お手本
「とっさに体が動くようになるまでひたすら繰り返せ!」
「「はいっ」」
自宅裏に作った稽古場という名のただの広場に、ロワルとネンレコの声が響く。そもそもたった一ヶ月で剣術の腕を上げるなど無理だ。ではどうやってギルドの職員を一泡ふかせるかというと、『得意技』だ。
フェイントでも攻撃でもいいが、自分の攻撃の基点となる行動を決める。大げさに良く言えば必殺技だ。
いや、それは大げさか。
ギルドの職員がどれほどの腕か知らないが、格上なのは間違いない。で、あれば一ヶ月の訓練で真っ当に勝てるはずがない。間違えてはいけないのは、格上に勝つのが目標ではなく、盗賊に対処する技を身につけるのが目標ということだ。
要は武装した人を相手にする想定をした技を持っている、という事実をギルドの職員に見せればいいのだ。
「よし、終わり!」
「「はぁ~」」
汗だくの二人が地面に座り込む。まだ余裕はありそうだが、限界までやらせるわけにはいかない。二人にはこれから村の依頼を手伝ってもらわなくてはならないのだ。そしてできれば村の皆に顔を覚えてもらいたい。
二人に覚えてもらっているのは、最も基本的な形の一つ。剣と盾を使うロワルには相手の力を受け流す『崩し』のパターンを剣と盾で一つづつ。槍をつかうネンレコには牽制の突きとそこから繋がる攻撃を一つづつ。
それに加えて構え方から剣の振り方、槍の突き方、盾の姿勢に至るまで指摘する事は多い。一つ一つの動作を単体で反復させながら、型として一連の動きの中でできるようにするのは一ヶ月では短すぎる。だが、気を付ける所を覚えてもらうだけでも大きな価値がある。
「一休みしたら汗を流しておいてくれ。食事を取ってから森に入る」
「うへぇ~剣握れるかなぁ」
「足がプルプルして立てません……」
「今日はいつものキラーアント退治だからな。魔物の相手はこちらでするさ。二人は荷物持ちと後ろから剣筋を見ててくれればいい」
「は~い」「へ~い」
それぞれがぐったりとした様子で返事を返してきた。二人は村の来客用の小屋に泊まっているので、着替えてくる間に三人分の食事を用意する。
「雑だけど悪くないな」
適当に焼いた肉と野菜を口にして、ロワルが感想を口にする。
「俺に料理を期待するな。文句があるなら自分で作れ」
「いや、まぁまぁうまいぜ」
用意した食事は、工夫もなければ代わり映えもない。それでも10年作ってきただけあって練度は高い……はずだ。もちろん、工夫も努力もなく料理スキルが発現するなんて期待は微塵もしていない。
食事の片付けは二人に任せて、装備を身につける。今日はそれほど森の奥まで入る予定はないが、それでもせっかく人手があるのだからできるだけ多くの獲物を持ち帰りたい。二人にとっても、剣筋を見る機会は多いほうがありがたいはずだ。
狩人のオゾロから聞いたキラーアントの目撃が多いエリアを目指す。二人からしてみればもっと手強い相手の方が参考になるかもしれないが、都合よく相手を選べないので仕方がない。
二人には背負子を背負ってきてもらっているので、手ぶらで帰らせては格好がつかない。仮とはいえ稽古をつけているのだから、師匠としての面目を立てたいところだ。
しばらく森を進むと、オゾロから聞いていたエリアに差し掛かる。森は日差しが差し込み鳥がさえずる、静かな様相を見せていた。
「いるな」「いますね」
「俺が前に出る。周囲の警戒を忘れるなよ」
「わかってるって」
二人ともさすがに現役の冒険者だ。森の変化にすぐに気付いたらしい。キラーアントはある程度の大きさ以上の獲物しか狙わない。ネズミを追いかけて狩ったりはしないのだ。小さい森の生き物が平和に暮らしているのは、キラーアントの縄張りの可能性が高い。
剣を抜いて周囲に気を配っていると、案の定すぐに二匹のキラーアントが姿を現した。
触角を上げて牙を広げ威嚇するキラーアントに近づき、すぐさま前脚の関節を切り払う。脚を斬られバランスを崩した反対側の脚も続けて斬り落とした。これでもう頭を上げられない。その間に近寄ってきたもう一匹の前脚も飛び退きざまに斬り落とし、返す刃で胴体の継ぎ目に剣を叩き込む。師匠(仮)としては、キラーアントごときに苦戦する様子は見せられない。
二人に見られているのを意識して、いつもより丁寧に剣を振るっている。アントクイーンの兜割で身につけたのは、硬い物を切り裂く一撃ではない。針の穴を通すばかりの剣筋の正確さだ。とはいえ、実戦では相手も動いているので、外殻の流れを見極めて切り裂くのはかなり難しい。通常種のキラーアントならできなくもないが、そんなリスクを犯しても参考にならない。それよりも狙いやすい関節に攻撃を加える方が確実だし、はるかに楽だ。
あれから二年間、かなり意識して剣を振るってきたが、特に名前もないこの剣術スキルは、この森の虫系の魔物に対して絶大な威力を発揮していた。外殻の継ぎ目というわかりやすい弱点に対しては特効と言ってもいい。ほんのわずかに魔力を消費するようだが、見た目が地味なだけあって、気にならない程度で継戦能力は極めて高い。
二匹の後を追って来たもう一匹を始末して後ろを振り返ると、ネンレコがかなり汗をかいていた。う~ん、ネンレコは朝から足捌きを集中して鍛えたから疲れているのかもしれないな。これはあまり連れ回すのはよくなさそうだ。
なにしろ気遣いのできる師匠(仮)だからな。
倒したキラーアントの甲殻を切り裂いて中の酸袋を破ると、周囲に酸っぱい匂いが立ちこめる。普通の剣なら酸で剣が痛みかねないが、魔力をまとったマインブレイカーであれば問題ない。間もなく匂いを嗅ぎつけてキラーアントの仲間が寄ってくるだろう。これでわざわざこちらから動かなくても、向こうからきてくれるという訳だ。これぞ気遣い、これぞできる師匠(仮)である。
間もなく姿を現すであろうキラーアントに備えるべく風下を警戒し、薄青く光るマインブレーカーを持ち上げた。
◆◆◆◆
何を見せられているのだろうか? 隣でロワルも口を開けて見入っている。
周囲を警戒しろって言われたことなんて、もうすっかり頭にはないだろう。そういう僕も目の前の光景に人の事は言えないが。
キラーアントは牙を上げて威嚇していた。それなのにキラーアントに無造作に近づくアジフさん。攻撃態勢に入ったキラーアントは危険だ。それなのに遠慮なく近付く無用心さに声が出そうになるが、アジフさんはCランク。Eランクのキラーアントに後れを取るはずがないと信じてぐっとこらえる。
無用心に近づくアジフさんに対してキラーアントは当然攻撃を仕掛けた。しかし、キラーアントが攻撃をしかけるべく踏み出したそこには、すでにアジフさんの剣が振るわれていた。
“ごくり”
思わず息をのむ。アジフさんの剣は鋭いがそれほど速い訳じゃない。稽古のときより遅いくらいだから本気は出していないだろうってのはわかる。あまりにも当たり前に見えるその動きは、そこに相手が動くのがあらかじめわかっていたとしか思えない。
自分でも普段キラーアントを相手にしているからこそわかる。近づく動作に誘われたキラーアントへの狙い澄まされた一撃。簡単そうに見えるが、やれと言われてできるもんじゃない。
その間にも、キラーアントの二本目の前脚は自身が倒れる勢いで切り落とされる。その時にはアジフさんは当然のように二匹目と相対していた。
二匹目もアジフさんに近寄る度に脚が、触角が、胴体がちぎれ落ちる。特に派手な動きもなくゆるやかに剣を振るう度に、当然のようにキラーアントがバラバラになっていく。
それはもう戦闘とは思えなかった。蟻の巣の駆除依頼でうんざりするほど見た解体作業そのものだ。ただ相手が生きているか死んでいるかだけが違う。
アジフさんが正統派の剣術を修めた腕がいい剣士なのは知っていた。初めて参加したときのアントクイーンの兜割は見事だったし、時々訓練場で剣を合わせたこともある。もちろんかなわなかったが、だからといってそこまで極端な力の差は感じなかった。
剣術を教えてくれと頼んだのは、我流ばかりの冒険者の中でせっかくならちゃんとした流派を知ってる人に教えてもらいたかったのと、仲がいいから頼みやすかったからだ。
ギルドでも、兜割は相手が動かないからできたのであって、腕はいいのにあれで足がまともなら、と惜しむ声が多い。どちらかといえば気前よく回復してくれる、司祭としての評価の方が高いくらいだ。
だけど、実際に戦っているところを見ればどうだ。対人を意識して稽古している今だからこそわかる。あの関節を的確に切り落とす剣技の前には、どんな鎧を着てても意味がないだろう。一対一で向かい合えば、死ななくても即座に戦力として役に立たなくなる傷を負うに違いない。
容易く人を無力化できるだろうその剣の冴えに冷や汗が止まらない。
アジフさんはこちらをちらっと見て、何か納得したような表情を見せた後、すでに倒した三匹目の外殻ごと酸袋を切り裂いた。
「え゛!?」
外殻を容易く切り裂き、内部の酸袋を正確に狙う剣技と薄青く輝く魔剣にも驚くが、隣でその行為の意味を理解したロワルの顔が引きつる。
キラーアントの酸袋を破るのは、スエルブルの冒険者の間では御法度だ。酸の匂いが広まればキラーアントが集まってくる。素材の回収を諦めてでも撤収するのがお約束だ。
だが、アジフさんがその場を動く様子はない。あえて集めてまとめて相手をする気なのだ。
正直、CランクとEランクでそこまで違いがあるとは思ってなかった。一つランクが上がってDランクになれば次はCランクだ。僕たちのパーティだってキラーアントは倒しているし、そこまで変わらないはずだ、と。
全然違った。続けて現れたキラーアントも次々と生きながら解体されていく。集団となったキラーアントは恐ろしい相手だ。仲間がやられてもお構いなしに襲ってくる。僕らのパーティならとっくに命からがら逃げ出している頃だ。
けれどアジフさんは、次々に現れるキラーアントを瞬く間に倒して集団になるのさえ許さない。
「とんでもねぇな」
「うん」
ロワルと食い入るようにその光景を見続ける。僕らが目指すそのさらに先にいる冒険者の表情は、なんの気負いもない普段の気のいい先輩冒険者のままだ。
今はそれがとても恐ろしいと思えたのだった。
◆◆◆◆
後続のキラーアントもようやく現れなくなってきた。普段ならこれほどの数を相手にはしない。こんなに倒しても素材を持ち帰れないからだ。最近はキラーアント程度ではレベルも上がらないし、こんな数を倒す意味もない。
「待たせたな。解体にかかろうか」
「「はいっ!!」」
……二人ともやけに返事がいいな。キラーアント程度では参考にはならなかったかもしれないが、どうやら師匠(仮)としての面目は保てたのかもしれない。
周囲に散らばるキラーアントをてきぱきと動いて解体にかかる様子は、さすがはスエルブルの冒険者だ。次々に素材となって背負子に積まれていくキラーアントたち。やっぱり人数がいると効率が桁違いだなぁ。
一人ではこんなに持てないし、ぎりぎりまで持ったらいざという時に戦えない。戦闘効率だって桁違いなのだから、お金を稼ぐのならどこかのパーティにでも入った方がいいのかもしれない。
けれど、Cランクともなればほとんどは固定パーティが組まれているし、Dランク依頼なら一人でもこなせてしまう。ソロでやってきたのでいろいろできる分、今からCランクパーティに加わるには器用貧乏と言わざるを得ない。
その点、ロワルとネンレコはしっかりと固定パーティを組み、冒険者としては順調そのものだ。くそぅ、うらやましい。
今は先輩ぶっていても、数年後には「あれぇ? アジフさんまだCランクなんですか?」とか言われてしまうかもしれない。今のうちに恩を売っておこう。
「ロワル、ネンレコ重かったら代わるからな。いつでも言ってくれ」
「これくらい大丈夫だって。それより帰ったらまた稽古つけてくれよ!」
「朝もやっただろ? まだやるのか?」
「なんだか剣を振りたい気分なんだよ。なぁ?」
「ええ、少しでも強くなりたいんです!」
なんてことだ。なぜだかわからないが、二人の目が燃えている。これは本格的に将来追い抜かれるかもしれない。
「ま、まぁ、いきなり無理しても続かないぞ。毎日の積み重ねが大事だからな」
「毎日たくさん積み重ねればいいんだろ! さぁ、早く帰ろうぜ!」
言うなり、二人ははりきってペースを上げる。若いっていいなぁ、って言う程はステータス上は歳をとっていないはずなのだが。
素材でいっぱいになった背負子もものともせず森を歩く二人の足取りは軽い。疲れてたんじゃないのか? これはどうあがいても帰ったら稽古につきあわされそうだ。
やれやれ、師匠(仮)も楽じゃないなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます