後輩の冒険者
翌日から参加した洞窟の封印作業は、エルフの協力のおかげで順調に進んだ。洞窟の岩を積み上げ、隙間を木の枝を混ぜた土で埋めていく。岩壁ができあがると、さらにその裏から空気が流れないように土をかぶせて割れ目を完全に埋めてしまった。
周囲の岩盤に比べれば強度は落ちるが、明確な目的をもって掘り起こそうとしない限りは自然に崩れはしないだろう。
入り口となっていたキラーアントの巣穴も、外に積み上げられていた土を崩して入り口を埋めたので、魔物が入り込んだりしないはずだ。
「協力を感謝いたしますぞ」
「それはお互い様です」
すっかり平らになった穴の前でフィンゼさんと村長が握手を交わした。これを機にナナゼ村とアメルニソスで交流を…… なんて話にはならなかったが、お互いの状況を把握するためにも守護隊のエルフが月に一度ぐらいは村に訪れる事になったようだ。
作業に参加していたエルフたちもアメルニソスへと引き返し、村は平穏を取り戻す。村の依頼をこなしながらも、慣れ親しんだ暮らしに戻りつつあった。
だが、そんな中にも変化があって、その日はスエルブルの冒険者ギルドを訪れていた。
「なぁ、Cランク依頼とかないもんかね?」
いつもの魔石と素材の売却を済ませて、受付カウンターでミヨルに話かける。
「アジフさんにしては珍しいですね? Cランク依頼はいつも断ってましたのに。今あるCランク依頼は一件だけです。掲示板にも貼ってありますが」
ミヨルが差し出してきた依頼票をちらっと見て、そのままそっと差し戻した。
「これは見た。剣の届かない相手は勘弁してくれ」
依頼票の内容は”グリフォン討伐依頼”ワイバーンだのハーピーだのどうして空の相手ばっかりなのか。
「魔物もこちらの都合には合わせてくれませんから。この依頼もなかなか受けてくれる冒険者がいなくって」
ミヨルがため息をつきつつ依頼票をつまみ上げ、ひらひらとさせてちらっとこちらを見た。すぐさま目を逸らすと、ふたたび「はぁ」とため息が聞こえる。
そう言われても、攻撃魔法や弓でもなければ空を飛ぶ魔物の相手は厳しい。グリフォンともなれば高い機動力で接近戦もこなす。Cランクでもパーティでなければ相当の苦戦を強いられるはずだ。言っているミヨルもわかっているのだろう。それ以上は勧めてこなかった。
足の治療費を稼ぐためにギルドの依頼を積極的に受けようと思ったのだが、いくら魔物の多い地域とはいえ、Cランク以上の魔物がひっきりなしに現れるほどの魔境ではない。それにCランクの魔物が相手となれば危険も大きい。できればDランクの数が多い依頼がいいのだが、そう都合のいい依頼などありはしない。
村での暮らしはお金はかからないが、稼ぎも少ない。アメルニソスで散財したこともあって、現金収入が欲しいところだ。
Dランクの依頼はそこそこあったのだが、ナナゼ村を留守にしてまで受ける程ではなかった。あきらめてため息をつきつつギルドを出ようとしたところに、丁度ギルドの入り口から入ってくるパーティとはちあわせた。向こうもすぐにこちらに気付くと、その中から二人が前に出て気軽に声をかけてくる。
「アジフさんお久しぶりです」
「ちわーす」
「ああ、久しぶり。がんばってるそうだな。噂はきいてるぞ」
「いや、それほどでも…… あるんだけどな!」
そういってケタケタと笑う二人は、青年といっていい年頃となったロワルとネンレコだ。二年の月日を冒険者として過ごした二人は、スエルブルで一人前の冒険者として扱われている。
「Eランクでは稼ぎ頭だそうじゃないか。Dランクも目前って聞いたぞ」
Eランクとして活発に活動している彼らとギルドで出会うのは珍しい。聞いていた噂を伝えると、ネンレコの表情が曇った。
「それが……依頼の件数はもうすぐ達成できそうなんですが、護衛依頼が受けれなくって。スエルブルに護衛依頼なんてないから、ムジデルで依頼を受けようとしたんですが……」
「護衛依頼を回すなら腕を見させてもらうって、ギルドの人に言われてよ。訓練場でこてんぱんにされちまってな『護衛依頼は人も相手にしなきゃならん。訓練が足りん』だってよ」
「ああ、なるほどな。二人とも、人を斬ったことはあるのか?」
「ありません」「ないな」
スエルブルは言ってみれば『行き止まりの町』だ。さらに先にアメルニソスがあるのだが、交流がないので実質的には行き止まりと言える。メインの交易路からは外れている上に魔物が多く、盗賊が活動するには不向きだ。そもそも、スエルブルを出発点とする人が少ない。
ずっとスエルブルで活動していたロワルとネンレコが人を相手にしていなくても不思議はない。ゴブリンやオークでも待ち伏せや連携はしてくるが、人の様に駆け引きはほぼない。勝手が違うのは事実だ。
それでもスエルブルの冒険者ギルドなら、実績と信頼で仕事を回してもらえるかもしれない。だが隣の領都でもあるムジデルでは、信用が必須な護衛依頼を見知らぬ若い冒険者に回したくないのも不思議はない。
「アジフさん、剣術教えてくれよー」
「ロワル、アジフさんだって暇じゃないんだ。そんな訳にはいかないよ」
稽古をつけるぐらい問題はないのだが、お互い冒険者として活動する身だ。かかりっきりになるわけにもいかないが……
「要はギルドの職員に一泡ふかせればいいんだろ? それぐらいなら一月ナナゼ村に来てくれれば教えてもいいぞ」
「ほんとか?」「いいんですか?」
「どうせめぼしい依頼がなくて村に引き返すところだ。そっちのパーティがいいんなら、だがな」
二人は自分たちのパーティを振り返ってうなずき合う。
「ちょっと相談してもいいですか?」
「もちろん」
声をかけて、冒険者がちらほらといる待機所へと移動した。
二人が所属するパーティは”黒の顎”それほどめずらしい名前ではない。それは、スエルブルがキラーアント素材の産地だからだ。もともとそれほど高価でもないキラーアント素材は、金額に対して軽くて硬く、性能は高い。その産地ともなれば値段はさらに下がり、若手の冒険者はこぞってキラーアントの装備を使う。
その結果スエルブルの若手冒険者は黒く染まり、自然と黒をパーティ名に入れるのが普通となる。スエルブルのイメージカラーと言ってもいいほどだ。
「アジフさんは、剣以外も教えられますか?」
「盾はいけるな。槍はなんとか。弓は無理だ」
槍も弓も結構使ってきたのだが、未だにスキルは発現しない。それなのにそれほど訓練していないスキルが突然取れたりする。きっと人によって向き不向きがあるのだろう。
だが、槍はジリドによって散々相手をさせられているので、基本の型はすっかり覚えている。連地流の基本的な考え方を伝えるくらいならできるだろう。
”黒の顎”のパーティ構成は、前衛は盾持ち剣士が二人、槍が一人、弓が一人、神官一人の五人。全員が男で、弓を持つのが獣人の……狐かな? あとはヒューマンだ。この近辺はエルフもドワーフも少ないので、標準的な編成といえる。
「アジフさん、待たせたな。俺とネンレコだけでも稽古をつけて欲しいんだ」
「他の三人はいいのか?」
「ヒジクとロユズデは教わる事がありませんから。その間遊んでもいられないので、簡単な依頼を受けるそうです。でもそうなると、前衛がいなくなってしまうので、ヒュミッボは残しました」
顔は知っていても名前までは知らなかったメンバーだが、内容からヒュミッボというのがもう一人の剣士のようだ。
「俺も稽古をつけてもらいたかったんですけどねー」
「お前にもちゃんと後から教えてやるよ。俺たちのいない間の前衛は任せたぜ」
「わかってるって」
ロワルとヒュミッボが拳を合わせる。パーティの仲はいいようだ。後輩の冒険者に剣術を教えてやるなんてお人好しと思われるかもしれないが、実はそんなに珍しいわけではない。先輩冒険者が後輩に稽古をつけるのはよくある事だ。
ギルドの訓練場でも見る光景だし、訓練の為に先輩冒険者のパーティに一時的に参加したりもする。自己責任の冒険者だからこそ、お互いの助け合いはあるものだ。
ただ、今回は自分がパーティを組んでいないので、職場(?)であるナナゼ村にきてもらうのだ。お金はもとめないが、教える側にもメリットはある。パーティに付いていく場合なら後輩が下働きをするものだし、後輩の戦力が上がるのはいざという時に自分の身を助ける事にもなる。
この場合も二人がナナゼ村に来てくれるのには、明確なメリットがある。地元の冒険者とナナゼ村につながりがあるのは大きな安心材料となるからだ。
黒の顎の面々は依頼の報告や今後の打ち合わせなどあるらしく、二人は後日ナナゼ村を訪れる事になった。二人は馬を持っていないらしいので、正直ありがたい。
「じゃあ村で待ってるな」
「明日には行けると思うので、よろしくお願いします」
二人に手を上げて、そのままギルドを後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます