地下を這う


  ……どれくらい気を失っていたのか。


 鋭い痛みに目を覚ますと、周囲は岩で囲まれていた。あれからどうなったのかさっぱりわからないが、まだ生きているらしい。


 (ステータスオープン)


 周囲にドラゴンがいないとも限らない。口には出さずにステータスを開いた。


  名前 : アジフ

  種族 : ヒューマン

  年齢 : 25

  Lv : 37(+1)


  HP : 34/264(+6)

  MP : 102/168(+4)

  STR : 70(+1)

  VIT : 72(+3)

  INT : 48(+1)

  MND: 54(+0)

  AGI : 47(+2)

  DEX : 40(+0)

  LUK : 19(+0)


  スキル

エラルト語Lv4 リバースエイジLv4 農業Lv5 木工Lv7 解体Lv8

採取Lv4 盾術Lv8 革細工Lv5  魔力操作Lv17 生活魔法(光/水/土)

剣術Lv17 暗視Lv3(+1) 並列思考Lv4 祈祷 光魔法Lv9

アメラタ語Lv1


   称号

大地を歩む者 農民 能力神の祝福 冒険者 創造神の祝福


 HPはかなり減っているが、とりあえず命の危機ではなさそうだ。ゴブリンとロックリザードを倒したおかげか、レベルは1つ上がっていた。


 とりあえず回復をしたいが、先に周囲の確認をしなければならない。何とか動けないものかと腕を動かしてみる。


「~~~!!」


 右手の痛みで出そうになった声を、辛うじてこらえた。これは折れてるな。幸い左手は無事だったので、のしかかっていた岩を押しのけた。どうやら、岩と岩の隙間に転げ落ちたらしい。


 なんとか半身を起こして立ち上がろうとしたのだが、足も折れているようで力が入らない。痛みに耐えながらしばらく待ってみるが、周囲からはわずかに水の流れる音が聞こえて来るだけだった。


 上半身を起こしても、岩に囲まれた隙間からは周囲の様子がうかがえない。かといって、ヒールを唱えれば聞きつけられる恐れがある。悩んだ末に、痛む身体を片腕で引きずって、岩の隙間から這いずって頭をちょこんと出した。


 周囲をのぞいても、アースドラゴンの姿は見当たらない。とりあえず胸をなでおろした。


 レベルの上がった暗視スキルで、視界は更に見えるようになっていた。満月の夜くらいだろうか? かなり明るく思える。周囲は黒く焼け焦げていてブレスの威力の凄まじさを思わせるが、すでに岩は冷たくなっていてそれなりに時間が経っているようだ。


 吹き飛ばされて、運よく岩の隙間に転がり落ちたのか。障害物の多い地形で助かった。



「メー・レイ・モート・セイ ヒール」


 ともかく怪我を治さなければ何もできない。火傷もひどいし、肋骨に鎖骨も折れているようだ。何度もヒールを繰り返して、なんとか動けるまでになった。


 岩に手を付きながら片足で立ち上がって、腰が軽いのに気付く。マインブレイカーがない。吹き飛ばされた時にどこかに落ちてしまったのだろうか。片足で跳びながら周囲を見て回ると――あった! かなり離れた場所に転がっている。


 片足で苦労しながらも、なんとかたどり着いて拾いあげた。


 マインブレイカーを杖にして、ふらつきながらも歩き出す。こんな扱いをしては売ってくれた支店長に申し訳が立たないが、今はこの場所から少しでも離れたい。見逃してほしいものだ。

 支店長の熱い語りが、ふと懐かしくなった。こんな状況なのに口の端が上がってしまう。



 この状況を脱出するのに、目の前に二つの選択肢がある。行くか戻るかだ。


 ゆるやかに登っている先は、どうなっているのか、何があるのか、歩いていけるのか何もわからない。それに対して戻る方向は確実にゴブリンの穴へと続いている。

 しかし、戻ればまたあのドラゴンのねぐらの前を通らなくてはならない。ひょっとしたら今はいないかもしれないが、せっかく命を拾ったのにそんなギャンブルをするつもりはない。 悩む必要はないだろう。ゆるやかな登り坂の先へと進み始めた。


 この先にどんな危険があっても、ドラゴンよりはマシだと思う。この先にヤツがいないとも限らないが、ねぐらに比べれば可能性は低いはずだ。



 片足で剣を突きながら歩くのは、速度も上がらないし体力的にもキツイ。今、魔物に襲われたら正直戦えるかどうかわからない。すっかり義足があるのが当たり前になってしまっていた。


 家の中などの日常生活では片足で過ごしたりはするので、多少なりとも慣れはあるが、長距離の移動などしたことがない。すぐに息が上がり、体力を奪っていく。



 鎧はボロボロになって、既に形を保っていない。歩くのに邪魔なので、足と籠手を残してむしり取った。


 破れた服、ところどころしか残らない鎧で剣を杖によろよろと歩む姿は、まるで敗残兵だ。だが、みじめな気持ちにはならなかった。


 こんな地の底で死んでたまるか! 自分を奮い立たせて、一歩一歩進んでいく。



 少し、気持ちが立て直せたおかげか、だんだんと周囲の状況が把握できてきた。まず気付いたのは、歩きやすさだ。まるで道の様に一筋だけ歩きやすくなっている。

 それから、魔物が少ない。コウモリ系の魔物はチラホラと見るが、それ以外の魔物は全く見かけない。



 すごく嫌な予感がする。ひょっとして、ここはアースドラゴンの通り道ではないだろうか? そうだとしたら、呑気に歩いている場合ではない。歩きやすい場所を離れて、壁際へと寄った。


 壁に寄ると、足元はいっそう岩だらけとなる。もはや剣を杖にもできない。膝をつき、両手を使って、文字通り這うように進んだ。治し切れない傷がズキズキと痛み、時々意識がもうろうとする。


 当然ペースはがた落ちになったが、悪い事ばかりではない。警戒する方向をかなり限定できるし、ときおり壁にある割れ目は休憩するにはもってこいだ。



 正直、限界を越えて疲れていた。壁のすき間に身体をねじ込み、入り口に岩を積んでできるだけ塞ぐ。こんな場所で寝るのは危険だとわかっているが、これ以上無理するのもまた危険だ。



 マインブレイカーを抱え込んで目を閉じると、一瞬で意識が落ちていった。





**********************************************





「アジフの奴、だいぶかかってるな」


 村長の家に皆が集まって顔を見合わせてるわ。本当ならゴブリンの巣穴を埋める為の会合のはずだったのに。

 でも、肝心の調査に行ったアジフが帰ってきていないの。


「穴の深さによっては二日くらいかかるかもしれないって言ってたんだろ? もう少し待ってみるべきだろ」


「そうは言っても、その二日目だって日が暮れちまった。あんまり日を置くと、またゴブリンが住み着いちまうかもしれねぇぞ」


 アジフには、洞穴から続く洞窟の調査もお願いしてた。ロックリザードなんてよくわからない魔物も現れたって言ってたし、何かあったのかしら。


 アジフは『大丈夫だ、問題ない』って言ってたけど……


「みな、落ち着いてくれ。もし、アジフほどの者が帰って来れぬほどの何かが起きたのだとしたら、それこそワシらではなんともならん。どちらにせよ、アジフが戻って来ないのなら、穴を埋めにいくわけにもいかん。今は待つしかなかろう」


 村長のロゾンが皆をなだめてくれる。アジフは、この辺りでは凄腕の冒険者だわ。そのアジフがどうにもできないなんて、あんまり考えたくない。


 でもアイツ、わりとおっちょこちょいな所もあるから、うっかり崖から落ちたりしてるかもしれない。


「そういう訳だからメゼリル、お主も少しは落ち着いて待て。そうもウロウロされては、こっちが落ち着かん」


「でも、私が調査を頼んだから……」


「メゼリルが頼んでなければワシが頼んでおったよ。結局はそれだけの事だ。気に病むでない」


 同じところをぐるぐる回っていた足を止めた。そうよ! どうせアジフのことだから、ひょっこり戻って来るに決まってるわ! 戻ってきたら心配した分たっぷり文句言ってやるんだから!



 その日の会合はそれ以上どうしようもなくって、解散になったわ。でも、それから何日待っても、アジフは村に帰って来なかったの。


 

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