自警団の実戦訓練



「こなくそー!」


 村の自警団のメンバーがジャイアントセンチピードに向かって槍を突き出す。しかし、その一撃は丸みをおびた外殻にそらされてしまい、逆に体勢を崩してしまった。


 ああ! 落ち着いて狙えとあれほど言ったのに!


 その隙を逃すまいとジャイアントセンチピードはその強力な牙を差し向けた。思わず助けに向かいそうになるが、盾を構えた他の自警団のメンバーが向かうのを見てぐっとこらえた。

 盾を構えた自警団員は、身体全体を隠すほどの盾を前面に押し出して体勢を崩した自警団員の間に割り込む。


 <ガツッ>と音を立てて大盾とセンチピードが激突した。3mはある相手との激突に盾を持った自警団員はよろめくが、武器を持たずに防御に専念した甲斐もあってぐっとこらえた。

 その間に槍を持っていた自警団員は身体を立て直して後ろに退く。そして、ジャイアントセンチピードの意識が盾に集まった隙を見て、2人の自警団員が後ろに回り込んだ。


 よし! 訓練通りだ!


 2人はそれぞれ手に持った剣をセンチピードに叩き付けるが、数本の足を切り飛ばしたのみで後は外殻に弾かれてしまう。たくさんある足の数本を切ってもセンチピードにとっては痛手ではないし、重なりあった外殻は容易には身体への攻撃を許してはくれない。


 それでも衝撃は痛かったのか、身体をくねらせて暴れ回った。その激しさに、一人の自警団員が避けようとして転んでしまう。


 様子を見ていたロワルがとっさに助けに入ろうとするのを、肩をつかんで止める。


「アジフさん!」


 視線で訴えるロワルに向けて、黙ってセンチピードを指さした。


 転んだ自警団員を巻き込もうとするセンチピードに、いくつかの石が飛来して<ガッ>と音を立てた。そのうちの一つは顔面を捉え、たまらず身をくねらせて逸らせる。その際に見せた柔らかい腹側。絶好のチャンスだ!


 しかし、腹に向かって突き出された槍は、身をくねらせる動きに巻き込まれて逆に折れてしまった。


「アジフさん! やっぱり自警団だけでDランクのセンチピードを倒すなんて無理ですよ! 助けに入りましょう!」


 ネンレコが訴えるが腕を組んだままぐっとこらえる。


「見ろ、まだ皆あきらめちゃいない。それぞれがしっかりと役割を果たしている。この一ヶ月一緒に訓練した皆を信じるんだ」


 そう言われ、ネンレコは踏みとどまる。だが、手に持った槍は構えたままいつでも飛び込める態勢を崩してはいない。



 ネンレコとロワルに稽古をつける光景は、村の中ではとても目立つものだった。一歩村を出れば魔物の脅威にさらされる辺境では、ただの村人だからといって戦いから避けられる訳ではない。特に日頃から武器を持って村の警備にあたる自警団のメンバーはなおさらだ。少しでも強くなろうと、自警団の面々も一緒に稽古に参加するようになったのは自然な流れだった。

 

 自警団は兵士の様に戦いを専門にしてはいない。それぞれ別に職をもつ村の若者が集まって交代であたっているだけだ。普段は農家の者もいるし、職人だっている。それでも自分たちの村を守る為には武器を手にしなければならない。


 とはいえ、普段村の周囲に現れる魔物を相手にする事も多い自警団は、時々稽古を付けていたし、それなりにレベルも上がっている。個人的には、この村の自警団ならGランクはもとより、Fランク冒険者なんかよりはよっぽど戦えると思っている。それでもDランクの魔物を相手にするのは厳しいが、準備次第では可能だと思っていた。


<ヒュン>


 風を切る音を立てて、石がジャイアントセンチピードに襲いかかる。狩人のオゾロが手にしているのは、皮で作った投石器だ。それは地球の知識を基にしたもので、うろ覚えではあったが、振り回すだけの紐と皮だけのとても簡単な仕組みなので何回かの試行錯誤で形にできた。

 変に影響を与えたくないので地球の知識を持ち込む気はなかったのだが、オゾロから「虫どもから身を守る手はないか」と相談されて作った物だ。


 硬い外殻をもつ虫系の魔物に対して、狩人の主武器の弓矢はあまり効かない。投石なら打撃ダメージが有効じゃないかと思って作ってみたのだが、効果は想像以上だった。


「くらえ!」


 オゾロの放つ石はただ投げるとは別格の威力で、動き回るジャイアントセンチピードの腹側へと叩き込まれる。潰れた腹からは体液が滲み出し、苦しそうに身をよじらせた。


「よし、行けるぞ!」


 自警団のメンバーは態勢を整え直し、盾を持った2人を前面に、槍を持った2人が後方から隙をうかがい、剣を持った2人がセンチピードの隙を突くべく回り込む。そして投石器を持った2人が隙あらば石を叩き込む作戦だ。


 オゾロの狙いが正確なのは、投石器を制作する中で手に入れた投擲スキルの影響もあるだろう。的の小さいキラーアントにもオゾロはガンガン当てていた。一緒に作っていた自分には現れない。解せん。 


 折れた槍を予備に持ち替えた自警団員が戻ってきて、3人の槍で盾の隙間から何度も突き刺す。その激しさにセンチピードは攻めあぐね、じりっと退がる。何しろここは村のすぐ脇。予備の盾や武器もあらかじめ用意してあった。

 

 厳しいはずの自警団の皆がDランクのジャイアントセンチピードと渡り合えているのは、準備万端のところへおびき寄せて戦っているからだ。せっかくロワルやネンレコがいるので、自警団の実戦訓練に協力してもらい、わざわざおびきよせてきたという訳だ。

 森の中で見つけたジャイアントセンチピードを村の近くまで誘い込むのはただ倒すよりも何倍も大変だった。


「やったぞ!」


 ついに1人の槍がジャイアントセンチピードの腹側に突き刺さり、声が上がる。槍がさらに奥へと突き込まれ、跳ね上がった尻尾が槍を突き刺した自警団員へ襲いかかり撥ね飛ばした。


 突いたらすぐに引けってあれほど言ったのに……


 ゴブリンならともかく、ジャイアントセンチピードは槍の一撃程度で死にはしない。跳ね飛ばされたもとへ駆け寄ると、腕が変な方向へ向いている。苦しそうに押さえる肋骨もやられているようだ。


「メトル、大丈夫……じゃないな、こりゃ。メー・レイ・モート・セイ ヒール!」

「ぐあぁぁッ」


 骨の位置を直し回復ヒールをかける。


「あと2回は要るな、こりゃ。がまんしろよ」

「お手柔らかにしてくれ~!」

「調子に乗って深く突き込むからだよ。メー・レイ・モート・セイ ヒール」

「ぎゃぁぁぁっ」


 後方から上がる悲鳴に、前面に立つメンバーにも緊張が走る。


「稽古を思い出すんだ! 確実にやれば勝てるぞ!」

「「「「おうっ」」」」


 ロワルの声に皆が落ち着きを取り戻す。ロワルとネンレコのパーティ“黒の顎”もEランクとはいえ日頃から戦いなれている冒険者。いいタイミングで声をかける。Dランクの魔物とも数回は戦っているらしい。

 この戦いにも参加したがっていたが、これは村の戦いなので遠慮してもらった。そもそも2人とも対人戦の稽古に来ているはずだしな。


「せあっ!」


 突き込まれる槍が、今度は油断なくすぐに引き抜かれる。暴れるセンチピードから距離を取れば、今度は投石器から投げられた石が襲いかかった。


「くっ、こいつ!」


 そんな中、牽制していた盾に取り付かれ、強力な牙が木製の盾をかみ砕く。


「ヒリイット! 退がれ!」


 盾を突き破った牙に手傷を負ったメンバーと、もう一人の盾持ちが交代する。また負傷者が出てしまったか……


 だが、自警団の攻撃は確実にジャイアントセンチピードを追い詰めている。派手な一撃は無くても、積み重なるダメージにジャイアントセンチピードは徐々に動きを鈍くしている。もう少しのはずなんだ。助けに入りたい気持ちをこらえ、じっと戦いを見つめる。


「てりゃぁっ」


 そんな中、とうとう一人の剣が首元へと突き刺さった。さすがのセンチピードもこれには動きを止めてピクピクと身を震わせる。


「油だ「まだ気を抜くなよ! 魔石を抜くまでは生きてると思え!」

「「「わかってる!」「おうっ」」」


 油断するなよって言おうと思ったのだが、必要なかったようだ。動きを止めたジャイアントセンチピードにも次々と剣や槍が刺し込まれ、ついにひっくり返されて身体が分断されていく。

 さすがのジャイアントセンチピードも、こうなってはもうどうしようもない。


「倒せた……」

「俺たちがDランクの魔物を……」


 魔石が抜かれた後には、歓声が上がるでもなく、自警団の皆は地面にへたり込んだ。緊張の糸が切れたのだろう。

 9人がかりで、治療はしたとはいえ無傷とは言えなかった。途中で武器や盾も交換したし、散々に叩かれたセンチピードはぼろぼろで、とても素材が取れる状態じゃない。

 それでも勝ちは勝ちだ。村人の彼らにとって、大切なのは村を守ることだ。今回は実戦訓練とはいえ、間違いなく勝利と言っていいだろう。


「皆、おつかれさん。どうだった? Dランクの魔物を相手にした感想は?」

「勝てたけど……重かった。痛かった。キラーアントとは訳が違ったよ」

「ああ、いざと言うときは助けてもらえるってわかってたから戦えたようなもんだ。いつでも逃げる気満々だったぜ」

「もう一度やれと言われてもゴメンだな」


 ハハハ、と乾いた笑い声が上がった。そんな事を言いつつも、戦いの後の皆の顔にはそれまでとは違う確かな自信が見えた。それは強敵と戦う自信じゃなく、今までよりも少しだけ村を守れる自信なのだろう。


「俺たち冒険者は勝てない相手からは逃げればいい。けど、皆は村を守る為に、たとえ相手が強くても剣を取らなきゃいけない時もあるかもしれない。そんな時は今回の戦いで味わった恐ろしさを思い出してほしい。それと、恐れながらも立ち向かった事も」


 無理も無茶もしないに越したことはない。けれど、命の危険にあふれるこの辺境で、家族を、友人を、恋人を背にいつでも逃げれる保証なんてない。日頃村を守る自警団だからこそ気に留めてほしいと思った。


「ま、そんな時が来なけりゃそれが一番いいけどな」

「そりゃ違げぇねぇわ」


 軽く肩をすくめると、オゾロがそれに応える。投擲スキルを得てからちょっと調子に乗ってたからな。投げても投げても立ち上がってくるジャイアントセンチピードとの戦いはいい薬になっただろう。


 スキルを得られなかったやっかみじゃないからな! ホントだからな!


「さて、ロワル。約束は覚えてるよな?」

「わかってるよ。自警団だけでジャイアントセンチピードを倒したら酒をおごるってヤツだろ。無理だと思ったんだけどなぁ」


 ジャイアントセンチピードの死体を片付けながらも、ロワルが苦い顔をする。村の近くに魔物の死体をほったらかしにはできないからな。


「みんな! 今夜はロワルのおごりだ! がっつり飲むぞ!」

「「「「おおーー!!!」」」


 9人分のおごりだ。けっこうするだろうなぁ。


「おい、ネンレコ、助けてくれよー」

「知らないよ。やめとけって言っただろう?」

「そんなぁ~」


 ロワルがネンレコにすがり、笑いが起こる。村へと戻る皆の表情は明るかった。


「頼むって~」

「無理なものは無理!」


 言いつつも、ネンレコも笑っている。自警団の一人一人は弱くても、力を合わせ勇気を出して強敵を倒した今回の戦いは、二人にとっても良い刺激になっただろう。


 このままロワルにおごらせるのも忍びない。仕方が無いから最後には助けてやるとするか。


 みなの足取りにつられるように、いつしか自分の足も軽く前に進んでいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る