脱出
「そんなに喰いたきゃくれてやるっ!」
上半身に続いて下半身もぶん投げる。台の上の魔物はそれもパクリとくわえた。これは……いけるか?
腹がいっぱいになったら動きたくなくなるものだ。人でも獣でも。魔物だって同じかもしれない。
上手くいくかはわからないが、少なくともアイツがゴブリンを食べている間、ゴブリンと両方を敵にしなくて済む。やってみる価値はありそうだ。
剣を拾って、さらに接近していたホブゴブリンを両断する。飛んできたマジシャンの火球をホブゴブリンの死体で受け、そのまま焼けたホブゴブリンの半身を再び台の上に放り投げた。
火加減が良くなかったのか、魔物は一度口から落としたものの、すぐに拾い直して食べだした。
ホブゴブリンはゴブリンより一回り大きい。もぐもぐやっている間に続く下半身も放り投げて、次のゴブリンを探す。
四匹のゴブリンがこちらを囲もうとしていたが、振り向くと後ずさった。無理もない。お仲間が次々にエサにされている光景を見れば、逃げ出したくなって当然だ。
だが、こちらものんびりしているわけにはいかないのだ。エサを切らしてはユテレの身が危ない。
「せりゃッ」
剣を振るうと、ゴブリンがバッと散って距離を取った。距離を取られて追いかけているヒマはない。足元のゴブリンの死体を叩き切って真っ二つにした。そのまま地面に剣を突き刺して、台の上に放り投げる。
「グギャ!」
それを隙と見て、一匹が襲ってきた。振り下ろされる棍棒を腕の小盾で受け、解体用の短刀で喉を切り裂く。続いて来たもう一匹を引き付けて胸に短刀を突き立てた。
隙を見せて上手いこと二匹釣れたが、さすがに三匹目は警戒して距離をとった。だが、それならそれで願ったりかなったりだ。
足元のゴブリンの残骸を放り投げて、剣を手にして次の足元のゴブリンをぶった切った。
次々と仲間の死体が切り刻まれる凄惨な光景に、とうとうゴブリンたちが逃げ出した。その気持ちはとてもわかるが、ゴブリンに同情もしていられない。手当たり次第にゴブリンの残骸を台の上に放り投げ、魔物が次々とそれを食べる。
「キャァァーーー!」
その時、台の上から悲鳴があがり、ゴブリンを食べていた魔物がびっくりして飛び退いた。ユテレが目を覚ましたのか! よりにもよってこんなタイミングで。
ゴブリン投げを中断して、台の上によじ登る。台の上には警戒してユテレを見る魔物と、前と変わらず気絶しているユテレの姿があった。大きな魔物の姿を見て再び気絶してしまったのだろうか。
「ほらよっ、食え」
台の上に散らばるゴブリンの残骸を、魔物の前に放り投げた。魔物は匂いを嗅いでからパクっと口にくわえ、5匹目を食べたところで向きを変えて洞穴の奥へと戻って行った。どうやらやっと腹いっぱいになってくれたらしい。
いったいあの魔物はなんだったのか。気にはなるが、気にしている場合でもない。台の上から周囲を見渡すと、ゴブリンはあらかた逃げてしまっていた。
それなりの数に逃げられてしまったが、洞穴の外にいるケジデとヒリイットは大丈夫だろうか? 手を出さずに隠れていれば問題ないとは思うが……
ユテレの手を縛っている縄を切って抱き上げた。ところどころ服が破れて擦り傷はあるものの、大きな怪我はしていないようだ。とりあえず一安心だ。これでケジデとの約束を違えずに済む。
そっと台から降りて、壁際に寝かせた。
「メー・レイ・モート・セイ ヒール」
見た目には怪我はないが、念のために回復をしてから声をかけた。
「ユテレ、起きてくれ、ユテレ」
「ん……んん……」
弱々しい反応があり、ユテレが目を覚ました。
「ユテレ、大丈夫か?」
「……ん、アジフおじさん……?」
ホントの青年なら、おじさんと言われればショックかもしれない。だが、真正のおじさんを経た身には、何の抵抗もなかった。
「そうだ。助けに来たんだよ」
「助けに……? あっ!」
状況を思い出したのか、両手で身体を抱いてガタガタ震えている。可哀そうに、よほど怖い思いをしたんだろう。
「目を開けたら、ゴブリンの死体がたくさん降ってきて……」
……可哀そうに、よほど怖い思いをしたんだろう。その中には不幸な事故もあったかもしれないが。
「ゴブリンは追い払ったからもう大丈夫だ。どこか身体におかしなところはないか?」
頭に手を置いて落ち着かせてやりながら聞くと、身体をさわって自分の身体を確認した。
「けがはないみたい……です」
「そうか、よかった。ここがどこかわかるか?」
「わたし、川で貝を採ってて、ゴブリンがきて、それから…… そうだ! 逃げようとしたら頭がガーンてしたの!」
どうやら連れてこられてからの記憶は無いようだ。頭を殴られたらしいので念のために確認したが、ヒールが効いたのか傷跡は見当たらなかった。
「大丈夫そうだな、立てるか?」
「はい!」
元気に立って、ポンポンと服の埃を払った。外まで抱えていってやりたいところだが、両手が塞がってはいざという時に剣が使えない。がんばって外まで歩いてもらわなくてはならない。
「ここは地面の下なんだ。ゴブリンは追い払ったけど、まだ生き残りがいるかもしれないから油断しちゃダメだよ」
剣を抜いて前を向くと、ユテレは神妙な顔をしてコクリとうなずいた。
「よし、じゃあ行こう。外でケジデが待ってるから」
「お兄ちゃんが!?」
ケジデの名前を聞いて、やっと笑顔が戻った。やっぱり心細いときの家族の支えは大きい。
後ろをついてきてもらいながら、広場を出て外を目指して歩き出した。途中でゴブリンの死体をみたユテレが「ひゃっ!」って驚いたりはしたが、子供とはいえ辺境で生きる民だ。しっかりした足取りでついてきてくれる。
歩きやすいように光球を出したまま洞穴を進んだが、生き残りのゴブリンがあらわれる事はなかった。
出口の手前から周囲の森の様子をうかがうが、ゴブリンの姿は見当たらない。光球を見て森の中からケジデとヒリイットが飛び出してきた。
「アジフ!」「ユテレ!」「お兄ちゃん!」
駆け寄る兄妹の姿は、見ていて微笑ましい。これが悲劇にならなくて本当によかった。
「アジフさん、さすがだな」
ヒリイットが肩を叩いてねぎらってくれた。
「ユテレが無事でいてくれてよかったよ。ゴブリン共は現れなかったか? 何匹か逃がしてしまったんだが」
「アジフさんたちが出てくるちょっと前に、洞窟から出てきたぜ。十匹くらいだったかな。ずいぶんあわてて逃げていったぜ」
ゴブリンが来ても冷静に隠れていてくれたのは、さすがは村の自警団員だ。とは言え、十匹近く逃がしたのは痛い。ゴブリンはすぐ増える。
「そうか、この巣穴はそのままにはしておけないな」
「ああ、潰さねぇとまた住み着かれちまいそうだ」
北の森は普段立ち入らない区域だ。魔物も強いのでゴブリンの集落が出来た事はなかったが、こんな洞穴があれば繁殖されてしまうかもしれない。だが洞窟を潰すとなれば人手のいる作業だし、何より今はケジデとユテレの身の安全が最優先だ。
何をさておいても、まずは村に戻らなければならない。先頭に立って夜の森を歩いた。他の三人が歩きやすいようにライトの光球を出して歩いているので、森の魔物に見つかるのは仕方ない。
「せりゃっ!」
飛来したパラライズバットを切り裂いた。こいつらは夜の闇に紛れて飛んできて、噛まれると麻痺してしまう。要注意な魔物だが、警戒していれば暗視スキルで襲ってくる前に発見できる。
「すごいっ!」
ケジデが切られて落ちてきたパラライズバットに興奮して声をあげた。夜の闇の何も無い空間を切ったようにしか見えないだろうから、言いたくなる気持ちはわかる。
「ケジデ、音に反応する魔物もいるぞ」
指を口に当てて、しゃべらないように促す。ケジデは口を手で塞いで、こくこくとうなずいた。
その後もシャドウスパイダーの襲撃はあったが、幸い手強い魔物には遭遇せず済んだ。さらに進むと木々の間からチラチラと灯りが見えてきた。村の面々が報告を受けて、森の出口で待っていてくれるのだろう。
夜の闇で松明は目立つ。ケジデとユテレも気付いて今にも走り出そうとするのを、なんとかなだめて進むペースを更に落とした。もうすぐ森を抜けるこのタイミングは、もしこちらを狙っている魔物がいたとしたら最後のチャンスでもある。ここで警戒を解くわけにはいかない。
徐々に近づいていくと、向こうも光球の灯りに気が付いて松明を振っているのが見えた。
「父さん! 母さん!」
松明の灯りでケムィットさん夫妻の顔が見えると、ケジデとユテレはとうとう我慢できなくなって走り出した。村人が何人も出てきているし、さすがにこの距離までくれば大丈夫だろう。何より、二人をなだめるのがもう限界だった。
「ユテレ‼ 無事だったのね! ケジデもお帰りなさい!」
ケジデの無事は既に知らされていたはずだが、ユテレも無事な姿を見せて両親は走り寄る二人をそのまましっかりと抱きしめる。
家族が抱き合って喜ぶ姿は、それだけで助ける事ができて良かったと思えた。その後にお説教タイムがあるはずだが、それはケムィットさんにお任せだ。
ちなみに、ケジデとユテレが村の外に出た理由は、小川が森の中に入ったあたりに川貝がよく採れる場所があって、そこで貝を採っていたらしい。そもそもどうやってその場所を見つけたんだと思わなくもないが、子供の秘密の場所なんてそんなものだと思う。
ひょっとしたら、ゴブリンも川貝を採りにきたところに出くわしたかもしれない。今となってはもうわからないが。
「アジフさん、お疲れ様でした」
村長が松明を持って出迎えてくれる。周囲には他にもたくさんの村人が、それぞれ武器を手にして村の外まで出てきていた。
「何匹かゴブリンを逃してしまいました。また巣穴に住み着かれても厄介ですし、調査と巣穴を埋めるために人手を借りたいのですが」
「なるほど……何はともあれ今はお疲れでしょう。こんな所では落ち着いて話もできません。さぁ、みなも村へ戻ろう」
村長の言葉に村の皆がぞろぞろと門へ向かって歩いていく。ユテレの無事が確認できるまで張りつめていたのだろう。松明に照らされた村の人々の顔は、一様に明るかった。
「アジフさん、ありがとうございました!」
「「アジフおじさん、ありがとう!」」
ケムィットさんたちが歩きながらもお礼を言ってくれる。自分一人の成果ではない。自衛団のみんなも走り回ってくれた。早い段階でケジデを見つけてくれたからこそ、ユテレも無事に助け出せたんだ。
「約束したから、な?」
ケジデの頭に “ポン”と手を乗せた。
「うん!」
それでも、この笑顔くらいは報酬にもらってもいいはずだ。
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