帰村(後)



「ワシはアジフに謝らねばならん事があるのじゃ」


「なんでしょう。謝られる覚えはありませんが」


「まぁ、聞いてくれ。アジフの捜索依頼は、始めギルドでは受けてもらえなんだ。だが、アジフが戻らんかった洞窟の調査は、早急にせねばならんかったのじゃ。そこでワシは、アジフの捜索は依頼の達成条件から外して依頼を出さずにはおれんかったのじゃ」


 それはそうだろう。遭難した冒険者の捜索なんて、無理難題に近い。それを助けられなかったからといって依頼失敗で違約金を払っていては、ギルドが成り立たないし、そもそも受注されるはずもない。


「じゃから、ワシはお主に恩着せがましく捜索依頼を出したなどとは言えんのじゃ。それどころか、村のためにアジフの捜索をあきらめたと言ってもいい。この通りじゃ、すまんかった」


 村長は、そう言って机に手をついて頭を下げた。その頭のてっぺんは、だいぶ髪の毛が薄くなっている。村の代表として、見えないところでも苦労しているんだろうなぁ。


「頭を上げて下さい。それでも、冒険者に私を探してくれと頼んだと聞きました。冒険者はただでは動きません。恐らく追加の報酬も提示したんではないですか?」


「うむ、じゃが、それは……」


「なら、それはもう捜索依頼を出したのと変わりませんよ。それでいいじゃないですか」


「ううむ、それだとなんだか、だましている様な気がしてのう」


 むむむ、まだ納得しないか。本人がそれでいいと言ってるのに、だまされたもなにもありはしないのだが。


「気にしすぎですよ。あえて否定するほど間違っているわけでもありませんし」


「そんなもんかのう」


「冒険者は自己責任な職業です。失敗しても誰かに助けてなんてもらえません。探そうとしてくれただけで十分です」


 確かに、依頼はキャンセルされたのかもしれない。だが、探そうと実際に動いてくれたことには感謝しかない。そしてそれは、ナナゼ村の村長が冒険者の捜索依頼をかけようとした事はポワルソの冒険者ギルドの、依頼を受けようとした冒険者たちにも記憶に残ったはずだ。

 それがどういう結果を生むのかわからないが、前向きな影響があると今は信じたい。


「感謝こそすれ、村長に謝ってもらう必要はありませんよ。それよりも今は村のことを相談しましょう」


「むぅ、そうかのう。じゃが、村について相談せねばならんのは賛成じゃ。アジフから報せが届いてからの説明をしておこう」


 村長から聞いた村の現状は、メゼリルから聞いたものと大きな違いはなかった。変化があったのは、洞穴の封鎖作業の進行具合くらいだった。作業は現在半分近くまで進んでいるそうで、完了まであと半月はかかりそうな状況だとか。


「アジフも手を貸してもらえると助かるのじゃが」


「もちろん、そのつもりです。なんでも言ってください」


 正直言えば、またあの穴に潜るのは気が進まない。だからと言って、ここで村の皆やエルフにまかせてしまうのも、それはそれで違う気がする。最初に関わったのだから、最後まで見届けたい気持ちがあった。




 その夜は、村の皆に作業に来ている守護隊のエルフたちも加わって、宴会となった。人数が多くて人が入れる建物がなく、村の広場に焚いた火を囲んでの酒盛りだ。


「よく帰ってきた!」「おかえり」

「心配したんだぜ」


 一応、今日の宴会の主役となっているので、ひっきりなしに話しかけられて酒を勧められる。あまり飲むと口が軽くなってしまいかねないので、適度に遠慮しながら酒をのんだ。


 広場の中央の焚火に、村人たちが暗闇に照らし出される。一連の暗い出来事を振り払うようにその顔は一様に明るい。誰かが楽器まで持ち出して、お世辞にも上手いとは言えない演奏に笑いが広がった。


「ちょっと遅かったが、無事に帰ってきて上出来だ! さぁ、飲め!」


 オゾロがやってきて肩を組み、空いていないジョッキを空けろと急かせる。無理に飲ませるのはマナー違反だと、こんなところで言ってみても通じるはずがない。

 手にしたジョッキをグイっと空けると、新たにあふれんばかりにエールの注がれたジョッキを手渡された。


「で、どうなんだ。洞窟の奥ってのは。そんなに恐ろしい所なのか?」


 村の皆には、あの洞窟が迷いの森の結界の手前まで通じていて、その通路を塞ぐ為にエルフが協力してくれていると言ってある。

 その為に洞窟の内部については秘密だと言ってあったが、何しろ、今の一番の関心事だ。酒の席で話題に出すなというのは無理がある。洞窟の話になるのは予想していた。


「ああ、洞窟の奥は魔物の巣窟でな。我ながらよく生きて帰ったものだよ。もう一度入ったら今度こそ生きては出られないだろうな」


 聞き耳を立てる周囲にも伝わるように、身振りをまじえて大げさに言っておく。もしこの話が漏れたとしても、わざわざ封鎖した洞穴をあばいて迷いの森に行こうとする者はいないはずだ。そんな危険な場所を通らなくても、迷いの森までなら北の森から行けるのだから。


「アジフがそこまで言うんだ。俺たちじゃひとたまりもねぇだろうなぁ」


 村の男達は、自分達が作業している洞窟の暗闇の向こうを想像して身を震わせた。ゴブリンの洞穴側の入り口は狭く、おそらくドラゴンは入っては来ないと思う。アースドラゴンというだけあって、地面を掘るのは得意そうだから断言はできないが。


「その為にみんなで洞穴を塞いでいるんだろう? どうせ明日からは地下に潜るんだ。今日は景気よく飲もうじゃないか」


 ジョッキを持ち上げると、合わせるように一人のエルフが横笛を取り出した。先ほどの村人とは違う軽快な音色が流れ、宴会はまた賑やかになっていく。


 村に来ているエルフはメゼリルを除いて8人で、全て男性だ。その中でエラルト語をしゃべっているのは二人。村長とメゼリルが通訳をしているようだが、村の皆とほとんど分け隔て無く飲んでいるように見えた。

 すでに2週間近く村に滞在して一緒に作業しているのだから、打ち解けていても不思議はないか。


 エルフたちは村の一画にテント村を作って寝泊まりしているらしい。一月近い期間になるので大変そうに思うのだが、本人たちに言わせると


「野営といっても井戸もあって、夜の見張りも要らないんだ。苦労というほどでもないよ」


 と、あまり気にしている様子はない。


 酒が深まり、音に合わせて踊り出す者、酔いつぶれて寝てしまう者と場が混沌としてきたところで村長が解散を告げた。村の中とはいえ、辺境の森の中なのだ。屋外で寝ていては、朝になる頃にはパラライズバットの餌食になってもおかしくはない。


「明日の作業は昼からじゃ! 皆わかったな」


 めいめいに散って行く村人たちに、村長の言葉もどれだけ届いているのやら。まぁ、心配しなくても明日の朝はゆっくりにならざるを得ないだろう。


 皆に手を振り、自宅へと戻った。服も脱がないまま久しぶりの自宅のベッドへと跳び込む。それほど長い期間家を空けた訳ではないはずだが、ほったらかしにされた布団は少しだけカビ臭かった。


 明日は晴れたら布団を干そう。そんな考えがほんの少しだけ頭をよぎる。だが、やっと帰ってきた安心に酔いも手伝い、逆らえないほどの眠気がすぐに襲ってきた。


 ひょっとしたら目を閉じるよりも早かったのではないかと思うほどに、あっという間に意識はベッドの底へと落ちていった。



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