夕焼け雲


 とっとっとっ


 心地よいリズムを刻むムルゼの背に揺られ街道を進む。

すでにナナゼ村はかなり後方だ。スエルブルに向かいながら村を思い出していた。


 出発を決めてからというもの、世話になった皆の家を廻りしばしの別れを惜しんだ。


「アジフならメゼリルの鉄壁の守りを崩せるかと思ったんだがなぁ」

「勝手な事を言いやがって」


 オゾロのヤツは酔っ払いながら村の話をしてくれた。なんでも、今まで幾人もの若者がメゼリルに恋心を抱いて玉砕していったらしい。村ではもはやお約束なネタなのだとか。

 今度こそはと、けっこう話題になっていたようだ。まったく気付かなかったぞ。


「しかし、海か。ちょっとうらやましいな」

「オゾロも冒険者になってみるか?」

「よせよ。親父の代からこの村で狩人なんだ。いまさらそんな無茶できっこねぇ」


 狩人は戦闘も得意なイメージがあるが、実際は獲物の居場所や通る道など、縄張りを調べ尽くして狩りを行う地元のスペシャリストだ。見知らぬ土地で魔物と戦う職業ではない。狩人としてナナゼ村に根を張るオゾロにしてみれば、無頼漢な冒険者になるなんて想像だにしないだろう。


 縄張りが厳密なだけに、跡を継げなかった狩人一家の次男、三男が冒険者になるのはよくある事だが。


「俺はいけねぇが、俺の代わりにアジフが海を見てきてくれぃ。海だけじゃねぇ。その目で見てきた物、見てきた事をまたこうして話してくれよ。それが一番の土産だ」


 ジョッキを上げてオゾロがヒジをつく。かなり酔っているようだが、言葉は真剣だ。


「わかった。必ず戻って来る。そしたらまた飲もう」

「その言葉、忘れんなよ!」


 上がったジョッキにジョッキをぶつけ、お互いに飲み干した。



 オゾロめ、帰らなきゃならない理由を増やしやがって。


 青空の下、川に沿って街道を下る。澄み切った川は浅い川底がはっきりと見えた。もう少ししたら水飲み場がある。ムルゼは賢いから勝手に入ってくれるだろう。ぼんやりと空を見上げた。


 そうそう、ケムィットさんのところも手強かったなぁ

 


「アジフおじさん、どこか行っちゃうの?」


 ユテレの不安気に揺れる目からは、今にも涙がこぼれそうだった。ケジデはもうそれなりにお兄ちゃんなのでそこまででもないが、ぎゅっと手を握って下を向いている。


「すまないな、二人とも。自分がいるこの世界を見に行きたいんだ」


 足を治すお金を貯めるため、と理由をつけたところで子供には通用しない。それならいっそ、自分の気持ちを伝えた方がいい。


「やだよ! やだやだ! いっちゃやだ!」


 とうとうユテレが泣き出してしまった。訂正しよう。どんな言葉でも子供には通用しない。きっと何度もの別れを繰り返して慣れるしかないのだろう。こんな時にとれる手は一つしかない。


「ケムィットさん、助けて下さい」


 白旗降参だ。ケムィットさんはユテレをなだめて抱き取ってくれたが、こちらを見る目は厳しかった。


「アジフさん。村を出ていってほしくないのは、ユテレとケジデだけじゃありませんよ。私にはわかります。あなたの農業スキルはまだまだ伸びる。あなたには農民としての可能性だってあるんですよ」


 えー!? 畑半分程度の農作業しかしていないはずだが、そんなに有望な農民に見られていたとは。


 地球で農業をした経験はない。それでももし農業に専念するなら、肥料、品種改良、農具の改良など手を加えれそうな点は多そうに見える。だが、半端な知識で農業改革を目指す気はないし、文字通り地に足を付ける農家はリバースエイジと致命的に相性が悪い。


「すいません、確かに植物が育つのを見るのは好きです。でも、自分には冒険者の方が性にあっていると思えるんです」

「冒険者なんて、危険だし不安定だし、好き好んでなるもんでもないと思いますが……」


 ちらりとケムィットさんがこちらを見る。それに対して目を閉じ、小さく首を振った。確かに冒険者は厳しい職業だ。町を出れば命の危険にさらされ、町に戻ればならず者扱い。信用も保障もなく、住む家を持つ者も少ない。


 だが、それでも見てきたのだ。王都でも、砂漠でも、途中の街でも、行きずりの峠でも


 時には仲間の為に身体を投げ出し、時には隣の戦士とともに死地に飛び込み

 時には恐れながらも強力な魔物に立ち向かい、時には酔っ払って馬鹿騒ぎもする


「冒険者だって悪くないですよ」


 そう口にして、自分が笑っている事に気がついた。

ケムィットさんは少し驚いた表情を浮かべ、それから肩を落として、大きくため息をついた。


「これは…… ダメですね。ええ、ダメです。ずっと村の中にいて見落としていたようです。どうやらアジフさんは、私が思っていたよりも冒険者だったようで」

「なんというか…… すいません」

「あやまることなんて、一つもありませんよ。農家の私が種を撒くように、冒険者のアジフさんが冒険を求める。これは止められるものではありませんから」

「ええー! アジフおじさん、いっちゃやだよー!」


 ケムィットさんは苦笑いを浮かべながらもなんとか収まってくれたようだが、まだ強敵が残っていた。

 

「ユテレ、私たちもどんなに畑の作物を大切にしていても、最後には収穫してしまうだろう? アジフさんは自分自身を実らせに行くんだ。これはその為に必要なんだよ」

「じゃあ、アジフおじさん、帰ってきたらおっきくなってるの?」


 首をかしげるユテレに、思わずケムィットさんと目を合わせた。これは、自分で答えなきゃならないな。


「ああ、ユテレとケジデが自慢できるくらいにおっきくなって帰ってくるよ。だから二人とも元気に待っててくれ」

「「うん、わかった」」


 ようやく涙が止まってくれた。やれやれ、無事に帰ってくるだけじゃなく、手を抜けない理由まで出来てしまったか。



 水を飲むムルゼを眺めながら、思い出してケムィットさんが持たせてくれたノンの実をかじった。

 ……甘い。自分で育てたノンよりはるかに甘くて瑞々しい。やっぱりいい腕してるなぁ。しゃくしゃくとかじると、あっという間に腹に収まってしまった。


「さぁ、日が暮れる前にスエルブルに着こう」

「ブルッ」


 草を食べているムルゼに声をかける。声をかけられたムルゼは、すぐに首を上げてこちらに寄ってきた。これはぼんやりしてたのはこちらだったかな。


 鐙を踏んで背にまたがると、首元でお守りが揺れる。木でできた細工物で、昨日メゼリルからもらった物だ。なんでも、アメルニソスに伝わる旅の無事を祈る物だとか。


「手作りなのか?」

「まさか。工房で作ってまじないをかけたちゃんとした物よ」


 聞いてみると、ちゃんとした物らしい。そうか、ちゃんとした物なのか。


「なぁ、メゼリル。一つ聞いてもいいか?」

「なによ」


 しばらく飲めなくなるでろうヘシムテ茶をすすりながら、せっかくなので気になっていた事を聞いてみた。


「村の噂、知ってたのか?」

「噂? なんの?」

「……いや、知らないならいい」


 知らないならわざわざ言う事は無いと思ったのだが、こちらの反応で気付いてしまったらしく、ああ、と手を打った。


「私とアジフの噂ね。いまさら過ぎてわからなかったわ」

「知ってたのか」

「知ってたも何も、あれで気付かないのはアジフくらいなものよ。一緒にしないでくれる?」


 あきれたようにメゼリルが肩をすくめる。そんなにわかりやすかったのか。3年も気付かなかった奴もいるんだが。


「それで、どう思った?」

「どうって?」

「その…… 迷惑じゃなかったか?」


 ああ、そうだとも、この手の話は苦手なんだ。不器用な奴と、笑いたければ笑えばいいさ。


人間ヒューマンの噂好きには慣れたものよ。どうとも思わないわ。自分で気付いたとも思えないから、どうせ誰かに聞いたんでしょ。アジフこそどう思ったのよ?」


 さすが百戦錬磨の『鉄壁のメゼリル』さんだ。あの程度の噂話はそよ風みたいなもんらしい。


「俺か? 俺はそうだな…… そんな未来もあったのか、と想像したよ」

「想像ねぇ。で、その想像の未来で私とアジフはどうだったのかしら?」

「今と変わらなかった」


 ぷっとメゼリルが吹き出す。


「アハハ、アジフらしい。なら、今のままが私とアジフらしいって事ね。うん、悪くないわ」

「まぁ、そういう事だな」


 自然のままでいられる関係は心地良いものだ。変に意識して無理に今の関係を崩す必要もない。ふ、とかつて地球で過ごした若い頃の、苦い思い出が頭をよぎった。


「あ痛ッ! 何するんだよ」

「? なぜかしら? なんとなく蹴っておくべき気がしたのよ」


 突然すねを蹴られて悶え打つ。この辺りで普及している靴は、大きく分けて木靴と革靴。メゼリルが履いているのは木靴だ。痛い。


「ほら、腕を出して」


 すねをさすっていると、腕を差し出す様に言われた。まさか足の次は腕なのか? 警戒するなという方が無理というものだ。


「腕を? なんでだ?」

「いいから、ナナナキヒ様の刻印がある方よ」


 言われた通り腕を差し出して腕をまくる。メゼリルは刻印にそっと指を添えると


「ヌキテルム セセ ロツユチグ テスラル メルホッド テラ……」


 目を閉じてアメラタ語で語り出した。短い言葉を終えると、刻印が一瞬だけ淡い光を放ち、すぐに消える。口にした内容は『大いなる樹の精霊よ、この者の無事を見守り給え』だ。


「今のは?」

「その刻印はナナナキヒ様と繋がっているわ。だからアジフの無事をお祈りしておいたの」

「光ったって事は伝わったのかな」

「たぶんね。アメルニソスにいるナナナキヒ様に何かできるとも思わないけど…… 気休めよ」

「そうか、ありがとな」

「お礼なら無事に帰ってきてナナナキヒ様に言ってよね」


 そう素っ気なくいった昨夜のメゼリルの顔が思い浮かぶ。ナナナキヒ様だってそんな事言われても「神様じゃないんだから無理ですよ」とか言いそうなものだが。


 手綱を持つ片手を離して籠手の上から刻印に手を当てると、気のせいかもしれないが、ほんのりと温かい気がした。

 それは旅の無事を祈ってくれたメゼリルの気持ちが残っているようで、それだけで心が温まる。

 

 村で過ごした三年、交わした些細な会話、見送ってくれた村の皆の顔が思い浮かぶ。振り返ってみてもナナゼ村はすでに遠く、ここから見えるはずもなかった。


 帰りを心待ちにしてくれるヤツもいる。活躍を期待してくれる人も、無事を祈ってくれる人もいる。


「色んなモノをもらっちゃったなぁ」

「ブルッ?」


 馬上でつぶやくと、ムルゼがちらりとこちらを見た。『いい加減前を向け』と言われているようだ。


「そうか…… そうだな、行くか!」


 足で合図をしてムルゼの脚を速めると、気持ち良さそうにリズムを刻んでくれる。この分ならスエルブルまではもうすぐなはずだ。


 顔を上げて前を向くと、遠くかすかに煙が上がっているの見えた。スエルブルの街の煙だ。



 その向こうには雲が高く浮かんでいる。それは、薄っすらと色づいた夕方の雲だった。


 

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