穴倉の乱戦
「ギャギャ」「グギャ」
いよいよ見つかったのかと対複数戦を覚悟して脇道に潜むが、のんびりと歩いてくるゴブリンたちは武器すら持っていない。どうもそうではなさそうだ。
息を殺してしゃがみ込み、通り過ぎるのを待つ。もし見つかればすぐさま戦闘開始になる。一匹……四、五匹、見つからずに通り過ぎた。後続はいないようだ。先頭で通過した一匹は明らかに体格が他のゴブリンとは違う。ホブゴブリンだろう。
「……!」
通り過ぎた最後尾の一匹に、背後から首に剣を突き入れた。素早く剣を引き抜くと、絶命したゴブリンがドサッと倒れ、その前にいた2匹が物音に振り向く。
そのまま通過させてしまう選択肢もあったが、ここは挟み撃ちにあう危険のほうが怖い。見敵必殺でいこう。
驚愕に目を開く左のゴブリンの振り返った首元を突き刺し、そのまま身体を回転させて力ずくで右に切り抜く。
「グギャー!」
無理やり振った剣は威力もなければ、狙いも何もあったものではない。それでもマインブレイカーの切れ味を頼みに、右のゴブリンの肩口から右腕を切り飛ばした。
これだけ暴れれば、残った二匹もさすがに気付く。腕を切り飛ばされたゴブリンがよろめき、その背後から残った2匹が突っ込んできた。
一際体格のいいホブゴブリンの喉元に剣を突き入れたが、剣が突き刺さり残った一匹への対処が遅れる。
「ギギャー!」
飛び上がって爪を立て、牙を剥いて噛みつこうとしてくる。剣を握っていた片手を放して、籠手についた小盾でゴブリンの顔面を殴りとばした。
顔面を殴られたゴブリンが吹っ飛び、その隙に片腕を切られたゴブリンが逃げようとする。ホブゴブリンから抜いた剣をその背中に突き立てた。
さらに、その背後から最後の一匹が襲ってくる。振り向きざまに剣を担ぎ、切り抜きつつしゃがみ込む。小さく振るった剣は辛うじて低い天井をかわし、剣身がゴブリンの身体にめり込んだ。
「ゲ……ギャ……」
コンパクトに振るった剣がざっくりと胸元が切り裂き、血が噴き出した。
「ふぅ」
一息ついて返り血を拭う。やはり、ろくに剣が振れない空間で複数を相手にするのは手数がつらい。さっきのホブゴブリンが群れの長ならいいのだが、上位種というだけでそうだと決めつけるのは早すぎる。
ユテレを助け出せさえできればゴブリンの殲滅は今日でなくても構わないのだが、そう簡単に逃がしてくれるはずもない。目的を再確認して、洞穴の奥へむかって歩き出した。
洞穴の壁は深く潜るほど固くなっていく。もはや岩といってもいい気がする。こんな固さの地盤を易々と掘り抜くとは、キラーアントの穴掘り能力も恐ろしい。
だが、おかげで崩落の危険はほとんどなさそうに思える。ときおり狭くなる通路は、ゴブリンには問題ないのだろうが人間には狭い。かがんだりしながらも先に進むと、風に乗って微かな音が聞こえてきた。
微妙に拍子を刻むようでもあるその音は、洞窟のさらに奥から聞こえてくる。息を殺して先に進むと、行く手に光が漏れてきた。
「ギャギャ」「グギャ」
「グギャギャ」
何かを叩きつける物音と、何匹ものゴブリンの声がする。曲がり角の陰からそっとのぞき込むと、その先は広場になっていた。
かがり火が焚かれ照らされた広場は、もともとは女王アリの部屋だったのだろうか。かなりの広さがあって、ちょっと数えるのが面倒なほどのゴブリンが散らばっていた。
ゴブリンたちは岩や床を棍棒で叩きつけ、興奮気味に騒いでいる。その中心には壁にぽっかり開いた大きな割れ目と、その手前に一段高くされた台が据えられていた。
台の手前には、ジャラジャラと装飾をつけた体格のいいゴブリンが中央にいる。杖を手に持っているのは、マジシャンの上位種だろうか。確か、ホブゴブリンにソーサラーがいたと聞いた事がある。
その光景はどこか宗教の儀式のようだ。ゴブリンに宗教があるなんて話は聞いた事がないが、今はそれどころではない。
問題なのは台の上に転がり後ろ手と両足を棒に縛られて転がっている人間の女の子、間違いないユテレだ。ぐったりとして身じろぎ一つしないのは、気絶しているのだろうか。遠目には大きな怪我は無いように見えるが、なんとか無事でいてほしい。
「メー・ズロイ・タル・メズ・レー プロテクション」
首を引っ込めて守りの魔法をかけ直す。広場には灯りが焚かれ、入り口は一つ。この後に及んでは奇襲する方法など思いつかないし、集団戦はしたくないなどと言っている場合ではない。両手剣を片手で背中に担ぎ、覚悟を決めて息を一つ深く吸い込んだ。
<タンッ>
軽いステップで、最初の一歩を義足で踏み出す。
いつも通りの義足の反動が、身体を加速する。一歩づつ踏み込む度に、速度を上げていった。広場の入り口にいたゴブリンが叫んだ気がしたが、もはや関係ない。
通路を一気に駆け抜けて、一気に広場へと躍り出た。
何匹ものゴブリンがこちらを振り向き、ゴブリンが床や岩を叩きつけていた音が一斉に止んだ。
「ギャギャー‼」「グギャー!」
騒ぎが一気に広がり、近くにいた一匹が飛び掛かってきた。背中に担いだ剣をずらして、駆けながら棍棒を受け流す。
中に入った広場に、剣を振るう不自由はない。ゴブリンたちがあちこちに散らばっていたのが幸いして、一気に中央付近まで割り込んだ。
杖を持ったソーサラーまで残りの距離はそれほどではない。だが、さすがに一息ではたどり付けなかった。ゴブリンに囲まれて足が止まり、何匹ものゴブリンが一気に飛び掛かってきた。
「だりゃぁー‼」
担いだ剣を袈裟懸けに振り払い、一匹を切り裂き二匹目を弾き飛ばす。そのまま踏みかえて、横薙ぎに振り回して二匹に同時に切りつける。取りつかれた一匹の鼻面にヒジを入れ、その反動で横に構えた剣を身体ごと回転する。
横方向に回転する視界の中でゴブリンの濃い一帯に逆足で踏み込み、反動で向きを変えて二匹を切り払った。
二年の間、魔力と魔法を鍛え続けて、マインブレイカーの切れ味はかなり上がっていた。それと同時に、魔力を多めに流した時の重さは、もはや両手剣とは思えないほどに軽い。
もともと鉄よりは軽いミスリルだが、今では長めの片手剣と同じくらいだろう。
両手剣を軽々と振り回され次々と仲間達が切られる光景に、周囲を囲むゴブリン共が近寄るのをためらった。
「%$%&’8$!」
一瞬広がった距離に、中央にいたソーサラーの杖から
真っすぐに向かってくる火の槍に、マインブレイカーの剣身を沿わせる。火の槍が剣身を滑り、炎の熱が身体を焼く。
通常、そんな無茶をすれば剣身に魔法が突き刺さり、熱気で火傷してしまう。だが、守りの魔法が火の余波と打ち消し合い、魔力をまとったマインブレイカーは火の槍を受け流した。
熱に歪む空気を、一振り払って中央のゴブリンへと詰め寄る。
「ギャギャッ!」
ホブゴブリン・ソーサラーは、一声あげて後ろによろめいた。ゴブリン語はわからないが『そんなバカな!』とか言ってそうだ。
その前を守る四匹のうちの二匹はホブゴブリンだ。大将の守りなのかもしれないが、正面から突っ込む。ここで気をそらされるわけにはいかない。ユテレのことは忘れていてもらわないと。
「おらぁーー!」
気勢を上げて存在を主張する。突っ込んできたホブゴブリンの喉元を、一閃して切り裂いた。しかし、その一撃の下を一匹のゴブリンがくぐり抜けた。ホブゴブリンとゴブリンでは、大人と子供ほどの背丈の違いがある。ホブゴブリンの喉元を狙って下がおろそかになってしまった。
「ギャ!」
しかも、そのゴブリンが持っているのは剣だった。まぐれでも無防備に受けたくはない。
剣を振り上げるゴブリンに向けて、とっさに大きく踏み込んだ。突然距離を詰められたゴブリンは、剣を振り降ろす途中で鎧に身体ごと弾かれる。
いつぞやのハーピー・クイーンにやられた手だが、まさか自分でやることになるとは。
振り回すだけの剣は鎧に弾かれ、後ろ向きに倒れたゴブリンはこの際無視する。後方からもゴブリンが迫っていてそれどころではない。
「どりゃぁっ!」
振り切った体勢から、今度は反対側に剣を一回転振り回す。狙いも何もあったものではない。二匹ほどに深手を与えた手応えだったが、確認する間もない。
回転中の視界に、こちらに向かって弓を引くゴブリンアーチャーが目に入った。
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