出稼ぎ事情
「出稼ぎに行こうと思う」
「また中途半端なところに落ち着いたわね」
メゼリルの店でお茶を飲みながら話す。あきれたようにメゼリルは言うが、これでもいろいろ考えた結果なのだ。やはりこの異世界実家たるナナゼ村は貴重だ。とはいえ、村にいつまでもいては、足の治療費が貯まるのに何年かかるか想像もつかない。
それに足の治療費を稼いだとしても、今わかっているリジェネレートを使える高位司祭は、帝国の大教会とアメルニソスにしかいない。大教会なんて厄介事の匂いしかしない。根拠は何もないが。
治療をするのならアメルニソスにしたいから、どの道お金が貯まったら帰ってきたい。だからその優柔不断を見るようなジト目はヤメて下さい。
あれだけ発破をかけられたが、冒険者として目指すものがあるのか、その答えは未だ見つからない。Aランク、Sランクといった頂点を目指すのかと言われてもピンとこないものがある。少なくとも名声や栄光が欲しいとは思わない。はっきり言ってめんどくさい。
……ほどほどの富は欲しいと思うが。
だけど、このまま村でスローライフを過ごしたいかというと、いまさらそれほどのんびりしたいとも思わなかった。25歳という肉体年齢に引きずられているのかもしれない。
それよりも、写真も映像もないこの世界をもっと知りたい。足を治療するという当面の目標を追いかけつつも、自分のやりたい事を考えた上での結論だ。
「それで、どこに向かうか決めているの?」
「う~ん、どんな依頼があるかにもよるけど、海に行ってみようと思ってる」
「海! いいわねー! 私も海は見てみたいわ」
移動手段が限られるのもあって、内陸では誰もが海に憧れる。実際に見た者は海の大きさ、広さを伝え、それがさらに想像を加速させる。
自分自身は地球で何度も見た事はあるので憧れなんてのは無いが、異世界の海が地球と同じとは限らない。まぁ、聞く限り、青くて広くて水がしょっぱいらしいので、基本的には変わらないと思うけど。
「海ならどんな依頼でどこに行っても目指せそうってだけだけどな」
「なによそれ、いいかげんねぇ」
「計画なんておおざっぱでいいんだよ。あとは状況に合わせるさ」
「アジフらしいと言えばアジフらしいわ。それで、村のみんなにはもう言ったの?」
「いや、まずはメゼリルに伝えようと思ってな。これから村長のところへ行くつもりだ」
「その気持ちはうれしいけど、本気ならそっちを先にするべきね」
とっとと行けとばかりにメゼリルが追い出すように手を払った。
「もう少し引き留めてくれてもいいんだぞ?」
「あら? 引き留めてほしかったのかしら?」
「いや、そういう訳じゃないんだが」
「アジフがそう決めたのなら、それがアジフの道なのよ。思うように進めばいいわ。心配しなくても私も村のみんなもいつでもアジフの帰りを歓迎するわ」
そう、帰って来れる。それだけで今までとは違うのだ。今はそれを支えに前を向こう。ロワルやネンレコのように。
「そうだな、踏み出してみなけりゃ何も変わらないか」
停滞した今の状況も、正直嫌いではない。村の居心地はいいし、リバースエイジの理解者だっている。それでも、あの時、村を出る二人の背中をうらやましいと思った、思ってしまった気持ちをごまかしたくはない。
「そういう事! さ、行ってらっしゃい」
立ち上がった背中をバシっと叩かれた。文字通り背中を押されて足が前に出る。
「行ってきます」
少しはずかしかったが、振り返って手をあげた。扉を開ければそこにあるのは見慣れた村の光景だ。だけど、なぜだろう。いつもとは違う景色の様に思えたのだった。
ごくり
緊張して扉の前に立つ。通い慣れた村長の家だが、こんなに緊張するのは初めてだ。
ノックをすると、中から「はーい」と奥さんの声が聞こえた。
「こんにちは、村長います?」
「あら、アジフさん。いらっしゃい。中へどうぞ」
扉を開けて奥さんが中へ入れてくれた。特にお茶が出される事もなく、テーブルに座っていると、すぐに村長が奥から出てきた。
「どうしたんじゃ、なんぞ用でもあったか?」
「今日はお話があって来ました」
真剣な表情で話すと、村長もいつもと違う様子を感じ取ったのだろう。正面に座ると、居住まいを正して向かい合った。
「ふむ、聞こう」
「実は、しばらく村を出ようと思うんです」
切り出すと、村長は一度目を大きく開いて、それから目を閉じて腕を組んだ。やはり村の戦力の低下はそう簡単には許してくれないか。
「しばらくとはどれくらいじゃ?」
「短くても二年。恐らくはそれ以上かと」
「ふむぅ……」
ちらりと片目を開けて、村長がうなる。目標額が白金貨3枚ともなれば、日本円で三千万円相当にもなる。貨幣価値は単純に比べられないとはいえ、そう簡単に貯まる金額ではない。
「それと言うのも「のう、アジフ」」
言葉を遮って、村長が切り出した。
「お主もまだ若い、若い頃はいろいろあるもんじゃ。じゃが、だからと言って村を出るのはちと早計ではないか?」
「ですが……」
「まぁ、聞け」
おそらく本当の歳は村長とそう変わらないはずだが、それはともかく25歳といえばこちらでは立派な大人だ。若者扱いされる事は滅多にない。引き留めたいのかもしれないが、そこまで若者扱いされるのは腑に落ちない。
「そりゃぁ、うまく行かない事もあるじゃろう。そんな時に村を出たいというお主の気持ちもわからんでもない。そんな若者もいままでたくさん見てきた。じゃがな」
長くなりそうな雰囲気を察した奥さんがお茶を持って来てくれた。受けとったお茶を飲んで村長が続ける。奥さんも村長の後ろに立って援護する構えだ。
「志も持たず、逃げるように村を出たところで何も変わらんよ。もう一度自分を見つめ直してみてはどうじゃ」
逃げるようにとは、厳しいな。冒険者としての志の低さを見抜かれてしまっているのか。確かに村長の言う事も一理ある。はっきりとした目標を持った者は強い。その強さがいざという時に生死を分けるかもしれないのだ。
だけど、このまま村にいてその志は手に入るのだろうか? 今は動いてみるのも必要だと思えるのに。
「おっしゃる事はわかります。だけど…… それでも、いえ、そのためにも今は前に進んでみたいと思うんです」
村長と目が合い、お互いの視線がぶつかり合った。ここでゆずるわけにはいかない。
「ふむ……意思は固いということか…… じゃが、近くにいてこそ変わるものだと思うがの」
「本当に大切に思うのなら。一度や二度で簡単にあきらめてはいけませんよ。応援しているんですから」
奥さんもお盆を握りしめて力説する。お茶を運んできたお盆が割れそうな勢いだ。だが…… あきらめる? 応援? なんだか話がおかしくないか?
「大切にって……、何をです?」
「何ってそりゃ、お前…… メゼリルの事じゃろ?」
「メゼリルがどうして出てくるんです???」
村長と目が合い、お互いのきょとんとした視線がぶつかり合った。
「いきなり村を出たいなんて言うから、てっきりメゼリルにふられたのかと思ったのじゃが」
「違います! 足の治療費を稼ぐために出稼ぎに行きたいんです!」
「なんじゃ、そんな事か。行ったらいいじゃないか。思い詰めた顔で来るから何事かと思ったわい。まったくまぎらわしい。なぁ」
「ええ、ふられて自暴自棄になったかと思いましたよ」
やれやれと村長が首を振る。奥さんもあきれた顔でお盆を持って部屋を出て行ってしまった。
ええー!? そんなに簡単に? お、おれ、けっこう村のためにがんばってたよね?
「いいんですか? 村に迷惑をかけるかと思ったんですが」
「のう、アジフよ」
先ほどより柔らかく村長が語り出した。
「普通はお主ぐらいの歳の冒険者は村に落ち着いたりしないもんじゃ。引退が近いともなればともかくの。なのにお主はアメラタ語を学び終えてもまったく村を出て行こうとはせなんだ。もう村にはお主に渡せるのは、わずかばかりの報酬しかないにもかかわらず、だ」
自分としてはワイバーン退治の噂が落ち着くのを待ちたいのもあって、最初からのんびりするつもりで村に来ていた。だが、端からみればのんびりしすぎて不自然だったのかもしれない。
「じゃから、村の皆で話しておったのじゃ。これはメゼリルに惚れたな、と。店にもよう通っておるようだったし。所帯でも持ってくれれば村としてはありがたいので、そっと見守る事にしておったのじゃが…… その様子では当てが外れたかのぅ」
「いや、そんな期待をされても困るんですが」
まさか村の皆がそんな事を考えていたとは。そういえば、時々目線が生暖かかった気もする。
こちらの世界に来たときすでにいい歳だったこともあって、恋愛事にはあまり関心を払ってこなかった。それに、誰かと恋愛関係になれば、自然な成り行きなら子供だってできるだろう。
せっかく若返ったのに、家庭を持って落ち着こうという気にはなれなかった。もし誰かを好きになってそういう気持ちになれば、それはその時考えればいい。
寿命が無くなったので、そういった危機感や欲求が薄れているのかもしれないな。
「じゃったら、とっとと村を出るべきじゃな。若いうちからこんな辺鄙な村に引きこもってもろくな事にはならんぞ。思う存分世の中を見てくるといい。村に落ち着くのはそれからで十分じゃ」
まさかの引きこもり扱いとは。けっこう働いてたと思うんだけどなぁ。
「私が出て村は大丈夫でしょうか?」
「心配にはおよばんよ。アジフのおかげで周辺の魔物はめっきり減ったしの。自警団の腕も上がっておるし、ここ数年ギルドにほとんど依頼も出しておらんから蓄えもある。なんとでもなる」
村長はそう言って胸を張った。空元気ではなさそうだ。実際、来た頃に比べれば村の周囲に強力な魔物は出てこなくなっている。縄張りを持たない弱い魔物は入り込んで来るが、自警団でも対応可能なレベルだ。
「せっかくアジフが重い腰を上げるのじゃ。餞別にとっておきの酒を開けてやろう。今夜は飲んでいけ」
はりきり出した村長の様子に胸をなで下ろす。自分の希望ではあるが、やっぱり村の理解はありがたい。思わぬやぶ蛇もあったが、やっぱり話してみるもんだ。
「村長」
「なんじゃ」
「ありがとうございます」
立ち上がって、頭を下げる。村長は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔へと戻った。
「まったく、お主は…… これまで村のためにたっぷりと働いてもらったのじゃ。礼を言うのはこっちに決まっておろう。さぁ、固っくるしいのはやめじゃ」
「この人はこう言ってますけど、いつでも帰って来ていいんですからね」
奥さんも出てきて笑ってくれた。笑顔で送り出してくれるのが、本当にありがたい。やっぱりここはいいところだなぁ。
必ずまたここに帰って来よう。確かに冒険者としての志は低いのかもしれない。けれども、この村へ帰って来たいこの気持ちは、同じようにいざという時に心に強さをくれるだろう。
二人の笑顔はそう思わせてくれるものだった。
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