犬(前)
「いや~、美味かった」
「オーク肉があんなに柔らかくなるなんて」
「レレンの煮込みは特製だからな」
野営地にて食後に火を囲み、それぞれにくつろいでいた。
レレンの特製オーク肉煮込みは、かなり美味しかった。周辺で適当に見繕ったとしか思えない野草と短時間しか煮ていないにもかかわらず、短時間であれほど柔らかくしかもピリ辛になったのには驚きだ。
肉は塩振って焼けば食べれると思っているどっかの誰かとはえらい違いだ。
「野営でこんなにおいしい食事ができるなんて。皆さんに依頼してよかったです」
依頼主のロロイさんも満足気だ。きっと、護衛の成功だけではなく、こういった心配りも次の依頼へとつながる実績になるのだろう。
こういったノウハウは自分にはない。見習いたくてもできない芸当だ。
野営だけではない。移動中の警戒も夜間の見張りも、一人ではとてもこなし切れない。護衛依頼はつくづくパーティ向けな依頼だと思う。
気配感知スキルでもあればと思うのだが、そうそう便利なスキルが手に入る様子もない。
記録などでわかる限りでは、この世界の人と比べても特にスキルをたくさん持っている訳ではない。いろいろつまみ食いしているからか、ちょっと多めではあるが、その分スキルレベルは分散している気がする。
メムリキア様、転移者特典でスキル取りやすくしてくれてもいいんですよ?
「見張り交代だ」
「ああ、頼む」
まぁ、無いものは仕方が無いので、注意深く見張るしかないだろう。食事の間周囲を見てくれていたキトデルと見張りを交代する。”双頭の火ネズミ”は一人ずつ見張りをするスタイルのようだ。
見張りを交代してほどなくした頃、少し離れた茂みが<ガサッ>っと動いた。座っていた木からさっと腰をあげ、背中の剣に手を回す。その仕草にたき火を囲んでいたメンバーも周囲を警戒する者、こちらを注視する者と機敏に反応した。
流石に慣れた動きだ、と感心しながらも茂みを見つめる。揺れた感じからいって、大きな魔物ではなさそうだ。
かといって、夜行性で小型の魔物ならば、茂みを揺らすようなヘマはしない。ゴブリンかコボルトか、と警戒していると、茂みから一匹の犬が出てきた。
野良犬だったか。武装した一団にとって、野良犬程度では何の脅威にもならない。背後で緊張が緩み、再び会話が始まった。
野良犬自体は珍しくもなんともない。あちこちにいるし、人の暮らす周囲にはより多い。だが、こんな人里離れた場所に現れるのは、ちょっと珍しかった。魔物に襲われる危険が大きいからだ。
よく見ると、その犬も脚に怪我をしていた。茂みから出てくると、地面にへたり込んでしまう。きっと魔物に襲われて、人のいる近くへ難を逃れてきたのだろう。あるいは、脚を怪我して仲間から見放されたのかもしれない。
だが、この一行が明日出発してしまえば、この犬に未来はない。脚を怪我していては魔物から逃げ切れるはずもないからだ。
まだ若い犬だった。子犬とは言えないが、成犬というにはあまりに小さい。
そのまま木には座らず、犬へと近づいてみる。
「おい、よせって」
背後のゼチスから声がかかった。
「一応、司祭なんでな」
「ゥゥゥゥ……」
近寄ると犬は唸りを上げた。だが、その唸りは小さく弱い。
「メー・レイ・モート・セイ ヒール」
ゆっくりと籠手をかざしてヒールを唱えると、犬はビクッと身体を震わせた。自分の脚を不思議そうに見て、しきりに舐める。もう治っているぞ。
「後はお前次第だ」
それだけ言うと、見張りに戻って再び木に腰掛けた。
「ほっとけばいいのに。お人よしねぇ」
「目の前に救える命があると思うとな」
偽善とも思わない。かつて車を運転していたころ、多くの車に轢かれた犬や猫を見てきた。中にはまだ息があるものもいた。
でも、誰も止まらない。自分だってそうだった。
でも、もしも、と思うのだ。もしも車を運転している人が
全てではないだろう。それでも多くの人が車を止めて助けようとするのではないだろうか、と。
ここで救った一匹よりも多くの命を見捨てて来たのだ。今更一匹の傷を治したところで、偽善とすら思えやしない。それでも、目の前にある命だ。
様子を見ていると、傷はすっかり治ったようで、しばらくクルクルと歩き回っていた。そしてこちらへと恐る恐る近づいてくる。
「クゥ~ン」
鼻でかかった声で鳴き、尻尾を垂れる様子から敵意は感じない。治してもらったとわかるのだろうか?
噛まれないようにゆっくり手をかざすと、手の下に頭をそっと入れてきた。そのまま撫でてやると、嬉しそうに尻尾を振る。人慣れしているのかな?
「エサはやるなよ。なつかれると面倒だ」
「手遅れな気もするけど」
都市部でもなければ、『野良犬にエサをやるな!』などと怒られはしない。あちらとは事情が違う。それでも、後ろを付いてこられれば不確定要素になりかねない。護衛依頼の最中ならなおさらだ。パーティリーダーのゼチスの判断は妥当だと思えた。
「すまないな」
ひとしきり撫でてやると、お礼は済んだという事なのだろうか、くるりと引き返して少し離れた場所に伏せた。
しかし、犬か。今まで考え無かった訳ではない。実際、犬を連れ回す冒険者は少数だがいる。
古来より、犬は人間のパートナーとして共にあった。それはこの世界でも大差無いようだ。狩猟犬としてはほとんど使われていないようだが、多くの犬が様々なところで飼われている。
犬の感覚は人間よりもはるかに鋭敏だ。旅の相棒として連れ歩けば、周囲の警戒に心強い味方になってくれるだろう。なにより、たとえリバースエイジを使ったとしても何の問題もないってのが大きい。
そうは思っても今まで飼わなかったのに、それほど深い理由はない。犬とか飼った事ないし、ただでさえ馬の世話だってあるのにこれ以上は大変だと思った程度だ。
それも、こうして眺めていると悪く無いように思えて来てくるのだった。
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