遭難


 ダイアウルフとのにらみ合いで、最初に我慢できなくなったのは、背後に回り込んだフォレストウルフだった。


「ガウッ」


 隙ありとばかりに背後から迫る音に、半身を捻って下段に構えた剣を回した。


「ガゥァァッ!」


 そこに正面から前脚を叩きつけるように突っ込んでくる。


「せりゃあッ」


 後ろに引いた剣を振り上げながらフォレストウルフに引っ掛け、捻った半身を戻しつつダイアウルフの前脚を迎え撃った。


「ぐぁっ」「キャィッ」


 マインブレイカーがダイアウルフの前脚を切り裂き、切られながらも勢い余ったフォレストウルフの爪が背中に突き刺さる。突っ込んでくるダイアウルフの勢いは衰えず、体当たりのような形で背後のフォレストウルフと一緒になって吹っ飛ばされた。



 それぞれがダメージを負う中で、真っ先に立ち上がって剣を構える。この足でダイアウルフに突っ込まれれば、避けられないのは覚悟の上だった。


 前脚を切られたダイアウルフは三本の足でよろよろと立ち上がり、フォレストウルフはひっくり返ったまま動かない。


「メー・レイ・モート・セイ ヒール」


 この隙に仕掛けたいところだが、片足では無理だ。回復を優先してダイアウルフの出方を待つ。ダイアウルフは、傷を負った前脚を持ち上げて後ろ脚をぐっと縮めた。跳ぶ気か。


「ガルァァァァー!」


 前脚を怪我して、即座に後ろ脚に切り替えた思い切りのよさはさすがだと思う。実際、その体格を活かして突っ込んで来られるのが一番つらい。

 だが、後ろ脚だけで跳んだダイアウルフの跳躍は、それまでの鋭いものではなく、山なりに弧を描いた。


「ふっ」


 前に向かって足の力を抜いて倒れ込みつつ、下段から剣を振り上げる。仰向けになりながらも振り上げた剣は、上ずって飛び掛かってきたダイアウルフの首元に突き刺さり


「せぇいっ!」


 そのまま振り抜いた。首筋から血が吹き出し、地面に落ちた身体に降りかかる。ダイアウルフもそのまま地面に落ちて、その下敷きになった。



 ダイアウルフはそれ以上動く事はなかった。そのまま絶命したようだ。それはいいのだが、下敷きになったまま身動きが取れない。もぞもぞと身をよじるが、なかなか抜け出せない。

 残りのフォレストウルフに襲われるとまずい態勢だったが、フォレストウルフたちはダイアウルフが倒されたのを見ると、一目散に逃げていった。


「何とかはなったけどなぁ」


 ダイアウルフの下から這い出して、返り血で染まった顔を洗う。わかってはいたが、片足で戦うのはどうしても辛い。どうにかして義足を作り直さなくちゃならない。


 枯れ葉と枝を集めて、洞窟の中で拾ってきた水晶の欠片を火打石にして火を起こした。

 洞窟からはそれなりに距離をとっていたし、こちらは風下なので火を焚いても大丈夫だろう。何より、腹ペコでもう我慢できない。


 ダイアウルフの解体に取り掛かり、枝に刺した肉を火にかけると肉の焼ける匂いが漂う。ろくに火も通っていなかったが、しんぼうできず一個目の肉にかじりついた。


「んんん~!」


 口の中に肉の味が広がる。ダイアウルフの肉はあまり美味しい肉ではない。だが今は、それが極上の味に思えた。一噛みするごとに、身体にエネルギーが行き渡る気がする。次々に肉を焼きながら、夢中でかじりついた。


 肉をいくつか食べたところで、ダイアウルフの毛皮を剥いで、端を縛って簡易な袋を作った。焼けた肉をいくつか袋に入れて、焚火を消して立ち上がる。いつまでも森の中で火を焚いていたら、すぐに魔物に見つかってしまう。袋を手にして、斜面を下りはじめた。



 腹が満たされると、今度は次の問題がやってきた。どうしようもなく眠い。ただ歩いているだけでふらふらする。地面に横たわれば、それだけですぐにでも眠れるだろう。


 だが、森の中で安全に眠れる場所など、そうありはしない。眠い目をこすりながら寝られそうな場所を探して歩くと、大きな木の根が地面の下でえぐれている場所があった。おせじにも安全とは言い難いが、地面に寝っ転がるよりはマシだ。


 周囲から枯れ葉や枯れ枝を集めてきて、木の周囲にばら撒いておく。簡単な警報線だが、無いよりはマシだろう。

 気の根本のえぐれに身体を丸めて潜り込む。剣は身体に立てかけて抱え込んでおく。不自然な体勢だったが、目を閉じると同時に眠りについた……












<パキッ>

「!!」


 物音にビクっとして目を開く。剣を握って息を殺した。


 潜り込んだえぐれからは周囲の様子は見えない。耳に意識を集中して状況の把握に努める。少し離れた位置からは、何かの息づかいが聞こえてくる。


 ばら撒いた落ち葉や枯れ枝をゴソゴソしているようだが、特にこちらに気付いた様子はないので、じっと固まって成り行きを待つ。木々の間から見える空はわずかに白んでいる。夜明けが近いということは、それなりに寝れたらしい。


「フゴッ」


 息づかいが、一つ鼻を鳴らして動きを止めた。ファングボアオークといったところか? ヤツらは鼻がいい。嗅ぎつけられたとしたら戦うしかない。勝てるとは思うが、無用な危険は避けたいところだ。


 息づかいはしばらく周囲をぐるぐるした後、どこかへと去っていった。木の根元から抜け出して、立ち上がって体についた土を払い落した。



 昨日の残りの、すっかり固くなった焼いた肉にかじりつく。一晩寝て身体の疲れはかなり取れた。今日から本格的にナナゼ村へ帰る道程を始めなくてはならない。


 差し当たって問題なのは、現在地がさっぱりわからないってことだ。だが、向かうべき方向ははっきりしている。

 北の森から入った洞窟がどこにつながっているにせよ、エルフの森は北にあった。ならば、南に行けばナナゼ村にはたどり着かなくても、どこか人間の生活圏にさしかかるはずだ。



 昇り始めた朝日で方角の見当をつける。夜の森を歩くのは危険だし、魔物との戦闘もあるはずだ。昨日みたいにならないように、寝床の確保も考えなければならない。一日の中で歩けるのは半分もないだろう。

 しかも、片足で杖を突きながら歩かなければならない。どれくらいかかるかわからないが、歩かなければ永遠に辿り着かないのは間違いない。



 木の枝で作った頼りない杖を突いて、南へと向かって今日最初の一歩を踏み出した。


 






***************************************************






「ロゾンさん、これは難しい依頼ですよ」


 村長のワシが持ってきた依頼に、スエルブル冒険者ギルドの受付も渋い顔をしよる。難しいのは百も承知。何しろアジフが戻って来なくなってから、もう5日もたっておる。


「報酬なら村の予算から用意します。なんとかお願いできんもんじゃろか」


 ここ数年の村の予算は余裕があった。それはアジフが村の依頼をこなしてくれていたおかげでもある。こんな時の為の蓄えじゃ。


「報酬もそうですが、少なくともアジフさんの救出は成功報酬で別枠にしてもらわないと、依頼としても成立しませんよ」


「むぅ……」


 アジフが帰って来なかった日から、明日で一週間にもなる。それを助けられなかったからと救出失敗とされては、冒険者たちが依頼を受けるはずもないかの。


「では、洞窟の調査だけでもお願いしますじゃ。アジフの救出はできれば、ちゅうことで」


 アジフには悪いが、ともかく調査だけでも済ませんことには何も話がはじまらん。それにいつまでも放っておいては、いつまた同じような事が起こらんとも限らんのだ。


「わかりました、この依頼お受けして掲示板に貼りだしておきます。ですが、アジフさんはスエルブルでは名の通った冒険者です。そのアジフさんが失敗した依頼となれば、みなさん敬遠するかもしれません。ギルドとしても個別にお願いはしてみますが、受注してくれる冒険者がいるかどうかは半々だと思ってください」


 受付のお嬢さんが、申し訳なさそうな顔をする。このお嬢さんにとっても、そんな事を言うのは本意ではないのじゃろう。それに対してワシは


「どうか、よろしくお願いしますじゃ」


 そう言って、深々と頭を下げるだけじゃった。



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