洞窟の主


「はっ!」


 襲いくるパラライズバットを切り払う。ソロで戦う身には、麻痺は致命傷になりかねない。麻痺に対しては光魔法Lv7で覚えたキュアパラライズがある。だが、麻痺毒を入れられる部位によっては、詠唱できるとは限らないのだ。


 しかし、パラライズバットの麻痺毒は牙にしかないので、噛みつかれさえしなければ大丈夫だ。


「キキッ」


 すぐ背後にきていた一匹を裏拳ではたき落とし、マインブレイカーの魔力を上げて片手で正面を打ち払う。 さらに数匹切り払うと、残った数匹は散り散りになって飛び去って行った。


 パラライズバットはEランクの魔物だ。素材は牙と羽と魔石が取れるが、値段は安い。解体に手間をかける気はなかったが、魔石だけは抜いておいた。嘘か本当か知らないが、他の魔物の魔石を食べた魔物は強化されると噂に聞いたからだ。


 情報源の信憑性はまるでないのだが、魔石は言ってみれば魔力の塊だ。あってもおかしくない話だと思えた。



 ゆるやかに下っていた洞窟は、次第に平坦になっていく。


 相変わらず足元に岩はごろごろしているが、水の流れる付近は比較的足場がいい。次第に穏やかになっていく流れに沿って歩いていくと、周囲に変化が現れた。



「お……おおお!?」


 思わず声が出てしまったのも仕方がない。そこにはいくつもの水晶の結晶が壁からそこかしこに生えていた。

 暗闇に浮かび上がる水晶の結晶は、ライトの魔法の明かりで照らせばさぞ幻想的な光景が浮かび上がるだろう……


 だが、大切なのはそこではない! 水晶は魔術触媒として高く売れるのだ!


 重さ辺りの値段は宝石ほど高くはないが、これだけの大きさと量があればとんでもない金額になる。大きい物はさらに高値で取引されているし、水晶が人工で作れる世の中ではない。需要の多さに対して供給が少ないとも聞く。


 周囲にある水晶の結晶は、大きい物は人の背丈ほどもある。これは、一人でこつこつ水晶を持って帰ってスエルブルの街で売る、なんてスケールの小さい話ではない。ナナゼ村が水晶の産地として村から街へと発展してもおかしくない規模の話だ。


 ゴブリンの巣穴を埋める作戦もにわかに話が変わってきた。


 だが、懸念材料もある。それは立地の悪さだ。洞窟ってのは問題にはならないが、アメルニソスが近いってのは大きな問題だ。そんな土地で大げさに採掘を始めたら、エルフたちが文句を言ってきてもおかしくはない。下手をすれば国際問題だ。


 

 どうしよう、洞窟調査の重要性が一気に上がってきた。なにしろ、メゼリルはアメルニソスに報告書を上げるつもりだ。適当にお茶を濁すわけにもいかない。エルフは魔法適正の高い種族だ。内容によっては、アメルニソスが採掘を始める事だってあり得る。


 いっそ黙っていた方が世界は平和なんじゃないかとさえ思えてきた。とはいえ、まずは状況の確認が先決だ。ここは、空気の流れを追ってあるかもしれないもう一つの入り口を探してみるべきだろう。



 洞窟には多くの分岐があったが、進路は複雑ではない。メインの回廊は奥に行くほど太く、広くなって行ったからだ。初めはまばらだった水晶の結晶も、奥に行くほど密度を増していく。これを全部掘り出したら、恐らく水晶の相場が暴落するんじゃないだろうか。



 <カラッ>

 その水晶の脇から、石が一つ転がり落ちた。


 ビクっとして、剣に手をかける。目で見える範囲には、小さな虫が飛んでいるだけだ。

 だが、妙に細長い一つの岩が気になる。 じっと見ていると、その岩の先端でゆっくりとまぶたが開いて半目にこちらを見た。やっぱりロックリザードだったか。


「メー・ズロイ・タル・メズ・レー プロテクション」


 暗闇に詠唱が響き、洞窟に反響する。 本日二匹目のロックリザードは、保護色を解いて身体を起こした。



 限られた空間で魔物と人が出会えば、戦闘は避けられない。人が剣を構え、魔物が牙を剥く。それは、この世界で延々と続いているであろう争いの、ほんの一部なのだろう…………










 …………危ないところだった。まさかロックリザードの短い前脚にあんな使い道があったなんて。 しかも、洞窟の壁を使って空中から攻撃を仕掛けてくるとは。



 手こずりながらもなんとかロックリザードを倒し、さらに先に進む。ゆるやかになった水の流れは、そのまま地底湖へと流れ込んでいた。地底湖の奥は回廊と合流した広い空間となっていて、暗視スキルでも先が見えない。


 恐ろしいほどに澄んだ水は、水底をのぞき込むと魂まで吸い込まれそうだ。ライトの光球で照らしてみたいが、絶対になにかいそうな気がする。変に刺激したくない。



 地底湖の湖岸に沿って歩くと、風の流れが変わった。風の向きを追って行くと、一際大きな割れ目へと辿り着く。どうやら、風はここから流れ込んでいるようだった。


 進路を変えて割れ目へと入って行くと、また広大な空間が広がっていた。水晶は散見される程度になり、水辺にはところどころに砂地がある。その周辺でわずかに青い燐光を放つ苔のような植物が生えている。


 水面に淡い光が反射する光景は幻想的としか言いようがない。先を見るとゆるやかな登りになっていた。



 この先はいよいよ外へと繋がっているかもしれない。先を急ぎたい気持ちはあるが、慣れない洞窟歩きと数度の戦闘でクタクタだ。そろそろ休憩を取りたいし、できる事なら仮眠を取りたい。


 どこかいい場所はないものかと周囲を探して歩くと、一段低くて死角になっていた空間が目の前に開けた。



「……!!」


 思わず出そうになった声を必死に飲み込む。岩に囲まれた窪地は中心が砂地になっていて休憩するには広すぎるが、それどころではない。


 その砂地の中心に巨大な魔物が眠っていたからだ。



 遠目に見ても、今までに見た魔物の中でも飛びぬけて大きい。足の一本だけでも人間より大きい。あれと比べたら、ワイバーンなど子供みたいなサイズだ。小山のような体の体表を覆うゴツゴツとした茶色の皮膚。首と尻尾を丸めて眠っている。


 足音を立てないようにそぉ~っと後ずさる。心臓がバクバクいっている。ヤバイなんてもんじゃない。


 

 あの魔物を見るのは初めてだが、一目見てその正体がわかった。あんな有名な魔物、間違えるはずもない。出現は極めて稀で、人目に触れるなんて十年に一回もないと聞く。それにもかかわらず、知名度ではゴブリンに並ぶ。


 誰もが知り畏れる魔物。ドラゴンだ。



 背中に翼がなかったので、恐らく地竜アースドラゴンの類なのだろう。そうだとすれば討伐ランクはA。そうでなくても竜種なら最低でもAだが。


 魔物の討伐ランクは冒険者の戦闘能力の目安とも言われている。Dランクの魔物なら、Dランクの冒険者が倒せる程度の魔物がランク付けされている。

 ではAランク冒険者がAランクの魔物をソロで倒せるか、というとそうとは限らない。ほとんどの場合、パーティで戦うのが普通だ。

 当然、ドラゴンなんてのとCランク冒険者がソロで戦えば、結果は火を見るよりも明らかだ。がんばってなんとかなるような相手ではない。


 洞窟調査も水晶も、もはや知った事ではない。逃げる以外の選択肢など存在しない。命あっての物種だ。




 それでも、あの『ドラゴン』だ。ついに目にすることができた。無意識にもっと見ていたい気持ちがあったのかもしれない。

 もしくは、その存在感に目が離せなかったのかもしれない。


 

 振り返って、そっと立ち去れば良かった。でも、そうはせずに後ずさったのがまずかった。


 腰につけたマインブレイカーが背後にあった岩にぶつかり<カィンッ>と甲高い音をたてた。


 その音に、自分の心臓が張り付く。眠っていたアースドラゴンがピクリと動き、目がゆっくりと開いていった。



 今度こそ振り返り、脇目も振らずに全力で走り出す。



「ガアアアアァァァァァァーーーー!!!!」


 逃がさんとばかりに後方で竜が吠え、咆哮は衝撃波となった。音と共に衝撃が背中にぶつかり、身体を浮かせて吹き飛ばす。


「ぐはっ」


 背中で受けた衝撃波に押され、近くにあった岩へとぶつかって身体が軋んだ。

 咆哮が止んで顔面をこすりながら地面にずり落ち、身をよじって振り返るとゆっくりと立ち上がった巨体が見えた。


 立ち上がると、さらにその大きさに圧倒される。アースドラゴンが息を吐き、一本一本が死を予感させる牙が見えた。頭だけでも人間を越えるサイズだ。剣でどうこうできる相手とは思えない。


 寝転がっていては死ぬ。ふらつく頭で起き上がり、背負い袋を降ろした。


「これでも喰らってろ!」


 降ろした背負い袋をドラゴンに向けてぶん投げる。放物線を描いた背負い袋は、まだ距離があったが、辛うじてアースドラゴンの足元にポトリと落ちた。


 アースドラゴンが不思議そうに背負い袋を見るその隙に、再び走り出して逃げる。作戦なんてない。少しでも身を軽くしないと逃げ切れないと思っただけだ。



 相変わらず悪い足場を、岩から岩へと伝って走る。相手はあの巨体だ。ひょっとしたら洞窟の中で動きが制限されるかもしれない。いや、できればそうであってほしい。


 そんな希望は、いとも簡単に裏切られた。背後の物音にちらりと振り返れば、アースドラゴンは四本の足で岩から岩へと軽々と渡ってくる。その動きは巨体にもかかわらず、どこかしなやかな獣を彷彿とさせた。


 あっという間に迫られ、巨体の割には小さい着地音に後ろを見れば、一口にされそうな口が目前に迫ってきていた。



「だぁぁぁっー!」


 必死で跳んだ後ろで口が ”バクリ”と閉じる。なんとかかわしたが、地面を転がって足が止まってしまった。


 そこへ前脚が振り払われる。


「ぐはぁっ」


 大木を思わせる太さの前脚から繰り出される一撃は、一瞬身体がバラバラになったかと思うほどのものだった。


 衝撃とともに身体が宙を飛ぶ。視界がぐるぐる回る中で、人生の最高高度を確認した。


 身体を浮遊感が包み、落下が近いと予感させる。迫る地面には、尖った大きな岩が転がっていた。


 

 そのままぶつかったらただではすまない。無我夢中で足を出した。着地すると共に限界まで義足がたわみ、負荷に耐えきれず弾ける。

 辛うじて尖った先端は避けたものの、身体の勢いは止まらず岩肌に叩きつけられ、跳ね返って地面に転がった。


「う……」


 もう、身じろぎもできない。意識があるのが奇跡だ。地面をなめながらわずかに首を動かしてアースドラゴンを見ると、大きく開いて口の中に光が集まるのが見えた。


 次の瞬間には、周囲が光で染まる。



 あ、これが竜の息吹ブレスか……



 そう考えた事だけは覚えていた。



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