再生魔法



「神父様は再生の奇跡を習得されているとうかがいました。見ての通り私も片足を失っている身です。いずれ再生の奇跡を習得したいと思っているのですが、すでに多くの治療をされたであろう神父様のお話を聞いてみたかったのです」


 リジェネレートについては、日頃から考える機会が多い。今までは高位の司祭から話を聞くなんてあきらめていたが、ここアメルニソスでなら可能かと思って来てみたのだ。


「ふむ、ご自分で治すつもりなんですか?」


「いえ、治療はお金を貯めてやってもらおうかと思っています」


 治療費というのは、それぞれの教会が勝手に決められるものではない。教義によって厳密に決められている。その為、どんな僻地の小さな教会でも、大都会の巨大な教会でも治療費は変わらない。

 そして支払われた治療費は、治療を行った聖職者の物でも教会の物でもない。治療ごとに決められた割合で神に捧げられるのだ。


 それを決めたのは、他ならぬ。メムリキア様だ。だからこそ教義となっている。もし反すれば、教会のメムリキア様像の機能が停止する。

 事例によって、個別に神罰が落ちることもあるらしいが。


 捧げられた治療費は、その金額によってその土地の神の加護が強くなるとされている。ただし、古い加護は時間と共に消えていくらしい。


 抜け道は、ある。例えば、ゼンリマ神父が最前線で回復を無料で使っても、教義に反するとされはしない。

 抜け道には幾多の前例があって、数多くの研究がされてきた。そして現在では一つの仮説にたどり着いている。それは『故意は許されない』だ。

 例えば、センウ神父をホーンラビットの前に連れて行って、戦いながらリジェネレートをかけてもらう。これは完全にアウトだ。ほぼ間違いなく神罰が落ちるだろう。


 それがもっと強い魔物で、センウ神父に戦力としてついて来てもらっていたとしても、始めから足を治す思惑があれば許されないとされている。


 そしてもう一つ代表的なものに、これは抜け道と言っていいかわからないが、『社会保障』がある。ほとんどの領地で、治療を必要とする土地の住人はその土地の領主に治療費を借りる事ができる。その際、その貸し出した治療費に対して、いくばくかの金利を乗せる事が許されている。

 

 領主としては、金利も入り、土地の加護も強くなる。そして土地の住人からは感謝され、取り立てもしやすい。メリットが多いので、貸し出しを行っていない領主は少ない。

 この金利は領主の裁量で好きに事ができる。寿命の長いエルフにとって、これはありがたいはずだ。


 ただし、これが旅人に適応される事はまずない。貸し倒れになってしまうからだ。冒険者や傭兵でも、その土地の住人として身元がしっかりしていれば、借りられるケースが多いようだ。土地に根付いた冒険者が多い一つの理由でもある。

 それでも危険な職業ほど金利が高いのはどこの世界も同じ。端からあてにするような物でもないらしいが。


 結局、旅の冒険者である身では、自力でお金を貯めるしかないのだが。


 できる事なら自分で治そうとも思っていたが、聖書によれば再生を習得する為に必要な光魔法のレベルは50だ。しかもレベルは高くなるほど上がりにくくなる。最近は自分で傷つけてヒールしても、なかなかスキルレベルが上がらない。それこそ教会に勤めて治療に専念でもしない限り、再生の魔法を習得するのがいつになるか見当もつかなかった。


 とはいえ、再生の重要さに変わりはない。先日のドラゴンの様にいつまた危険な目にあうとも限らないのだ。再生に限った話ではないが、回復魔法を習得する目標を変えるつもりはない。


「そうですか……同じメムリキア様にお仕えする身です。特に秘密にする事でもありませんので、お答えできることであればお答えしますよ」


「おお! ありがとうございます。では、早速ですが、常々気になっていたのですが、若い頃に失った手足を再生したら若い手足になるのでしょうか?」


「ああ、それは気にする方は多いですね。残念ながら、年相応の物になりますよ。どんな手足が再生するかは、魂の記憶に刻まれていると言われています。失った手足は形を無くしても魂と共に年齢を重ねる……と、言われていますね」


 ヒールもそうだが、リジェネレートも地球の医療とはかけ離れたものだ。自分で実験する訳にもいかないので、多くの治療体験を持つ人の話は貴重だ。聞ける話は聞いておきたい。


「再生した手足は、鍛え直さなければならないのでしょうか?」


「鍛え上げられた手足を再生すれば元通りになりますよ。ただし、鍛える前に失った手足であれば、鍛える前の状態で再生されます」


 これも魂の記憶というやつだろうか。身体を鍛えても、無い部位の魂の身体は鍛えられないらしい。足を失った時は王都で修行していた頃なので、ひょろひょろの足が再生される様な事はなさそうだ。


「目は再生できると聞いた事があります。手足以外の臓器はどこまで再生できるのでしょうか?」


「臓器……ですか。身体の内側の部位の損傷については、回復ヒール高位回復ハイヒールですね。それでも治らないほど胴の一部が欠損するような状態では、たとえその場にいたとしても再生の魔法で治る見込みはないと思った方がいいです。そもそも詠唱が間に合いませんよ」


 確かに、聖書に載っている再生の聖句は覚えるのが心配になるほど長かった。


「では病気のときはどうでしょう」


「病気? 再生の奇跡は病気には効果がありませんよ」


「いえ、例えば病んだ臓器を切り離して、再生の奇跡で治せないものかと」


 センウ神父は考え込んでしまった。あまり医療は進んでいないのだろか。


「やった事はありませんが、恐らくは効果が無いと思いますね。前に病気で失明した目を再生したのですが、失明したまま再生されましたので」


 一応この世界にも麻酔らしき薬はある。だが、たとえ手術をしたとしても上手くいかなさそうだ。もっとも、医療の知識も技術もないので手術などできないが。


「ちなみに、ですが、禿げた頭を戻すのは可能ですか?」


「可能ですが、現実的ではありません。再生は一部位につき一回必要ですが、それで再生するのは一本の毛だけです。しかも再生には多くの魔力を消費します。私でも二日に一回が限度です。元に戻るまで続けたらきりがありませんよ」


 『再生』という未知の可能性に対して色々考えていたのだが、それほど融通が利く魔法でもなさそうだ。




 センウ神父は再生リジェネレートを習得するまでに80年かかったそうだ。それでもスキルの習得が遅いエルフとしてかなり早いらしい。


「神父様はアメルニソスのエルフの為にハイエルフとなられたのです」


 そう語るシスターは誇らし気だった。たしかに、貴重な再生の使い手が長生きするのは、エルフにとってありがたいのだろう。


「アメルニソスには再生の使い手は一人しかいないのですか?」


「今は一人ですが、不肖の弟子がいますね。ただ、いかんせん力不足でして。今は守護隊で訓練をしているところです。再生の奇跡を修行するにも魔力は必要ですから」


 守護隊にいたのか。ひょっとしたら会ってるかもしれないな。魔力を上げる為に守護隊に行くって事は、レベルでも上げているのだろう。


「再生の奇跡を扱う為には、どれくらいのレベルが必要なのでしょうか」


「そうですね……適性や種族などにもよりますが、エルフならば80程度が目安になると思います」


 レベル80、Aランク冒険者でもそうは聞かない。しかも魔法適性の優れたエルフでそのレベルだ。人間ならばもっと上だろう。スキルを上げるのも大事だが、レベルも上げないとそれもままならないとは。


 他の光魔法についてなども色々聞きたかったのだが、いつまでも時間を取らせても迷惑だし、治療院に患者さんが来たところで教会をお暇をさせてもらった。


 今までの知り合いで最も光魔法のレベルが高かったのはゼンリマ神父だったので、センウ神父の話はずいぶんと参考になった。ゼンリマ神父はほぼ筋肉の参考にしかならなかったせいでもある。同じ神父でも、エルフとドワーフでずいぶんと違うものだ。






 鎧が完成したのは、それからさらに数日たってからの事だった。鎧自体は出来ていたのだが、魔法付与をお願いしていた分、追加で日にちがかかってしまった。


 初めての金属鎧は、装着するとズシリと重い。軽量化の魔法は一切つかっていないので、無理もない。鉄の表面は濃い茶色に塗られて、地味な外観にするとともに森の中での隠密性を上げている。だが、フルプレートでは無くても金属製なので、動けば多少は音が出てしまうのは仕方ないところだ。


「注文通り光属性小強化が付与されているぞ。鉄素材ではこれで限界だな」


 レッテロットに作ってもらった、魔道杖の機能を付けた小盾は籠手と一体型だったので、新しい鎧に合わせて取り付けを作り直した。


「試してみてもいいか?」


「もちろんだ」


 義足の魔道杖の機能が無くなってしまったので、これからは小盾がメインの杖になる。マインブレイカーは杖として使うと付与強化が切れてしまうので、戦闘中の切り替えは難しいところだ。


「メー・ズロイ・タル・メズ・レー プロテクション」


 守りの魔法を自分にかけると、光の幕が身体を包む。心なしか光が前よりも強い気もするが、見た目だけでは効果のほどは判断がつかない。後は実際に使ってみるしかないだろう。


「もし上手く行ったら、ミスリルを持って来てもいいか?」


「そりゃぁ、ミスリルで作らせてもらえるんならありがたいさ。期待しないでまってるよ」


 防具工房の主は聞き流す様に言ったが、人間の街に戻ればミスリルは高価だが手に入らない素材ではない。だが、まだ鎧の強化が上手くいったかどうかわからないし、お金も心もとないのであまり期待はさせないほうがいいだろう。




「あら、似合うじゃないの」


「そうか? まぁ、ありがとうと言っておくよ」


 鎧を着て宿に戻ると、メゼリルが待っていた。こげ茶色に塗った地味な鎧が似合うと言われても微妙な気分だ。


「それで、準備は済んだのかしら?」


「ああ、明日の朝には出発できそうだ」


 鎧が完成したので、アメルニソスでやるべき事は一通り完了してしまった。短い間だったがアメルニソスに滞在した感想は、『時の流れが穏やか』これに尽きる。迷いの森という結界の中で、エルフ達は毎日を繰り返して過ごしているように思えた。


 今ならメゼリルが『あそこは退屈だから』と言った理由がわかる気がする。のんびりするのも嫌いではないし、この空気に浸っているだけであっという間に時間が過ぎてしまいそうだ。

 だが、村の皆も心配しているだろうし、なにより滞在中の宿代は守護隊のおごりなのだ。用もないのにいつまでも居座れない。鎧の完成と共に出発するとラヂェン隊長には告げてあった。

 名残は惜しいが、アメルニソスは今まで通り過ぎてきた街の様に、もう当分は来れないという事はない。きっとこれからも何度も訪れるだろう。




 その夜は、宿の食堂で名産だというミードに酸味のある果実液を加えた酒を飲んで過ごした。ほの暗い食堂で飲む夜は、エルフの国のお国柄を映すように、静かで穏やかに過ぎていった。



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