森の狩人


 翌日も、その次の日も森をさまよい、昼は魔物と戦い、夜は身を隠し続けた。


「フゴッ」


 石斧を振り上げたオークの腕を切り飛ばす。何かがおかしい。いくらペースが遅いとは言え、洞窟を歩くほどではないはずだ。それなのにまだ森を抜けれないなんて。


「フガーッ!」


 背後から体当たりしてきたオークの目を横一文字に切り裂く。そろそろ変化があるはずなのだが、途中にあったのは小さな川くらいだ。川沿いに下ろうかとも思ったのだが、方角を優先してやめておいた。


「グガガ……」


 二匹のオークの間から、一際大柄なオークが現れる。手に抱えて持つのは、丸太といってもいいほどの木の棒だ。振り回されて当たればただではすまないだろう。この足では分が悪い武器だ。


 

 川の浅い流れを渡って、森へ入ったところで三匹のオークに出くわしたところだ。一際大きいオークは恐らく上位種、オークリーダーだろう。普通のオークよりも力が強くタフだったはずだ。相性は悪くないのだが、手に持った武器がやっかいだ。



 振りかぶった棒……いや、丸太が、うなりを上げて振り下ろされる。片足で跳ねて何とかかわした。隙だらけなのだが、丸太のリーチが長くてこの足では近寄れない。

 幸いなのは、長すぎて森の中では横に振れないことぐらいだろうか。さすがオーク、考え無しだ。


 と、バカにしてみても近寄れない事実は変わらない。下から振られた丸太を、後ろに跳んでかわした。


 義足の壊れた片足には、木の棒を縛り付けた。立っている時にバランスを取る程度の強度はある。体重を支えるのは無理なので歩くのは無理だが、足の長さと重さが揃うだけでだいぶ違う。



「グガーッ!」


 再び丸太が振り下ろされ、それをまた片足で跳んでかわしたが、着地をした時にズルッと滑って転んでしまった。


 そこへ丸太が振り下ろされ、ゴロゴロと転がって間一髪かわした。地面を打ち付けた振動が<ドスッ>と響く。恐ろしいパワーだ。

 さらにそこから隙は逃さんとばかりに丸太を振り上げられる。ヒザ立ちで起き上がり、剣をオークにむかって構えた。


 こうなれば一撃もらう覚悟で飛び込むしかない。


 立てたヒザをぐっと沈めて、オークリーダーが振り上げた丸太を下ろすタイミングをはかる。その時、丸太を振り上げた右腕にどこからか飛んで来た矢が<ストン>と突き刺さった。



「グガッ!?」


 オークリーダーが、不意を付く痛みに丸太を手落とす。誰だか知らないが、チャンスだ!


「せぁっ!」


 溜めていたヒザを解放して跳びあがった。飛び掛かりざまに剣を横一文字に振るう。魔力がたっぷりと流されたマインブレイカーはオークリーダーの手を切り落とし、さらにその先の首筋を剣先が切り裂く。


 飛び掛かった勢いのままうつ伏せに落下し、オークリーダーは血を噴き出しながら仰向けに倒れた。



 ヒジを突いて上半身を起こすと、腕を切り落とされたオークは逃げ去り、目を切られたオークはウロウロと手探りで周囲をさまよっていた。


 立ち上がって近付くと、音を聞きつけて棍棒をむやみやたらと振り回す。


「いま楽にしてやるよ」


 振り回す間隙をぬって、首元に剣を突き込んだ。オークは首の剣に手をかけながらも仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。



「よけいな世話だったかな?」


 剣を抜いて振り返ると、弓を持ったエルフの男がそこに立っていた。肩まで茶色い髪があるが、がっしりとした体格と精悍な顔つきは、女性とは間違えようもない。


「いや、助かった。ありがとう」


 礼を言うと、エルフは驚いた顔をした。


「私達の言葉がわかるのか、ヒューマン」


 じゃあ、なんで話しかけたと思わないでもない。だが、ここで人と会えたのはまぎれもない幸運だ。森を抜ける手がかりとなってくれるかもしれないのだ。


「ナナゼ村でメゼリルというエルフに教わった。俺はそこの村の冒険者でアジフだ」


「お! 噂に聞く冒険者というやつか。確かに、先ほどの剣さばきはなかなかのものだった。私はこの森で狩人をしているネントという。それで、アジフ、お前はこの森で何をしているんだ?」


 このネントというエルフの言葉通りだとしたら、狩人ならこの辺りの地理に詳しくないはずがない。狩人は自分の狩場を持つものだからな。


「洞窟を調査していたら、この付近に出てしまったんだ。戻るにも戻れなくて困っていたところだ。よかったら案内してくれないだろうか?」


「ん? そんな洞窟があるとしたら問題だが…… その洞窟から戻ればいいんじゃないか?」


「その洞窟にはアースドラゴンがいて、命からがら逃げてきたんだ。もう一度戻れなんて冗談はよしてくれ」


「洞窟ってヤツのねぐらか…… その足はアースドラゴンにやられたのか?」


 ネントはアースドラゴンのことを知っているようだった。あんなものが森にあらわれればさぞ目立つだろう。狩人なら知っていて不思議はない。


「いや、これは古傷だが、ドラゴンに義足を壊されてしまってね。歩くにも不自由する有り様で困ってるんだ」


「そんな足でよくこの森を生き延びたな」


 ネントと名乗る狩人は、あきれた顔をした。


「ああ、魔物が多くて参ったよ。よくこんな森で狩りをしてるな」


「私は魔物を狩る狩人なんだ。獲物が多くていい狩場だよ」


「狩人が魔物を狩るのか? 冒険者じゃなくて」


「アメルニソスに冒険者はいないからな。魔物の素材を取って来るのは狩人の仕事なのさ」


 へぇ、アメルニソスには冒険者ギルドは無いのか。魔物の素材や魔石は加工されて様々な用途に使われる。冒険者がいなくとも、誰かがやらないといけないのだろう。


 ……ん? アメルニソス?


「なぁ、ここはアメルニソスなのか?」


「そう言えば洞窟を抜けてきたんだったな。ここは迷いの森の外側だ。迷いの森の内側は魔物が少ないから、こうして外まで狩りにでてるのさ」


 確かに、もし迷いの森の内側なら、アースドラゴンなんて魔物が現れて放っておかれるはずもないか。


「それならちょうどいい。ナナゼ村か、どこか人間の集落の場所を教えてはもらえないだろうか? できる事なら案内もしてもらえると助かるが……礼ならするから」


「悪いが、人間の集落の場所など知らないぞ。行くことがないからな」


「う…… そうか……」


 アメルニソスが国を閉ざしてるとはいえ、迷い森の外で活動している狩人まで人間の集落の場所を知らないとは。あてが外れてしまった。しかし、今は危機的な状況だ。村の場所を知らないからと言って、はいさよならって言われたら困ってしまう。


「う~ん、誰か知ってそうな知り合いとかはいないものだろうか?」


「守護隊の面々なら知ってるだろうな。連れていってやろうか?」


「いいのか?」


「始めは関わらないつもりだったのだが、いつまでも狩場をうろつかれても迷惑だからな。いっそのこと道案内してやろうと思ったのさ」


「そいつは悪かったよ」


 素直に謝ると、ネントはすこしばつの悪い顔をした。


「実は、迷いの森の外周には方向感覚を狂わせる呪が掛けられているんだ。お前が迷ったのはそのせいでな」


 なんてこった。方角を確かめながら進んでいたはずなのに、迷いの森のトラップに引っかかっていたとは。


「いや、でも昨日は川なんてなかったぞ」


「アジフ……だったな、アジフは南に進んでいたつもりだったのだろ? 実は少しずつ西にずれてたんだよ」


 そんなとこまで見られていたとは。かなり前から観察されていたらしい。これでも周囲の気配には気を配っていたのだが、まったく気が付かなかった。


「そんな訳だから、迷うのも仕方がないさ。ただし、守護隊にはいろいろ聞かれると思うから覚悟しておけよ」


 守護隊ってのは、衛兵みたいなものだろう。森をさまよっていた不審者なら、詰問されるくらいは仕方がないか。


「この森を抜けられるなら、それぐらい我慢するさ。面倒をかけるがよろしく頼む」


「なに、こっちの都合でもある。気にしないでくれ」


 なんでもないように軽く手を振るネントから、悪気は感じられない。悪いヤツでは無いように思う。出会ったばかりで断言はできないが。


 地面に倒れるオークを二人で解体して、ネントの持つ袋へと持てるだけ詰め込んだ。


「よし、じゃあ行くか」


 準備が終わると、ネントの案内でアメルニソスへと向かった。本来はメゼリルの案内でアメルニソスに行く予定だったが、想定外の成り行きで行くことになってしまった。それどころか、何日も報せを出せないままだ。



(きっと怒ってるだろうなぁ)


 胸をよぎる予感は、確信とも思えるものだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る