 早速動いてくれるようだ。後は村長がどんな判断をするかだが……あの人なら、悪いようにはしないと思う。それでも、念のために一言添えておくか。


「私からも状況を伝えたいと思います。手紙を届けてもらってもいいでしょうか」


「おお! 確かにそれはあった方がいいな! 是非お願いするよ」




 紙と筆記用具を借りて、村宛に手紙をかいた。宛名は……ついでもあるからメゼリルがいいだろう。


 これでできるだけの事はしたつもりだ。あとは、エルフと人間と、あとついでにドラゴンとが争う事態にならないように祈るばかりだ。



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