岩蜥蜴(後)



 ロックリザードの頭部が地を這って襲い掛かる。


「ぬんッ」


 横薙ぎに打ち払った剣は、身体をくねらせる動きにタイミングを外された。剣身がウロコの表面をガリガリと削り、お互いの左右が入れ替わる。


 この荒れた岩場でよくもあれだけ自在に動けるものだ。地の利は向こうにあると言っていいが、そもそもここに住んでるのだからそれぐらいは当然だ。


 足幅を開いて、剣を片手で肩に担ぐ。相手に地の利があるなら、それに付き合って動き回る必要はない。足を止めて完全に迎撃態勢をとった。


 横に薙ぐと間合いを取るのには有利に働くが、硬いウロコにいなされてしまう。ここは上段から叩き込むのがよさそうだ。片手で担いだ剣の柄に、反対の手をそっと添える。


 ロックリザードが頭を伸ばして牽制の動きを繰り返すが、付き合うつもりはない。注意すべきは岩礫ぐらいだが、あれは予備動作が大きい。見てからでも十分に避難できる。


 ジッと動かないこちらに痺れをきらして、身体をぐるりと回して尻尾による体当たりを振り回してきた。足を止めた体勢から避けるのはもはや不可能。だが、そのつもりは始めからない。



「せぁぁぁっ!」


 添えていただけの手で柄をギュッと握り締める。担いだ剣を振り降ろしながら、腰を回転させ上半身を捻り込んで剣先をさらに加速させる。これ以上マインブレイカーに魔力を流せば、一撃の威力が落ちてしまう。剣速をさらにあげるのは、日頃から鍛えた身体と剣術のみだ。


 振り払われる尻尾に対して、真向から剣を振り降ろす。剣身とウロコがぶつかり火花が散った。<バギャッ>と聞いたことのない音がしてウロコが割れ、そんなことはお構い無しに尻尾が振り切られる。


 だが、こちらも譲る気はない。その力をも利用してウロコの奥へと剣身を埋め込み、次の瞬間には振り切られた尻尾に吹き飛ばされた。



 荒れた岩場を勢いよく転がる。鎧が岩とぶつかり連続した激突音を鳴らす。ようやく止まった時には、身体のあちこちが痛い。守りの魔法はかかっていたはずだが、結構なダメージをもらった。


「ヂィィィーー!」


 鳴き声だかなんだかわからない音を上げてロックリザードが身体をよじらせる。ダメージをくらったのは自分だけではない。手応えはあった。かなりの深手を負わせたはずだ。


「メー・レイ・モート・セイ ヒール!」


 すぐに立ち上がって、回復をする。肩を<コキッ>と鳴らしてロックリザードの前に再び立った。


 もう一度スタンスを広げて、肩に剣を担ぐ。剣で攻撃される痛みを覚えたのか、ロックリザードはジリっと後ろに退いた。


「メー・ズロイ・タル・メズ・レー プロテクション」


 時間をくれるのなら、遠慮なく態勢を整えさせてもらおう。守りの魔法もかけて万全の態勢を整える。ロックリザードは、ときおりどうしようか迷うように頭をもたげる。


 手痛い一撃を受けて、ただのエサではないと気付いたはずだ。こちらにはどうしてもロックリザードを倒さなければならない理由はない。去るならそれでいい。寄るならばもう一度喰らわせてやるだけだ。


 ピタリと動きを止めて待っていると、ロックリザードは身体を持ち上げて首を膨らませた。岩礫を吐く気か、そう来るなら!



 ロックリザードに向けて走り出す。三歩目を踏み出したところで、義足で踏んだ足元の岩がグラリと揺れた。


「くっ」


 バランスを崩しながらも反対側の足を交差させて踏みとどまる。膨らんだ喉から<ゴキゴキ>と音が聞こえた。


「でりゃっー!」


 交差させた足を思いっきり踏み込んで、ジャンプした。バランスを崩したままの体勢で踏み切ったので、地面に背を向けた背面飛びになる。傾いた視界に、ロックリザードの口から岩礫が吐き出されるのが見えた。


 ロックリザードの頭は、ヘビのように胴体と一体化していて首がない。接近した足元は、岩礫で狙える角度の死角になっていた。


 上を向いた鼻先を、石礫が空気を切り裂いて通り過ぎる。剣を持った片手を放して、遠心力を頼みに背面へ片手持ちで剣を振り込む。


 距離勘だけで放った不安定な一撃だが、ロックリザードの胴体はわざわざ狙う必要がないほどに大きい。剣身がロックリザードの胴体をとらえ、数枚のウロコを叩き割った。



 当たった剣をそのまま支えにして、半回転して踏みとどまる。礫を吐き終えたロックリザードの頭がゆっくりと下がり、こちらを見る目と視線が交錯する。片手持ちだった柄を反対の手で掴む反動で、剣を引き戻した。


 その体勢のまま、もう一度ロックリザードに向けて倒れ込む。狙うのは、頭を下げるさっき叩き割った数枚のウロコだ。


「せえっ!」


 浮いた剣先がスキルの補助を受けながらも軌道を修正し、ウロコの割れ目に吸い込まれる。そのまま倒れ込む体重をかけて、ロックリザードの身体に剣身を深く突き刺した。


 その途端、ロックリザードの身体が跳ね上がり、握った剣ごと飛ばされる。反動で剣は抜け、一緒に地面を転がった。


「よっと」


 手落とした剣を拾って立ち上がる。勢いで飛ばされただけなので、それほどのダメージはない。それに対してロックリザードは、ひとしきり暴れたあと明らかに弱々しくなっていた。


 突き刺した剣は、たしかに内臓を捉えた手応えがあった。もしこのまま逃げても、長くは生きられないだろう。ここで止めを刺しておくのがせめてもの情けというものだ。



 ときおり苦しそうに身をよじらせるロックリザードに近付いていく。敵意を灯らせてこちらをにらむ目には、前ほどの強さはない。それでもなお、近付くと口を大きく開けて威嚇してきた。


「ふんっ」


 大上段に構えたマインブレイカーを、その鼻先へと叩き落とす。ウロコと頭蓋骨に守られた頭部は、胴体と比べてさらに強固だ。表面のウロコを割りながらも、剣は喰い込むことなく、だがその勢いで頭部を地面に叩き付けた。


 振り下ろした剣を持ち上げる。下がった頭部の、まだ光を失わない目に向けて、握った剣をそのまま突き刺した。<ビクリ>とロックリザードの身体が震えるが、お構い無しに深く突き刺していく。


 眼窩の奥の骨に剣先が達したところで、ロックリザードの全身は力を失ってピクリとも動かなくなった。



「ふぅ」


 動かないロックリザードに背中を預けて座り込む。無理をさせたマインブレイカーの剣身を確認するが、刃こぼれなどは見られなかった。


 マインブレイカーは、恐らくよほどの無茶をしなければそうそう刃こぼれはしない。力がかかれば、刃こぼれする前に魔力を奪っていくからだ。両手剣はかなり丈夫に作られていると思うが、素材のミスリルは単純な強度では鋼に劣る。魔法剣だからといって、無茶な使い方はできればさせたくないものだ。



 ロックリザードのウロコに手を突いて立ち上がった。尻尾を確認するが、さっきつけた真新しい傷ばかりで昨日つけた傷は見当たらない。ゴブリンの巣穴に来た個体とは別なようだ。そもそも、なぜロックリザードがゴブリンの巣穴に現れたのか、その理由はおおよそ見当がついている。


 洞窟の中は、生き物がいるとはいえ基本的に静かだ。水が流れている場所はそれなりに音もあるが、かなり音は響く。そんな洞窟の先でゴブリンが騒げば、風の弱まったタイミングでかなり遠くまで伝わるのではないだろうか?


 では、なぜゴブリンはそんな環境で騒いだりしたのか? それはわからない。ゴブリンにでも聞いてみるしかないが、それは無理というものだ。


 とはいえ、ゴブリンさえ排除すれば、エサもない巣穴にそうは現れないのではないかと思う。そもそもが人の出入りしない北の森だ。巣穴の入り口を埋めて、外からエサになるようなものが侵入しないようにすればとりあえずの危険は排除できそうだ。


 あとは洞窟の出口を確認すれば、メゼリルの依頼も達成でいいだろう。



 洞窟の調査のおおよその作戦を決めて、置いてあった荷物を背負った。出会うかどうかはわからないが、ロックリザードもまだいるはずだ。油断も安心もできない。



 気を引き締め直して、岩の転がる足場へと一歩を踏み出した。




 

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