岩蜥蜴(前)


「う~ん、それはロックリザードじゃないかしら」


 洞穴から村に戻って正体不明の魔物の事をメゼリルに話すと、意外にも答えが返ってきた。ロックリザード……名前は聞いた事がある。確かウロコが防具に使われていたはずだ。討伐ランクや特徴はわからない。


「スエルブルでは聞かない魔物だな。アメルニソスには現れるのか?」


「前に現れたことがあるって聞いた程度ね。私も詳しくは知らないわ」


 詳しい情報はナシか。名前がわかっただけでも収穫ではある。問題は、あのロックリザードが帰っていった穴だ。穴の形状はゴツゴツの岩だらけで、キラーアントが掘った穴とは明らかに構造が違っていた。恐らくはキラーアントが掘り当てた自然の洞窟なのだろう。


「アイツが帰っていったからには、あの穴はどこかに通じているはずだ。ただ、調べるのは危険だな」


 恐らく一匹だけなんてはずはないだろう。手応えからして戦えばなんとかなりそうではあるが、複数は相手にしたくない。


「北の森の中なのよね、迷いの森も近いしちょっと気になるわ。アジフ、なんとかならないの?」


 ずいぶんと気軽に言ってくれる。『無茶言うなっ』と突っぱねたいところだが……


「冒険者だからな、報酬次第では考えてもいいぞ」


「あら、なにかお望みの物でもあるのかしら。お金?」


「いや、それは……アメルニソスへの入国だ!」


「いいわよ、じゃあお願いね」


 てっきりダメだと思ってもったいぶって言ったのだが、あっさりと即答で返されてしまった。


「ずいぶん簡単に言うじゃないか。いいのか?」


「調査の結果次第で、報告を上げる必要があるかもしれないわ。しばらく戻ってないし、丁度いい機会だと思うの。森を抜けるにも護衛は欲しいし」


 なん……だと!?


「それって、別に報酬じゃなくても良かったんじゃないか?」


「報酬にしてくれって言ったのはアジフよ。そもそも、なんの理由なく入国したいってのがいけないのよ」


 報酬っていうか、むしろ依頼? いや、でもアメルニソスに行けるならと言い出したの自分だし、いや、でも……


「依頼が終わったら、一緒に行ってあげるわ。調査よろしくね」


 口をパクパクしている間に決まってしまった。ついさっき軽々しく約束するもんじゃないって思ってた気がするのに。



 村長とも話し合った結果、洞穴の入り口を埋めるのは調査が終わってからとなった。冒険者を雇う案も出たが、それはとりあえず断った。戦うとなれば人数が多いほうがいいが、一人なら暗視スキルでこっそりいける。

 暗視スキル持ちの冒険者を雇えばいいのだが、自分のスキルを大っぴらに言いまわる冒険者は少ない。せいぜいがメインのスキルぐらいだ。調査だけなら一人でこっそり行って済ませてしまおうという作戦だ。



 翌日から、今度はしっかりと準備をして洞穴へ向かった。洞穴の入り口からは死臭が漂っている。地下はスライムの湧きがないので、昨日のゴブリンの死骸が残っているのだろう。好んで入りたくはないが、幸い空気の流れはあるのでこもってはいない。覚悟を決めて洞穴の中へと踏み込んだ。



 警戒しながら進むも、洞穴の中に気配はない。ゴブリン共は戻ってはきていないようだ。障害もなく奥の広場までたどり着くと、昨日のままの凄惨な光景が広がっていた。


 見ていて気持ちのいい光景ではないが、一つの安心材料ではある。もし広場の奥の割れ目の向こうにたくさんのロックリザードがいれば、ゴブリンの残骸は残さず食べつくされているだろう。


 割れ目の奥をのぞき込むと、ゴロゴロと岩が転がる足場がなだらかに下っている。その奥からヒンヤリとした風が吹いてきていた。


「さて、行くか」


 誰に言ったわけでもない。自分に気合を入れて、洞窟の奥へと踏み出した。



 調査といっても、別に洞窟の全貌を明らかにする必要はない。別に探検家ではないのだ。探検家ではないのだが、どうしてなのか洞窟の奥へ進むのが楽しみな自分がいる。

 頼まれた調査ではあったが、意外と嫌ではなかった。



 洞窟は進むほどに広くなっていく。巨大な岩をよじ登り、凍えるほど冷たい水の流れを渡って先に進む。とりあえずの目標は、風の流れの入り口だ。空気の流れがあるのなら、どこかに外とつながる出口があるのではないかと思ったからだ。


 そして、意外な事に生物がかなり多い。地面には菌類らしきものが生息し、時々足を滑らせる。天井にはコウモリがぶら下がり、虫も数多く見かける。透き通った水の中には真っ白な魚やエビの姿もある。かなりの規模で生態系があると見てよさそうだ。


 魔物の姿は多くない。例のロックリザードにもまだ出会っていない。天井にぶら下がるパラライズバットは見かけたが、寝ているようで襲ってはこなかった。


 剣を抜いたのは一回だけで、真っ白なゲジゲジのような魔物が襲ってきただけだった。



「ふぅぅ~」


 途中で一息ついて休憩を取った。何しろ、鎧を着て両手剣に各種荷物を背負って、道などない洞窟を探検するのだ。ペースも上がらないし、体力の消耗も激しい。洞窟の中の気温は低いが、身体が火照って暑い。すでに時間の感覚は無くなって、洞窟へ入ってからどれくらいたったのかもわからない。


 黒パンと干し肉をかじりながら水を飲んでいると、少し離れた所で<ガタッ>と岩が転がった。何かいるのかと、干し肉をくわえたまま動きを止めて音の方向を観察する。


 すると、それまで岩だと思っていた物が、ズズズっと動いた。そぉ~っと剣の柄に手をかけて様子をうかがう。


 岩だった物は身体を起こすと共に、体表の色が灰色から茶色へと変化した。保護色の機能があるようだ。そのシルエットには見覚えがある。昨日洞穴で見たのと同じ寸胴な胴体、ロックリザードだ。



 そのまま去ってくれればいいが、もし襲ってこられれば戦うしかない距離だ。そもそも足場の悪い洞窟で逃げ切れるほど身軽ではない。息を殺してじっと相手の出方を待った。


 ロックリザードは、身体を起こした後ゆっくりと上体をひねる。顔がこちらを向いて、目と目がばっちり合った。お互いが動かないまま、しばらくの時間が流れる。


 魔物と見つめ合っても嬉しくないのだが、目を逸らすわけにもいかない。そのまま何処かに去って欲しかったのだが、相手はお肉大好きだ。ごちそうを前にして、そんなに都合良くはいかない。



 ズルっと身体をくねらせて、全身をこちらに向けた。もはや戦わずにすまそう……などど考えていては後手に回るだけだ。腰の剣を抜いて魔力を流す。昨日は魔力を流しすぎて剣が軽くなってしまった。手に伝わる重さを確認しながら、程々の重さで魔力を操作する。


 こちらが臨戦態勢を取ったのを見て、ロックリザードも頭を下げて警戒する。


「メー・ズロイ・タル……」


 唱え始めた守りの魔法は、襲い掛かる尻尾によって詠唱が中断された。上段から振り下ろした剣と極太の尻尾が激突し、そのタイミングに合わせて地面を蹴って前方へ跳び上がった。


 剣を中心として視界が一回転し、前転して尻尾の反対側へと転がる。岩場に足を引っかけながらも、手をついて立ち上がった。尻尾が空振りしたロックリザードは反対側に抜けて、岩の間を器用に身体をくねらせて回り込む。


「メー・ズロイ・タル・メズ・レー プロテクション!」


 その間に、今度こそ守りの魔法をかけて、迎え撃つ態勢を整えた。



 準備万端で待ち受けるこちらに対して警戒したのか、少し距離を取ってロックリザードが止まる。そこで体を持ち上げて、口の下……恐らく首のあたりが膨らんで<ゴキゴキ>と鳴り出す。嫌な予感しかしない。


 背後にあった腰ほどの岩の後ろに回り込んで、しゃがみ込む。その直後に、周囲に岩礫が飛んできて周りの岩を削っていった。岩陰に隠れて見えなかったが、たぶん口から発射したのだろう。恐ろしい威力だ。


 石礫が止んだタイミングで岩陰からのぞき込むと、上がっていた頭が地面へと降りていた。あんなものを連射されてはたまらないが、様子を見る限りそんなことはなさそうだ。



 とはいえ、いつでも避難できるように手頃な岩の近くで戦うのがよさそうだ。



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