レベル


「アジフ! そっち!」

「わかった! 援護無用!」


 馬首を返して後方へと回る。オークのくせに挟み撃ちとはやってくれる。


 ムジデルでは首尾良く、海へ向かう方角にあるデロスロへ向かう護衛依頼へ参加する事ができた。

 ソロだから難しいかと思ったのだが、ムジデルの冒険者たちはなぜか協力的で、護衛依頼を受けるパーティに参加できたのだ。ムジデルでこんな事は今までなかったのだが、どういう風の吹き回しなのだろうか。


 

 道中、前方に現れた二匹のオークを排除するために護衛を受けていたDランクパーティ”双頭の火ネズミ”の剣士二人が向かった。援護に行くほどではないので、商人の馬車の側方で様子を見ているところへ声がかかった。


 後方に現れたオークは一体。まったく問題はない。同行するパーティ”双頭の火ネズミ”は剣士二人に魔術師二人の偏った攻撃型パーティだ。オーク程度の援護に魔力を使ってもらう必要はない。



 ところで


 個人的に、ステータスに表示はないが『レベル』があるからには『経験値』も存在するのではないか、と思っている。その分配は、必ずしも止めを刺した者が総取りする訳ではない事はわかっている。パーティにおいて前衛の戦士だけがレベルが高かったり、後方から敵を倒した魔術師だけがレベルが上がる、なんて事もないからだ。

 逆に補助魔法が得意な神官は、レベルが上がりやすい職業と言われているほどだ。


 と、いう事は、経験値は与えたダメージ量よりも、戦闘への貢献度で分配されているのではないだろうか、と思える。結論は文字通り神のみぞ知るわけだが。



 オークに向かってムルゼが駆ける。背の高いオークに対して、両手剣のマインブレイカーの間合いは騎乗していても十分に範囲内だ。わざわざ下馬する必要もない。駆け抜けざまに攻撃するべく速度を上げると、ムルゼの青いたてがみが風になびいた。



 さて


 以前、バスタードソードを使っていた頃は、馬上からの攻撃は届かない事が多かった。必然的に魔物が現れれば下馬して戦う必要があった。ところが、マインブレイカーに持ち替えて以来、それほどの強敵でなければ馬上からでも攻撃できる機会が増えた。

 地面を這う虫系の魔物やフォレストウルフなんかは無理だが、ゴブリンや今回のオークならば騎乗したままでも問題はない。



 オークの直前でムルゼが向きを変える。ムルゼは元軍馬だ。一緒に何回もの戦いも経験しているので、いまさらこの程度で臆したりはしない。オークの振り上げた棍棒に対して向きを変える為にステップを踏んだのだ。

 その動きに上体が振られ、鐙と膝で身体を支えて持ちこたえた。



 またまた話が変わる。


 自慢ではないが、乗馬技術は上手いほうではない。この世界に来てルヤナ村でゲインに教わって以来、特に訓練も誰かに師事もしてこなかった。割となんとなく乗っているだけだし、馬術スキルなんて持ってはいない。それでも日々乗っていれば多少は上達する。とはいえ、戦闘中に剣を持ちながら相手の動きに対して体重移動で手前を変えるなんて芸当はできない。

 つまり、ムルゼはこちらの指示で動いているのではなく、相手の動きを見て勝手にやっているのだ。人馬一体とは果てしなくほど遠い。


 しがみつかれて動きづらいはずのムルゼは、気にした様子もなくオークの間合いの脇を駆け抜ける動きに入った。


「はぁっ!」


 後はそのタイミングで、魔力を流したマインブレイカーを振り回すだけだ。棍棒を空振りさせたオークの肩口から胸にかけて、駆け抜ける勢いと振り回す勢いの乗った剣が襲いかかる。一瞬、ぐんっとかかる重さを両手で受け止めるが、それはすぐに振り切られて軽くなった。

 手応えに確信を抱きながらも脚を緩めて馬首を返すと、オークはすでに地面に倒れていた。


 さてさて


 経験値の分配。両手剣の攻撃範囲。自分の乗馬技術を上回るムルゼの機敏な動き。これらからできる推測が一つある。つまり


「ムルゼ、お前レベルが上がってるんじゃないか?」

「ブルッ」


 首を撫でてやると、誇らし気にムルゼが脚を踏んだ。出会った時、軍馬の払い下げのムルゼはすでに若くなかった。おっさん馬だったと言ってもいい。


 それなのに、数年経った今のムルゼは明らかに以前よりも速く強い。旅の荷物を積んで、ハーフプレートの重い金属鎧を着ているにもかかわらずだ。

 ステータスが見られないので確証はないが、特別なトレーニングをしている訳でもないのにこの力。リバースエイジは他者にはかけられないので、あとはレベルが上がったとしか考えられない。


「お疲れ様。なあに? アジフは騎士でも目指してるの?」


 双頭の火ネズミの紅一点、魔術師のレレンが声をかけてきた。騎馬突撃なんてしてればそうも言われるか。だけどちょうどいい。気になっていた事を聞いてみよう。


「なぁ、馬にもレベルってあるのかな?」


 きっとあると思う。能力が高ければ戦闘で頼りになるのはもちろん、いざという時に逃げる事だってできるかもしれない。実際、良い馬はとても高価だ。もしレベルが上がるのなら、やらない理由は無いように思えるのだが。


「馬のレベル? 見られないけど、そりゃあるでしょ。騎士なんかは上げるって聞いた事があるわ。有名な馬のレベルの記録もあったはずよ」

「冒険者でわざわざ馬のレベルを上げるヤツってのは滅多にいないな。戦闘に巻き込めば傷つけるのが落ちだ。魔術にも対応できないしな」

「いや、街道専門の連中は気にしてるらしいぜ」


 やっぱりあるのか。オークを大雑把に解体を済ませると、剣士のキトデルと魔術師のデムも話に入ってきた。

 しかし、どうやら冒険者たちは積極的に上げてはいない様だ。確かに、魔物を相手にする冒険者に騎乗戦闘の機会は少ない。騎馬戦にいたっては盗賊相手にあるかどうか程度だろう。

 魔術がある以上、地球の中世や戦国時代とは一緒にできないか。自分が攻撃魔法を使えないので忘れていたが、戦力としてはレベル上げが必須とまでは言えないのかもしれない。しかし、ムルゼの場合は


「うちの馬はいい歳だから。レベルが上がるなら上げてやりたいな」

「「「なるほど」」」


 そんなに納得しなくてもいいだろうに。


 ムルゼもやる気になっているように見えるし、これから移動が多くなる。普通は危険を冒して馬のレベルを上げたりはしないようだが、無理をしない範囲で積極的に上げた方がいいだろう。


「おーい、解体終わったんなら出発するぞー!」


 四人で話をしていると、もう一人の剣士、ゼチスから声がかかった。どうやら無駄…… でもないが、おしゃべりが過ぎたようだ。


「今夜はオーク肉か」


 キトデルが腹をさする。久しぶりにやったオークの解体も以前ほどの忌避感はなかった。自分でもだいぶこの世界に染まってきたと思う。


「はッ」


 馬車の手綱が打たれ、軋みを上げて車輪が転がる。その前後を剣で武装した冒険者や魔術師が馬で護衛する。

 舗装どころか石畳もない街道は、一行の出発によって土埃を上げた。


 そのどれもが元の世界にいた頃には目に出来なかった光景だ。


「アジフー! 置いて行くわよー!」


 そんな事を思いながら一行の後ろ姿を眺めていると、レレンが振り返って声を上げた。その声に現実に連れ戻される。この光景は今目の前にあって、自分はここにいるのだと。


「すぐ行く! やッ」


 合図して、一行を追いかける。駆けだしたムルゼはすぐに速度を上げた。


 ムルゼの蹄が土を蹴り土埃があがる。それはすぐに一行の土埃と混ざり、一つになったのだった。



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