色違い



 青空は高く秋を感じさせる。


 とはいえ、この辺りは冬でも寒くなる事はない。雪どころか、木々が葉を落としもしないので、秋とはいえ紅葉とは無縁だ。だからこそ虫系の魔物が幅を利かせているのだろう。


 スエルブルの冒険者ギルドで、受付のミヨルさんに残念がられながらも出発手続きを済ませた。スエルブルを出発して領都のムジデルへと向かう途中だ。


 スエルブルとムジデルを結ぶ『蟻街道』と呼ばれる道は、キラーアントがよく現れるという意味と、その素材を運ぶ道、という二つの意味を持つ。

 かつてナナゼ村へ向かう時も通ったが、それ以外にも数度依頼で通った事もある。


 その名に恥じず、時折キラーアントが現れる。三年も過ごすうちにすっかり麻痺してしまったけど、街道にEランクの魔物がこんなに現れるなんてこの辺りだけなんだよな。

 今となっては倒すのは造作も無いが、街道に魔物の死体をほったらかしにはできない。戦う度に魔石だけ抜いて片付ける方が面倒なくらいだ。


 なかなか上がらないペースにやきもきしながら進んでいると、とうとう後方から騎馬の一団に追いつかれてしまった。


 先を譲るべく街道を開けるが、接近してくる一団には見覚えがあった。


「よお、アジフじゃねぇか。魔物が転がってたから誰か先にいるだろうとは思ってたけどな」


 向こうも気がついて声をかけてきた。ムジデルを本拠にする冒険者パーティで、蟻の巣の依頼で一緒になった事がある。


「見てのとおりさ。ムジデルへの戻りか?」

「ああ、そんなところだ」


 名前なんだっけ。思い出せない。確かDランクとかEランクとかそれぐらいだったはずだ。いずれにせよ一緒に行ってくれれば、人手が増えて楽になる。この状況ではありがたい増援だ。


 だが、馬上からかけられた言葉で気が変わった。


「アジフが頼むんなら一緒に行ってやってもいいぜ」


 前・言・撤・回


 なんで上から目線なんだ。ここはお互い様なところだろ。一緒に行くなんざ、こっちから願い下げだ。


「いやいや、俺ごときが一緒に行くなんて畏れ多い。さ、どうぞどうぞ。道を空けますんで、先に行きやがってくれ」


 先に行って勝手に魔物掃除でもしてくれればいいさ。


「ああ!? せっかく連れていってやろうってのに断るのかよ?」

「俺は後からの~んびり行かせてもらうよ。さ、行った行った」


 しっしっと手を払うと、周囲を警戒していた他のメンバーが馬を寄せてきた。


「メゼン! お前は口の利き方をなんとかしろって言ってるだろ! アジフ、こいつにも悪気は無いんだ。そう言うなら先に行かせてもらうぜ?」

「いいって言ってるだろ。そんなヤツに交渉させるなよ、まったく」

「ああ、すまんな」


 メゼン、そうそう、そんな名前だった。比較的まともな他のメンバーが間に入ってくれたおかげで、こじれなくてすみそうだ。もう一人を加えた三人が、騎乗したまま手を上げて通り過ぎていった。メゼンのヤツは当然無視だ。


 気を取り直して、義足を鐙にかけてムルゼへと跳び乗る。この硬い義足にもようやく慣れてきた。結局、歩く時は常に魔力を流し続けないと歩きづらい。と、いうか、魔力を流した時と流していない時で硬さが変わる時点で使いづらいのだ。結局常に魔力を流し続けるしかない。並列思考がなかったら使い物にならなかったところだ。


 少しペースを落としてゆっくりと街道を進んだ。周囲への警戒は解いていないが、魔物が現れる気配はない。進む先にも戦闘の形跡は無く、メゼンたちも魔物に遭ってはいないようだ。ちっ


 物騒な出会いさえなければ、森の景色は美しいものだ。木々には秋の花が咲き、実を付けた木には鳥が集まっている。土の匂いに時折まじる甘い匂いは、その実のせいだろう。

 名前も知らない鳥たちの賑やかなさえずりを聞きながら馬に揺られた。時折、小動物が木々の間を渡っている。


 ……平和だなぁ。


 思わずあくびが出てしまいそうになる。さっきまでキラーアントもちょくちょく現れていたのに。自分が前を変わったとたんにこれかと、ちょっと不公平に思えてしまうほどだ。


 だが待てよ、と思い直す。こういう変化がある時は何かが起こってもおかしくない。今までもよくあった事だ。気を引き締め、警戒を一段階上げて先へと進んだ。




 嫌な予感ほどよく当たると言うが、注意深く進んだ先で異変はすぐに現れた。前方のかなり先から何かの咆哮が聞こえてきたのだ。これは……あいつかな。


 ペースを上げて先へと進むと、人の声も聞こえてきた。戦闘中のようだ。ざまあみろ、とは思ってないぞ。


 やがて視界に大きな茶色の獣が目に入ってくる。咆哮から予想していたが、やっぱりマーダーベアか。かつて王都で戦った巨大熊、マーダーグリズリーの親戚だ。少し身体が小さく、その分動きは速い。討伐ランクは同じくD。


 近寄ると、馬が一頭倒れているのが目に入った。メゼンのヤツも手傷を負っている。咆哮ハウルで急襲でもされたか?


 他のメンバーも馬から降りて戦っている。騎乗していては咆哮に対応できないからだろう。


「今行くぞ!」


 ムルゼを駆けて戦場へと飛び込んだ。


 着くなり飛び降りて剣を抜く。二人がマーダーベアの気を引いて、負傷したメゼンを後退させたところだった。


「すぐに治すからな! メー・レイ・モート・セイ ヒール!」

「アジフ! てめぇ! なんで馬が先なんだ!」

「馬に罪はないからな」


 馬が負った傷は大きかったが、もう一度ヒールかけると起き上がって後方へと走って行った。大丈夫そうだな。よしよし。


「俺にも罪なんてねぇ!」

「不敬罪だ」

「バカ言ってる場合か! アジフ頼む! 早く!」


 言い争っていると、マーダーベアを食い止める片方から声が上がった。


 早く、ねぇ


「わかった」


 腕を振りかぶるマーダーベアの気を引く二人の、斜め前方へと踏み込んだ。


「いや、回復ヒールを……」


 何か聞こえたが気のせいだろう。


 踏み込んだ義足に目一杯体重をかけて、身体を前方へ運んだ。鉄すらも上回る硬さの木製の義足は、高い負荷をかければ普段の使いにくさからは想像もできないほどしなやかにたわむ。


 そのたわみを大きく踏み出して解放した。上ではなく前方へ鋭く。蓄えられた力は、足で蹴り出すのとは違う不自然な軌道で身体を運ぶ。

 距離はそれほどでもない。だが、地表を平行移動するかのような一瞬の移動に、マーダーベアの攻撃のタイミングは完全に狂わされた。


 剣の間合いに入った時、振り上げられた腕はまだようやく振り下ろす動作に入るところだった。


「遅せぇッ」


 鋭い移動で踏み込んだ慣性を、後方に引いたマインブレーカーへと伝える。下から斬り上げた剣は、青い軌跡を残しながら上方に向かって半円を描く。

 軌道の途中にあったマーダーベアの腕を断ち、骨を断ち切る手応えをわずかに伝えながらも勢いは止まらず、半円の頂点へと向けて振り切られた。


 マーダーベアの目だけがこちらを見るが、腕を斬られたと気付いているかどうか。


 振り切られたマインブレイカーは上に掲げられ、そこから反転して今度は下降する半円を描く軌道に入った。


「ふッ」


 一息の呼吸と共に体重を乗せた一撃が、マーダーベアの首筋へと吸い込まれる。


「ガ……」


 反応する間もなく首元から血が噴き出し、目から光りが消えて、その大きな身体を地面へと倒れ込ませた。


 距離を取って血を避けつつも、動かないのを確認する。


 マインブレイカーの剣身を伝ってマーダーベアの血が地面に流れ落ちていた。刃を確認すると、刃こぼれはおろか血曇りひとつ見当たらない。やっぱりいい剣だ。


 魔力を止め重さがズシリと伝わってくる剣を、肩へと担いで振り返った。


「早かっただろ?」

「「「……」」」


 三人とも口を開けて固まっている。ちょっと張り切り過ぎたかな。


「あ、ああ、助かったぜ。流石はCランク。見事なもんだ」


 ようやく再起動したか。しかし流石Cランク、か。ロクイドルを出た頃にもよく言われた気がするな。


 あの頃はCランクになりたてでそんな実感は全くなかった。あれから三年。森で剣を振り続けて、ちょっとはCランク冒険者にふさわしい実力になったのだろうか。

 少なくとも、Dランクの魔物程度なら苦戦しない様にはなっている気はする。剣と相性の悪い相手もいるので単純には言い切れないが。


「ついでと言っては悪いが、メゼンを治してやっちゃくれないか?」

「そいつはメゼン次第だな」


 剣を背中にしまい、腕を組んでメゼンと向かい合った。


「あんたは俺たちに連れて行かれる様な腕じゃなかった。俺が間違ってたよ。すまん」


 すると、拍子抜けするほどあっさりとメゼンは頭を下げた。なんだよ、そう素直に出られるとそれはそれで気持ち悪いんだよな。


「……ふぅん、まぁいいか。メー・レイ・モート・セイ ヒール」


 回復をかけるとメゼンの怪我が治っていく。場所が悪かっただけで、元々それほど大きな傷じゃなかったし。


「治療費代わりにそいつの後片付けを頼んでもいいか? 素材は持っていっていいから」


 そう言って街道に横たわるマーダーベアを背中越しに指さした。


「そりゃあかまわないが、倒したのはアジフだぜ? いいのか?」

「一人じゃどうせ運べないし、今から解体してたら日も暮れるだろ。俺は村で宿を取りたい」

「そういう事ならかまわないぜ。なぁ」

「「ああ」」


 一人で解体してたらいつまでかかるかわかったもんじゃないし、それだけで疲れてしまう。それよりベットでぐっすり寝たい。


「じゃあ、頼んだ」

「アジフ、助かったぜ。ありがとうな」

「いいって事さ」


 後は三人に任せてムルゼに乗り、その場を後にしてからこっそりとため息をついた。



 ……はぁ、こんな調子じゃお金、貯まらないよなぁ。




 ◆◆◆◆




 アジフが馬に乗って去って行くのを見送った。


 後に残ったのはマーダーベアの死体だけだ。大物だけあって三人がかりでも一苦労だが、すっぱりと斬られたマーダーベアは毛皮の状態も良くて高値が期待できる。苦労する甲斐もあるってもんだ。


「しかしすげぇ切り口だよな」

「ああ、剣も良さそうだったが、腕も並じゃなかった。思い出しても身震いするぜ」

「義足であそこまでやるとはな」


 三人でマーダーベアを囲んで解体にかかりながら、さっきの戦闘を思い出す。あっという間の出来事だったが、あの不思議な足捌きからの攻撃はつい目を奪われてしまう程のものだった。


「しかしなぁ」

「なんだよ」


 手を止めてメゼンが顔を上げる。さっさとしないとキラーアントでも寄って来たら面倒だぞ。


「一人でマーダーベアを瞬殺って…… Cランクってそんなに強かったか?」


 言われて顔を上げると、三人で目が合った。確かに、Cランクパーティならマーダーベア相手に苦戦はしないだろう。だが、ソロで瞬殺できるかどうかとなれば話は変わる。


「いや、Cランクっていっても、人によるからわかんねぇよ」

「その言い方だとアジフはCランクでも強いって事になるだろ」

「あれで回復もできる司祭だからな」


 マーダーベアの切り口へと目を落とす。すっぱりと切られた傷は、首元の急所を狂いなく切り裂いていた。あの速さでこの正確さ…… 再び三人で目を合わせた。


「今度あったら挨拶でもしてみるか」

「「それは普段からしろ」」


 メゼンへ返事が被った。ま、どうせ直りゃしないんだけどな。

 

 しかしアジフのヤツ。蟻の巣の依頼の時は回復ばっかりしてやがったくせに、あれほどの腕だったとは。



 これはムジデルに戻ったら、他の連中にも忠告しておいた方がいいかもしれねぇな。


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