帰村(前)



 サーベルタイガーを倒した後も何度もの魔物との遭遇があった。これでも魔物の少ないルートだと言うのだから恐れ入る。


「おわっとぉ!」


 足元から襲い掛かるEランクのヘビの魔物、ブッシュパイソンの攻撃を捌きながらもなんとか撃退したところで休憩をとった。ブッシュパイソンは、全長3m程でヘビ型の魔物としては小柄な部類だ。毒はないが、物陰に隠れるのが上手く気配も探り辛い厄介な相手だ。


「もう少しでゴブリンの洞穴よ。そろそろ魔物が減ってくるといいのだけれど」


「フィンゼさんも見張りは立てているって言ってたからな。周囲が魔物だらけってことはないと思うが」


 進むにつれて魔物は弱くなってきてはいる。ゴブリンの洞穴が近いなら、この辺りは元はゴブリン共の縄張りだったはずだ。油断はできないが、エルフの見張りがある中で強力な魔物が進出して来ているとは考え辛い。



 その予想が合っていたのかどうかはわからないが、休憩から出発すると魔物との遭遇はめっきり回数を減らした。たまに姿を見かけても襲って来る様子もなく逃げていく。


「もうすぐゴブリンの洞穴よ」


 メゼリルが指さす方向を見ると、たしかに見覚えのある土の盛り上がった小山が見えた。ようやくここまで戻ってきたのだが、あれが騒動の元凶かと思うと感慨もどこかへ行ってしまいそうだ。


 ゴブリンの洞穴は、現在作業中なので誰かがいるはずだ。手綱を引きながら歩いていくと、入り口は木でできた柵と塀でがっちりと守られていた。

 近付いてくるこちらに対して、中には弓を構える姿も見える。見覚えのないエルフだったが、すぐに弓を下ろしたのは馬上のメゼリルに面識があったのだろうか。手を挙げながら近付いていく。


「アジフとメゼリルだ。フィンゼさんから連絡はしてもらってるはず」


「あんたがアジフさんか。連絡は聞いてるよ。いや、すまない。隊長からも魔物だけではなく人間にも警戒するように言われていてな」


 む、確かに。村長はこの辺りの領主である伯爵に報告しないと決めたと聞いたが、作業してもらうのに村の皆に何も言わないわけにはいかないだろう。どこまで話が広まっているのかわからないが、秘密は漏れる前提に用心するに越したことはない。

 エルフたちは恐らく知っているはずだが、はっきりするまでは発言に気を付けたほうがよさそうだ。


「もうすぐ今日の作業も終わる。日が暮れる前には皆村に戻るから、一緒に帰ったらどうだ?」


「う~ん……いや、先に一度村に戻るよ」


「そうか? まぁ、この先は魔物もめったに出ないが気を付けてな」


「わかった。ではお先に戻らせてもらうよ」


 エルフの見張りに再び手を挙げて、村へと向かった。森にはこれまでよりもハッキリと道が出来ていて、ずいぶんと歩きやすい。以前ならこの辺りはまだ魔物のよく現れるエリアだったはずだが、人の往来が多くて追いやられているのだろう。


 ただ、森から魔物を村へと誘導しかねないので、将来的には道を潰す必要があるかもしれない。


「ここまで来たらあわてなくても、少しくらい待っても良かったんじゃないの?」


 特に不満という様子ではなかった。たんに疑問に思ったのだろう。ムルゼから降りて並んで歩くメゼリルが聞いてきた。


「話がどこまで広がっているかわからなかったから。村の皆と話すより、先に村長に話を聞いておいた方がいいかと思ってな」


「私が出る時はドラゴンと水晶の事は伏せられてたわね。アジフが洞穴の奥の洞窟でロックリザードに襲われたって事になってたはずよ」


 ロックリザードか、確かにあいつも手強かった。そう言えばゴブリンと戦った時の個体は穴の奥へ引き返したので、倒したのは知られていなかったな。群れる魔物ではなさそうだったが、そこは黙っていればわからないだろう。それはいいのだが……


「そういう事はもっと早く言ってくれてもいいんだぞ」


「あら、私が村を出た時の話だから、今はわからないわよ?」


「う~ん、結局はそうなるのか」


 現状がどうなっているのかわからないので、うかつな事が言えないのには変わりないか。

 話しているうちに、魔物が現れる事もなく村の門が見えてきた。門番は見覚えのある自警団員だ。ヒマを持て余しているのか、槍を振り回して素振りを繰り返している。辺境の村の往来など多くはないし、ほとんどが見知った顔なので若者には退屈なのだろう。


「おーい」


 遠くから声をかけて手を振ると、こちらを見つけて駆け寄って来ようとして……踏みとどまった。さすがに門番を投げ出したりはしないようだ。メゼリルと顔を見合わせて苦笑いをした。


「アジフさんじゃないか! よく無事で!」


「大変だったけどな。おかげさんでなんとか帰って来れたよ」


 それでも近付いていくと我慢できなくなったのか、駆け寄ってきて手を取られた。冒険者稼業で村を空ける事も多く自警団には入っていないが、日頃から村の防衛についてはよく相談するし、武器の扱いを教えていたりもする。


 槍や弓はスキルこそ持っていないが、基本的な扱いは知っているし、王都で他人が訓練するのを見ていたので訓練方法もわかっている。おかげでナナゼ村の自警団の練度は、周囲の村と比べれば明らかに高い。そういった事もあって、自警団員とは仲が良かった。


「村長は家にいるかい?」


「ああ、そのはずだ。よし! 今日は無事にアジフさんが帰ってきたお祝いをしなくちゃな! さっそく皆に知らせてくる……ぐぇっ」


 そのまま走り出そうとする自警団員の首根っこを掴んで引きとどめた。


「門番が持ち場を投げ出したら、俺たちがここで待ってなきゃならないだろ。わざわざ知らせなくても、村を歩いてれば皆気付くだろうさ」


「そりゃそうだけど……ちぇっ、しゃーないなぁ」


 不満気な門番を門に残し村の中へと入ると、見かけた皆が無事を喜んで声をかけてくれた。


「「アジフおじさん!」」


 村長の家の前まで着いたころ、小さな塊が2つ突撃してきた。


「ケジデ、ユテレ、いい子にしてたか?」


 頭をゲシゲシと撫でてやると、二人とも泣き出してしまった。


「二人ともどうしたんです?」


 二人の後を追って走ってきたケムィットさんにたずねた。野良着姿なのは、畑仕事の途中だったのだろう。


「はぁ、はぁ……いえね、アジフさんが怪我をしたと聞いて、二人ともユテレがゴブリンに捕まったせいだって気にしちゃって。何度も二人のせいじゃないって言ったんですが、どんどん騒ぎが大きくなって怖かったみたいで。何はともあれ、無事に帰って来てくれて安心しました。アジフさん、おかえりなさい」


 そう言えば一連の騒ぎの発端は、二人が村を抜け出してユテレがゴブリンに捕まった事だった。翌日に洞穴を調べに行ったら帰って来ないし、知らないエルフは村に来るし、かなり不安だったのだろう。


「ご心配をおかけしてすいません、ただいま戻りました。二人とも、心配してくれてありがとな」


「「お゛か゛え゛り゛な゛さ゛い゛ー」」


 かがんで目線を合わせると、二人とも涙と鼻水まみれで抱き着いてきた。新しい鎧が金属製でよかった。


「おお、アジフ、戻っていたか。難儀だったようじゃな」


 家の前での騒ぎを聞きつけて、村長が玄関の扉を開けて出てきた。


「村長にはお手数をおかけしました。なんでも捜索依頼まで出してもらったとか」


 冒険者が行方不明になって捜索依頼が出されるなんて異例の事だ。普通はわざわざ探してなどもらえない。冒険者とはそういう職業なのだから。だが、それを聞いて村長は少し気まずそうな顔をした。


「そのあたりも含めてお互い話さねばなるまい。こんなところで立ち話もなんじゃ。家に入ってくれ。ケムィット、今夜はアジフの帰還を祝って宴となろう。村の皆に知らせてはもらえんかの」


 やっぱり宴会はやるのか。村の皆も色々と不安があったのかもしれないな。


「おお! それはいいですね。さっそく支度にかからねば! さぁ、ケジデ、ユテレ。アジフさんは村長とお話があるから、一度家に戻るよ」


「ケジデもユテレもまた後でな」


「ホントに? アジフおじさんどっか行っちゃわない?」


「ああ、後で行くよ。必ずだ」


 ケジデとユテレがようやく放してくれたので、立ち上がって村長の家に入ろうとすると、奥さんが布巾を持って待っていた。


「どうしました?」


「鎧が汚れちゃってますよ。拭きますからじっとしてて下さいね」


「あ、すいません。お願いします」


 そのままではまずいので、鎧を拭いてもらって家の中へと入りテーブルへと座る。すでに何度も来ているので、勝手は知っていた。いつもの様に村長は向かいに座ったが、その様子はいつもとはちょっと違っていた。


「ワシはアジフに謝らねばならん事があるのじゃ」


 真剣な顔つきで、村長は話を切り出した。


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