Cランク依頼


 オーガ討伐 Rank: C

ジデルル谷に現れる2体のオーガの討伐

報酬:金貨25枚及びオーガ素材

ニンドル村 村長 ギドブ


 

 デロスロの冒険者ギルドで、腕を組んで掲示板に貼られた依頼票と向き合っていた。オーガはCランク、シンプルに強いと聞く。だが、この依頼を受けるのに戸惑うのはそれだけが理由ではない。


「行く……か」


 依頼票に腕を伸ばす。そして剥がそうとして、手が止まってしまった。


「その依頼はやめておいた方がいいぜ」


 迷う仕草を後ろで見ていたゼチスが声をかけてきた。


「どうしてだ? 特におかしな所はなさそうだが」

「知らずに悩んでたのかよ。ニンドル村といえば、ここから片道で馬でも一週間はかかる。それで金貨25枚はCランクにしちゃ安いだろ」


 そんなに遠いのか。ムジデルからここデロスロまでは護衛依頼をしながら10日かかった。それを考えればかなり遠い。


「そんな遠くの依頼がここまで来ているのか」

「ニンドル村はとんでもない僻地だからな。一番近い大きな街がここなんだよ」


 それでなのか。依頼票の端は少し紙が変色している。それなりに長い間貼ってあると思われた。いわゆる塩漬け依頼ってやつか。


 確かに、移動だけでも往復で二週間。それに加えて、森のどこにいるかもわからないオーガの討伐が一日で終わるとは思えない。それだけの期間があれば、Dランク依頼を数こなすのも可能だ。金貨25枚は無理でも、半分くらいなら稼げるだろう。パーティならそれ以上だって可能だ。

 他のCランク依頼と比べても金額は少し安く、時間はかかる。確かに安いと言わざるを得ない。


 だけど、それでも色あせた依頼票を掴み、掲示板から引き剥がした。


「やっぱり馬鹿だよ、アジフは」

「うるせぇ」


 ゼチスが肩をすくめるが、この依頼を受けるか迷っていたのはそんな理由ではない。何を隠そう、今までCランク依頼を受けたことがないから迷っていたのだ。


 それにもかかわらずCランクを維持してこれたのは、ギルドの強制依頼をこなしたり、頼みを聞いたりしてきたからだ。正確には半ば強制的に維持させられてきた、とも言う。

 『どうせすぐ元通り昇格する人を、Dランクに落としても意味がありません。依頼でもこなしてもらったほうがマシです』とは、スエルブルの受付嬢ミヨルさんの言葉だ。


 Cランク依頼を受けてこなかった訳を聞かれても困る。考えてもみて欲しい、今まで戦ったCランクの魔物、ワイバーンもハーピー・クイーンも強敵だった。もう一度やりたいかと問われればやりたくないと即答する。しかも、どっちも基本的に自分から戦いを望んではいなかった。


 だが、この依頼票を手に取れば、自らCランクの魔物に戦いを挑まねばならない。あのクラスの魔物に対してだ。迷うなと言う方が無理がある。

 

 それでも手に取ったのは、冒険者として、いつかは挑戦しなければならないと思っていたからだ。

 ハーピー・クイーンとの戦い以来、これまで訓練と実戦を繰り返してきた。それなりに鍛えて準備してきた自負もある。

 

 それに、色あせた依頼票を見て想像してしまった。


 ナナゼ村で暮らしてきたからわかるが、僻地の村にとって金貨25枚はかなりの大金だ。かなり無理をしているに違いない。それなのに、誰にも受注されないで貼り出されたままの依頼票。


 困ってるだろうな、と。


 そして、その対象がオーガ。グリフォンの様に空を飛ぶ訳でも、隣に貼ってあるサーペントの様に水の中にいる訳でもない。Cランク初心者(3年目)には手頃(?)な相手だ。

 

 これも何かの縁と言うもの。多少遠いくらいなら受けてみてもいいだろう。剥がした依頼票を手に受付へと向かった。


「これを頼む」


 受付に座っていたのは、お局感のあるドワーフの……お姉さんだった。


「この依頼は…… お一人ソロですか?」

「ああ、問題あるか?」

「いえ、自信があるのなら止めはしません。相手は二匹です、お気を付けて」


 そうなんだよなぁ~、あのクラスが二匹。やっぱり金貨25枚って安いよなぁ~。


「忠告感謝するよ。ありがとう」


 心の中のため息を顔に出さずキリっと答えると、ドワーフのお姉さんも笑顔で受付を済ませた依頼票を返してくれた。

 Cランクともなれば、依頼に関してうるさく言われない。難易度と実力の釣り合いぐらい自分で判断できるだろうと思われているからだ。


 依頼票を手に振り返ると、"双頭の火ネズミ"の面々が待ってくれていた。


「本当に受けちまったか…… しばらく顔を見なくなるな。いつ出るんだ?」

「ニンドル村周辺の地理と魔物の情報を調べて…… あとは買い物か。明日の朝には出るつもりだ」


 装備の手入れやムルゼの世話、最低限の買い物はすでに済ませてある。あとは消耗品と、情報を調べて必要な物があれば買う程度で大丈夫なはずだ。


「ゼチスたちはデロスロにいるのか?」

「ああ、この季節のデロスロは依頼が多い。しばらくはここで活動するつもりだ」


 冬でも雨の多いデロスロには、この季節は周辺から動物も魔物も集まってくるのだとか。そして冒険者も。


「オーガは強いって聞くぜ。やられるなよ」

「当然だろ。お前らこそつまらん依頼でヘマするんじゃねぇぞ」

「ぬかせ」


 ゼチスと拳を<ガツッ>と合わせた。


「よし、今日は景気づけに飲むか!」

「今日も、だろ。明日は早いからそんなには付き合わないぞ」

「いや、アジフなら心配要らないだろ」


 キトデルがはりきっている。どうやら今夜も飲む羽目になりそうだ。デムの言うように『キュア・ポイズン』があるので二日酔いの心配は要らないが、寝不足は普通に辛いのだが。

「またヒーラー不在に戻っちゃうわ」


 レレンがため息をついた。ポーションがあればヒーラーは要らない、なんて言うのはド新人くらいのものだ。


 ポーションは自分から動いてくれないし、連携もしてくれない。仲間が怪我をするのをじっと待っている回復役ヒーラーなど居ないのだ。仲間が怪我をする前にどれだけパーティのサポートをできるか、それこそ回復役の腕の見せ所だろう。


「アジフはほとんど前衛だったけどな」

「そういう流派なんだよ!」


 ロクイドルの皆、元気かなぁ。笑って返しながら、懐かしい教会が脳裏をよぎった。


「じゃあ、後で宿でな」

「ああ」


 引き続き依頼を探す"双頭の火ネズミ"と別れて、ギルドの資料室へと入った。調べ物を済ませて外へ出ると、もう皆の姿はなかった。


「さて、どこから回るか」


 もう案内してくれる仲間はいない。見知らぬ街、見知らぬ土地。この少し不安で、少しわくわくする感じも久しぶりだ。


 町並みも、人々が着る服も、ムジデルからたった10日移動しただけなのに違っている。だが、のんびり観光している暇はない。なにしろ、この先にはまだ見ぬ強敵が待っているのだ。しっかりと準備しなければ命にかかわる。


 オーガと聞いてイメージするのは鬼だ。やはり角はあるらしく、鍛冶に魔術触媒にいろいろ使える優秀な素材らしい。しかし、素材はそれぐらいだ。あまり稼ぎのいい魔物とはいえない。


 にもかかわらず、強い。力が強く、速く、皮膚も丈夫らしい。素材には向かないらしいが。

 そういう単純な強さが、一番対策を立てづらい。相手の特技や特徴を抑えて優位に立てないからだ。一番の対策は自分の実力を上げる事だが、それは一朝一夕にはいかない。


 小細工は通用しない、か。


 ぶるりと身体が震える。武者震いだろうか、単に恐いだけな気もするが。でもそうだよな。初めてってのは恐いもんだ。だからこそ未知に挑む者は冒険者と言われる。


 オーガは既知の魔物だ。すでに多くの冒険者によって何度も討伐されている。しかも、他の人から見ればCランク冒険者がCランク依頼を受けただけ。誰からも冒険とは言われないだろう。


 けれど、自分にとっては間違いなく未知の魔物に挑む冒険だ。たとえ、誰からもそう言われなくてもだ。


 ああ、いいだろう。やってやるとも。オーガを倒して、帰ってきて、当たり前の様な顔をしてサイン済の依頼票を出してやる。



 踏み出した足に石畳の固い感触が伝わる。行き交う人の流れに乗って歩きながら、街を探索して旅の準備を進めた。その姿は、誰からも何の疑問も持たれない、ありふれた冒険者の姿だ。


 でも、それでいいじゃないか。だって、これは誰にも気付かれない、誰にも褒めてもらえない、自分だけの冒険なのだから。


 ふと気付くと、街には灯りがともりはじめていた。岸壁に囲まれた街は陰に包まれて日暮れが早い。見上げた空だけが、忍び寄る夜に抗うかの様に青かった。


 あまり時間はなさそうだ。少し早足になって歩き出す。



 見慣れぬ街の、見慣れぬ青空の下の夜景は、まだ見ぬ世界の広さを自分に見せているかのように思えたのだった。


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