岩山都市



「見えてきたわ。あれがデロスロよ」


 レレンが指さす先にあるのは岩山だ。平原の真ん中に忽然と巨大でテーブル状の岩山がそびえ立っている。その上部は不自然に平らで、絶壁に沿って城壁が立っているのが見えた。

 確かにこれなら空から魔物でも攻めて来ない限り難攻不落だ。それはいいのだが


「これ、馬車はどうするんだよ」

「心配ないわ。下から中に入れるの。行けばわかるわ」


 周囲の畑を貫く街道を進んで近づいていくと、レレンの言っている事がようやくわかった。遠目ではひとかたまりの巨大な岩に見えたが、実際はいくつかの岩山が寄り集まっている。その間を城壁で塞いで、一つの城塞にしていたのだ。


 街道には多くの人が行き交い、岩山の中へ入っていく流れと、中から出てくる流れができあがっている。かなり賑わっているようだ。


「こんなにたくさんの人が入れるのか」

「だから入ればわかるって」


 むぅ、またそれか。人の流れは自然と入門を待つ行列へと変わった。ムルゼから降りておとなしく並ぶ。行列は早いペースで進み、すぐに順番がやってきた。


「革屋のロロイと護衛冒険者5人だ」


 依頼主のロロイさんは革の卸業者で、今回は大口の…… ま、その辺りの事情はいいだろう。門番の兵士はそれぞれのプレートと馬車の内部をちらっと確認した。


「よし、次!」


 すぐに門の先へと通される。割と簡単だな。ロロイさんはこの街の住人なので、信用があるのかもしれない。


 門の先は10mほどのトンネルになっていた。岩を積み上げたアーチをくぐる。城壁にしては厚みがありすぎるが、その理由はアーチをくぐった先にあった。


「おお」


 思わず声が上がる。城壁の内部に広大な空間が広がっており、周囲を岩壁がぐるりと囲んでいるが、反対側は遠すぎて見えない程だ。門のアーチは途中から実際にトンネルになっていたのか。

 城壁になっている岸壁と所々にある岩山には住居が掘り抜かれ、その間に石橋がかかっている。立体的に組み合わさったその光景は、今となっては懐かしいビル街を想い起こさせる。


「どう? 岩山都市デロスロの感想は」

「いや、凄いな。これが人の手で作られたなんて、ちょっと想像できない」

「そうでしょ。元々は国の首都だったのよ」


 今いるルスナトス神国は、神殿と貴族が統治する国だ。大神殿の場所は昔から変わってないと聞いたが、神殿の場所が首都とは限らない。


「昔はここに王様がいたの。今は公爵様ね」


 れ、歴史か。日本史、世界史に加えて異世界史まで覚えなきゃならないのだろうか。


「つまり、何かいろいろあったって事だな」

「そうよ」

「いや、『そうよ』じゃねぇだろ!」


 胸を張るレレンに、デムから突っ込みが入った。


「いいか、二人とも。王位が移ったのはおよそ二百年前。ラバハスク帝国との二度目の大戦に敗れた当時のルスナトスは、多額の賠償に加え国土の割譲を余儀なくされた。敗戦による軍の弱体化に加え、豊かな穀倉地帯メーギルを失い国力が低下。それによって国内の魔物が増加して、荒れる国内に求心力を失ったセミヨン3世は大神官ヨゼハムの……」


「ギルドはあっちなのか?」

「そうだけど、ロロイさんのお店は反対側よ」

「それはちょっと手間だなぁ」

「おい、聞けって!」


 力説するデムをほっといて馬車の後を追う。しかし、デムは意外に物知りのようだ。国の歴史なんて学校にでも行かないと学ばない。魔術学院の出身なのだろうか。


「おいていくなー!」


 石畳の敷かれた町並みは、平民は騎乗での移動が禁止だそうだ。馬車は許されているので、油断すると先に行かれてしまう。デムは手綱を引いて必死に走ってきた。


 余談だが、ムルゼには蹄鉄を付けていない。蹄鉄自体は存在しているが、それほど不便を感じた事はないし、周囲でもあまり一般的でもなかった。だが、この街の馬の多くは蹄鉄を付けているようで足音が違う。石畳だからなのだろうか。ムルゼにも付けてみようかなぁ。



「みなさん、ありがとうございました。おかげで無事に帰って来れました」


 ロロイさんの店は、下町の一角にある大きな店だった。看板などは出ておらず、外からでは何の店か想像もつかない。一般客は受けていないのだろう。

 依頼票にサインをもらって別れを惜しんだ。ムジデルから10日の移動の間に、すっかり気心が知れたものだ。


「良い皮があったら持ってきて下さい。ギルドより高く買いますから」


 気心は知れても商売を忘れないのは、さすが商人だ。店で皮のなめしをしているようには見えないが、そこはそれなりの手はずがあるのだろう。


「アジフさん、あの時、犬を治してくれてありがとうございました。ずっと言いたくて言えなかったんです」


 別れ際に握手をしながら、ロロイさんが口にした。あの時のことは、なんとなく口にしづらくて、道中もほとんど話題にしなかったから言えなかったのはわかる。言えなかったのはわかるが、言いたかったのはわからない。


「なぜです? 私は結局死なせてしまったんですよ?」

「私ならそもそも助けもしませんでしたよ。日頃、革という元々命あった物を扱っているにもかかわらず、です。私たちはもっと命に感謝しなければならない。それを必死で吠えたあの犬が思い出させてくれた気がするんです」


 そうか…… あの犬を見て自分を変えようと思ったのは、自分だけではなかったのか。小さな命が起こした波紋は、思ったより大きな影響をそれぞれの心に与えたのかもしれないな。


「正直に言えば、傷ついた動物を素通りする度に、心にちくっとトゲが刺さる気がしていたんです」

「あ、それはわかります」


 ロロイさんと顔を見合わせて笑いあった。


「また違う時を共にしましょう」

「ええ、必ず」


 店の前で手を振るロロイさんと別れた。気持ちのいい依頼だったなぁ。別れの言葉はよくある挨拶で、特に何か約束したわけではない。だけど、機会があれば訪ねてみようと思ったのは、本当だった。


「なぁ、ギルドは明日でもいいだろ? 先に岩穴亭に行って部屋を確保しようぜ」

「そうだな、遅くなると混むからな」

「アジフはどうするの? 宿のあてはあるのかしら」

「いや、まったくない。どこかいい宿があるのなら、是非教えて欲しい」

「よし、決まりだ! 依頼完了の祝いだ、今夜は飲もうぜ!」


 それまでの疲れが消えたかの様に、一行の足取りが軽くなる。町の人から見れば、冒険者は酒ばっかり飲んでいる様に見えるが、冒険者からしてみればようやく旅の緊張から解放される日だ。飲みたくなるのも大目に見て欲しい。

 酒ばっかり飲んでいる冒険者がいるのもまったく否定はできないが。


「女将さん、部屋空いてるー?」


 効果音が<バァン!>と付きそうな勢いで扉を開けて、キトデルが先陣をきって中に入った。


 岩穴亭はその名の通り、街の中にある岩山に掘られた宿だった。厩は無いそうなので、宿の近くの厩舎にムルゼを預けてきた。街中に綺麗な水が流れる用水があり、厩舎はその近くに立っていた。周辺の馬の面倒を見ているらしい。一日馬を預ける料金は銀貨3枚で、人間の宿と比べても遜色がなかった。都会はお金がかかるなぁ。


「なんだ、火ネズミども。戻ったのか。部屋なら空いてるぞ」


 ぶっきらぼうに返事をしたのは、頭を丸めた背の高い男だった。女将さんにはとても見えないが…… まさか?


「げ、おやじさんかよ。この時間に厨房にいないなんて珍しい。今日から頼むぜ」

「喜べ、今日はあいつの手料理だ。嬉しいだろ? ん? 知らない顔もあるな。新しいメンバーか?」

「いや、依頼で一緒になったアジフだ。コイツにも一部屋頼むよ」

「わかった。一泊は銀貨7枚。湯は必要なら言ってくれ」


 よかった、この風貌で女将さんではなかった。密かに胸をなで下ろし、銀貨を前払いで支払った。

 これから部屋に行って、旅装を解いて装備の手入れをしなければならない。今日ギルドに行っていたら酒を飲んでいる暇などなかっただろう。さすがは旅慣れた冒険者。良い判断だ。


「よっしゃー! 荷物おいたら早速飲もうぜ!」

「明るいうちから飲む酒はたまらんよなぁ」


 ……そうでもないらしい。剣士のキトデルとゼチスはすでに飲む気満々だった。


「おいおい、装備の手入れはしなくていいのか?」

「なんだよアジフ、そんなの明日でいいだろ」

「そうだぜ、そんなおっさんくさい事言ってないでさっさと飲もうぜ」


 おっさん!? 俺におっさんと言ったな? 

 いいだろう。若返ったのがステータスだけじゃないって見せてやる。


「上等だ! 今夜は潰れるまで飲ませてやらぁ。お前ら覚悟しやがれ!」

「な、なんだよ急に」

「いいじゃねぇか、その気になったんなら」


 確かに、久しぶりの旅はまだ始まったばかりだ。張り詰めてばかりでももたないからな。ここは乗せられてやろうじゃないか。


「アジフこそ酔い潰してやるぜ」

「ふっ、この酔い殺しアジフに挑むとは愚かな」

「「「なんだよそれ」」」


 岸壁に掘られた廊下にパーティの声が響く。


 それは、旅の合間の、一時の賑やかな夜の前触れの様に思えたのだった。



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