見送った先
ロワルの木剣が盾の背後から襲いかかる。
「ふっ!」<カンッ>
両手に持った木剣で弾くが、直前で力を抜かれ体勢を崩すにはいたらない。
「やッ!」
弾いた剣がそのまま突きへと変わり、襲ってくる。稽古通りだ。攻撃に気を取られて盾が開くクセも直っている。良い調子だ。
突きをかわして動いた隙を、ネンレコの槍に突き込まれた。すばやく木剣を切り返し上から押さえ込む。槍がその力を利用して、剣を巻き込むように外側へと逸らした。
そこにできたスペースに、ロワルが踏み込み剣を突き出す。剣が逸らされた状態で、出の速い突きは受けれない。
「くッ」
横に避けるも、そこに待ち構えたネンレコの槍が繰り出される。いい連携だ。
<カン><カツンッ>
木剣と槍が何度もぶつかりあう音が響く。そしてロワルの盾がそれまで受けに徹していたのから一転、角度を変えて木剣を受け流す。盾に隠れて身体の向きを変えていたか。剣戟と突き出した盾で視界を欺く手だ。
……まぁ、稽古通りだからわかってはいたが。
身体が流れた一瞬の、その隙を狙って槍が突き出されていた。これはかわせない。動きが止まったところへ槍が突き込まれ、首元でピタリと止まった。
「いいだろう、合格点だ」
「よっしゃ!」「やった!」
約束の一ヶ月の稽古。最終日の出発前の最後の手合わせ。まだまだ前動作で何を狙っているかまるわかりだが、それは手の内をしっているからこそで、初見ならそこまではわからないはずだ。
もちろん、一対一もそれなりに鍛えたが、ギルド職員に一泡吹かせるなら二人がかりでも文句は言われないだろう。見る人が見ればすぐに対人の訓練を積んできたとわかるだろうし、おそらくギルドもそれを期待しているはずだ。
後は繰り返しの稽古とパーティのメンバーと相談して連携すれば、パターンはそれこそ無数に増える。
「「アジフさん、ありがとうございました!」」
「教えといてなんだが、人を相手にしないで済めばそれが一番だ。どうしてもって時以外は使うんじゃないぞ。ギルドで見せびらかすなんてのはもっての外だ」
「わ、わかってますよ」
ロワルが、目を逸らす。こいつ、見せびらかそうと思ってたな。
「だからといって、必要な時に出し惜しみして命を落としたらもともこもない。二人とも、判断を間違えるなよ」
「もちろんです!」「大丈夫だって」
実際、人を相手にするのでなければ、剣術はもっとシンプルでいい。極端な話をすれば、強い一撃、速い動作、あとはいくつかのフェイントでもあれば十分とさえ言える。剣での駆け引きが必要な魔物なんて滅多にはいないのだから。
二人が荷物を担ぎ、村の出口へと歩いて行く。それを見て一ヶ月顔を合わせていた村の人々や一緒に稽古した自警団の面々の数人が見送りへと出てきた。
「大げさだなぁ。どうせまた来るのに」
ロワルが照れくさそうに手を振る。普段は冒険者が出かけるくらいで見送りなんてしないが、今日は一ヶ月の滞在の節目だからな。
「次に会うときはDランクか?」
「当たり前だろ!」
見送りに来た面々と軽口を交わしている二人を見ていると、一月一緒に暮らしただけあって、なんとなく寂しいものだ。
「二人にいい冒険があるように祈っておくよ」
「ちょっと、アジフさん。それじゃ別れの挨拶みたいじゃないですか」
「そうだぜ、どうせギルドでまた会うんだから」
そう言って笑うまだ十代の二人の表情は明るい。きっと二人には、これからいろんな冒険が待っているのだろう。そして二人ともまだまだ強くなる。
二人は軽く手を上げて村を出て行った。振り返りもしないその背中に迷いは見えない。そのまっすぐさがなんだかまぶしく思えてしまった。
「行っちゃったわね」
声がした方を向くとメゼリルが来ていた。二人の遠くなった背中を見る目は柔らかい。
「ああ、行ったな」
視線を戻すと、二人の背中は木々の間に消えていくところだった。そのまま二人が去った方角を見ていると、ふと視線を感じた。顔を向けると、メゼリルがこちらをのぞき込んでいる。
「うらやましいんでしょ?」
「なっ!」
その指摘に返事に詰まってしまった。図星だったからだ。確かに二人がうらやましかった。二人とも腕もレベルもまだまだ。装備だって十分そろっているとは言い難い。備えが万全とはいえないはずなのに、未来へとひたむきに向かっている。それがうらやましいと思った。
……思ったが、見透かされてちょっとくやしい。
「なんでそう思うんだ?」
「あなたが人間を見送るエルフと同じ目をしてたから」
「ああ、そういう事か」
なるほどな、と思うと同時に俺はそんな目をしていたのか、と気付かされた。確かに、寿命の長いエルフは人間ほど生き急がない。もしエルフが二人のようにDランクの冒険者を目指すのなら、十分に訓練と備えをしてから挑むと思う。
時間に余裕があるってのは良いことばかりじゃない。時には思い切りを鈍らせる足かせにもなるのかもしれないな。
「アジフも行けばいいじゃない。冒険に。冒険者なんだから」
「簡単に言うなよ。村の事だってある。そんなに気軽には旅立てないさ」
「それは違うわ」
「ん? 何が違うんだ?」
この村に来て三年、村の冒険者として多くの魔物と戦い、時には自警団に協力し、役に立ってきたと自負がある。村にとって必要とされていると感じているし、気のせいではないはずだ。
「アジフを引き留めているのは、アジフ自身の心だけよ。もしアジフがこのまま村にいたいならいればいいわ。でも、もし本当に冒険者として目指すものがあるなら、村はアジフの重荷になったりしない。あなたは自分の心に従ってもいいの」
「う……」
そう言われても、だ。この世界に来て放浪を続けた自分にとって、リバースエイジの唯一の理解者と言っていいメゼリルがいて、アメルニソスの玄関口でもあるナナゼ村は、ようやく見つけた帰ってこれる場所だ。いわば異世界における実家といっても過言ではない。腰が重くなるのも仕方が無い……はずだ。
「俺は……」
「勘違いしないでほしいのは、私はアジフに出て行って欲しい訳じゃないのよ? ただ……二人を見送るあなたの目が、アメルニソスから出ようとしないエルフたちと重なって見えたの。それだけ」
メゼリルはそれだけ言うと村の中へと引き返した。その言葉に対する返事は結局見つからない。
ロワルとネンレコの姿はとっくに見えなくなっている。それなのに、目を逸らせないまま二人が去った方向をじっと見続けた。
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