ゴブリン穴
ゴブリンの巣穴になっている洞穴は、恐らく自然の洞窟ではない。その形には見覚えがある。たぶん、キラーアントの巣穴だ。
まさか共生はしていないだろうから、キラーアントの空き巣にゴブリンが住み着いたのだろう。
討伐だけなら突撃してもいいのだが、救出となれば話は違う。できるだけ騒ぎを大きくしたくない。とは言っても、飛び道具は持っていないしナイフを投げて当たるような腕はない。
どうしたものかと思いながら、見つからないようにこっそりと森へ戻った。
「どうだった?」
「巣は洞穴で、入り口に見張りが二匹。厄介だな」
「入り口で暴れると、仲間が湧いてきそうだな」
「なんとか誘い出せるといいんだが……」
二人で考えてみるが、とっさに名案など出てこない。
「仕方ない。上手くいくかわからないが、森で物音を立ててくれ。調べに来たら討つし、仲間を呼ばれたら迎え撃とう」
物音ぐらいなら、いきなりユテレの身に危険が及ぶような騒ぎにはなりにくいと思う。
「あ、あの!」
うなずきあって二手に分かれようとすると、ケジデが声を上げた。何事かと足を止めて振り向くと、真剣な表情でこちらを見上げている。
「僕じゃおとりになりませんか?」
そう言った手は、小刻みに震えていた。
ケジデの提案は、思いの外悪くない。物音だけでは調べに来てくれるかわからない。子供なら警戒されにくいし、仲間を呼ばれずに済むかもしれない。
「ダメだ。そんな危ないマネはさせられない」
だからといって、子供をゴブリンの囮に突き出すようなマネはできない。矢が飛んでくるかもしれないし、怪我をさせたらケムィットさんに顔向けできない。
「でも、二人が守ってくれるでしょ?」
そんな真っすぐな目をされても、なぁ。
「ダメなものはダメだ!」
「アジフさん、悪くないと思うぜ。ちょっとだけ姿を見せて木の陰に隠れればいいんだよ」
とうとうヒリイットまで賛成した。むぅ、そう言われたら反論が思いつかない。
「わかった。ただし、ちらっと姿を見せたら迷わず逃げて隠れるんだぞ」
「うん! わかった!」
こうなったら、こっちも腹をくくろう。なんとしても怪我をさせるわけにはいかない。
ゴブリンの巣穴に近付いて、ゴブリン道の脇の茂みに隠れて息をひそめる。その反対側の後方で<ガサガサッ>と音がした。チラリと確認すれば、ケジデが茂みから頭を出したところだった。
「グギャ!」「グギャガ! グギャ!」
夜目の利くゴブリン二匹が物音に反応して、ケジデを見つけた。獲物を見つけた喜びをあらわにして、棍棒を持って無警戒に走り出す。警戒する様子も仲間に知らせようとする様子も見られない。そしてケジデが再び繁みの中へと引っ込んだ。作戦通り逃げたようだ。
「ググガー!」
それを見てゴブリンが、追いかけて道へ入ってきた。横を通り抜けるタイミングで茂みから飛び出して、一匹目のゴブリンの胴を横薙ぎに両断する。
「ギャギャッ」
突然目の前の仲間が切られた二匹目のゴブリンが、とっさに棍棒を振り上げた。剣を振り切った体勢のまま、義足を軸にしてその顔面を蹴り飛ばす。
「よッっと」
そのまま、仰向けに地面に転がったゴブリンに向けて、上段に回した剣を振り降ろした。
すぐさま剣を戻して、森の中に隠れる。けっこうな物音だったから、巣穴の中のゴブリンに気付かれたかもしれない。
木陰からしばらく様子を見るが、内部からの反応は見られなかった。
一安心して、ゴブリンの死体を森に放り込むと、ケジデとヒリイットがやってきた。
「上手くいったな」
「まあ、な」
結果としては危なげなく成功したが、心臓に悪い。もうしたくない。
「ここからは任せてくれ。巣の中がどうなっているのかわからないし、どれくらいの時間がかかるのか見当もつかない。しばらく待って戻らなければ、二人で村に戻って助けを呼んできてくれ。言うまでもないが、夜の森で油断するなよ」
穴の中に灯りは期待できないだろう。松明を持って堂々と乗り込んでは騒ぎが大きくなる。二人を連れていくわけにはいかない。
「わかった。頼んだぜ」
「アジフさん! ユテレを助けて! お願いします!」
必ず助ける、なんて言いたいが、現状ですでに無事かどうかもわからない。無責任な約束はできない。
「全力を尽くすよ。必ずだ」
頼りないかもしれないが、これが今言える精一杯だ。あとはユテレの無事を祈るのみだ。
ゴブリンの巣穴の前に立つと、中から生臭い風がわずかに吹いてくる。どうやらこの穴には風の流れがあるようだ。空気の心配をしなくて済むのはありがたい。中へ入ると灯りはなく、真っ暗な闇が続いていた。
暗視スキルをもってしてもかなり薄暗い。なんとか見える通路は、幅も高さも1.5mほど。まっすぐには立てないし、両手剣を振るスペースもない。中腰になりながら目を凝らして進んでいく。
やはり、どう見ても元々はキラーアントの巣だったのだろう。壁はしっかりと固められていて、崩落の心配は少なくて済みそうだ。内部は複雑に分岐しているが、進路にはそれほど困らない。ゴブリンの足で硬められた通路だけが、地面が滑らかになっていたからだ。それが正解かはわからないが、少なくとも通行量の多い通路なのは間違いないだろう。
もっとも、細かい分岐の先に何もないとは限らない。もしユテレが見つからなければ、しらみつぶしに探さないといけなくなる可能性も十分ある。
「メー・ズロイ・タル・メズ・レー プロテクション」
ゴブリンの奇襲に備えて、光魔法Lv5で使えるようになった守りの魔法を自分にかける。光の幕が身体を包んで、一瞬だけ周囲を淡く照らした。
「ギャ?」
その光が見つかったのか、脇道の細い穴からゴブリンの声がしてペタペタと足音が聞こえる。脇道は1mほどの円形で、ゴブリンでも真っすぐには立てないだろう。足音からして、二匹はいるように聞こえた。
「シッ」
息をひそめて通路の分岐に潜み、一匹目が出てきた瞬間に剣を突き刺す。
「グギ……」
一匹目が刺さったままの剣を、そのまま強引に身体ごと向きを変えて後ろの二匹目に押し付けた。 体重を乗せてそのまま二匹目に<ズブリ>と突き通すと、手足を二、三回バタバタさせた後動かなくなった。
剣を抜いて魔力を流し、一振りして血を飛ばす。マインブレイカーの薄青い輝きが暗闇に心強いが、そのままでは目立ちすぎる。魔力を断つと、再び周囲は暗闇が支配した。
その後も散発的に数匹のゴブリンと遭遇した。両手剣は狭い通路にはまったく向かない武器だ。有効なのは突きくらいだが、突いたらすぐに引いて抜かないと、複数の相手には対応できない。
幸いと言っていいのかわからないが、今回の相手はゴブリンなので力技でもなんとかなっている。通路に潜み一匹ずつ片付けでいく。静音の魔法が付与された靴底を持ってくればよかったが、そんな予想しろってのは無理というものだ。
これまでに遭遇した数からして、それなりの規模の群れだと思ったほうがいいだろう。マジシャンの姿は見ていないが、アーチャーやホブゴブリンもいるかもしれない。できるだけ集団戦闘にはしたくないところだ。
しかし、こちらの思惑などゴブリンの知ったことではない。
「グギャギャ」「ギャ」
「ギャギャギャ!」
通路の奥から聞こえてきたのは、あきらかに複数と思われるゴブリンの声だった。
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