雨の街道


 アントクイーンの全身の解体が終わる頃には、他のキラーアントの解体はほぼ全て終わっていた。


 解体された素材は、馬車が街と何往復もして荷物を運んでいく。最後の便が出発する前には、すでに本隊の撤収の準備も完了していた。


 無事に戦い終えて安心した者、役割を終えた者、それぞれがどこか浮かれて帰りの隊列は明るい雰囲気に包まれている。夜には、街は祭りのような騒ぎになった。酒場は依頼の報酬で懐の暖かくなった兵士と冒険者であふれ、騒ぎは夜中まで続いた。


「アジフさんは飲みに出ないのですか?」


 宿の食堂で食事を取っていると、宿の主人に話かけられた。


「何だか、今日は飲みに行かない方がいい気がしてね」


 誘われはしたが、嫌な予感がしたので先約があると言って逃げてきた。


「それがいいでしょうね。気が乗らない時に限ってろくな事にならないもんです」


 実際、外から来た兵士や傭兵と、冒険者のいさかいはあちこちで起きていた。仲が悪いわけではないが、荒くれ者が寄ってたかって飲んで何も起こらないはずがない。街の領兵たちは、今夜は酒も飲めずに走り回っているはずだ。


「そういう事だな。おやじさん、良かったら付き合ってくれよ」


「いいですよ、どうせ酔っ払い共が帰ってくるまで寝られませんからね」


 すでに夜はすっかり更けていた。その夜はいつまでも続く外の喧騒を尻目に、おやじさんとくだらない話をしながら飲んで過ごした。




「よぉ、アジフ。調子はどうだ?」


「村暮らしなんて相変わらずに決まってるさ。スエルブルこそ景気はどうなんだ?」


「耳の早い商人どもが、キラーアントの買い付けに来てるからな。相変わらずの稼ぎ時よ」


 そう言って冒険者は豪快に笑ってみせた。街の好景気は続いているようだ。


 キラーアント討伐以来、スエルブルの冒険者ギルドにも知った顔が増えて、よく話しかけられるようになった。確かに辛い依頼だったが、終わってみれば地方のお祭りに参加したような一体感があった。街への経済効果もかなりありそうだし、冒険者ギルドが総力をあげるのもうなずける依頼だ。


「あ、アジフさんだ」


「アジフさん、見てくれよ! 新しい剣買ったんだぜー! ほらほら!」


 ロワルとネンレコに見つかって話しかけられた。その腰には、新品ではなさそうだが、ショートソードが吊り下がっていた。報酬で色々買ったのだろう、装備もいくつかは新しい。


「よかったな。でも調子に乗って、強い魔物に挑んだりするなよ」


「わかってるって! Fランク依頼から順番に、だろ?」


「ああ、特にキラーアントは、街から離れれば街道にも現れるからな」


 通常、強い魔物ほど森の浅い所には現れない。だが、キラーアントはエサを探して歩き回るので、街道まで現れることがある。単体でもEランクの魔物の出現率が高いってのは、この辺りが発展しない一因にもなってると思われる。恩恵もあれば弊害もある。なかなか一筋縄ではいかないものだ。



 ギルドを出て、買い物を済ませてから宿へと向かった。スエルブルからナナゼ村までは、馬の足ならば一日あれば到着できる。だが、その為には朝一番で街を出なければならない。出発は明日の朝にして、その日はスエルブルで一泊する事にした。


 翌朝、門の前で開門を待ってスエルブルの街を出発し、ナナゼ村へと向かった。昼前に途中の村を通過し森の中の街道を進んで行くと、だんだん雲行きが怪しくなってきた。


「一雨くるかもな」


 誰に話すでもなくつぶやき、荷物からマントを出して羽織る。しばらくすると、<ポツリ>と雨粒が一粒落ちてきた。そして、それがきっかけになったかのように、続々と続いて降り注ぐ。周囲は、あっという間に雨に包まれた。


 土砂降りな雨なら森の中に雨宿りに逃げ込んでもいいのだが、ほどほどに降る雨はすぐに止みそうにはない。仕方がないので、マントを目深に被ってムルゼの脚を進める。できれば雨の中を進みたくはないのだが、天気予報などないので避けられない時もある。


 濡れるのが嫌なだけではなく、雨は実際に危険だ。雨音は魔物の気配を紛らせてしまうし、ぬかるんだ足場は戦いには向かない。

 街道の足場が悪くなる前に少しでも進もうと、ムルゼの脚を早めた。


 雨を避けたい理由は、それだけではない。雨にしか現れない魔物もいて、その中には手強いものもいる。特にこの街道は川沿いを通っているので、雨が降ると水辺を好む魔物が活発に活動する。進んだ先にも、パープルスラッグが這い出していた。

 Fランクの1mはありそうな巨大なナメクジに似た魔物だ。毒があるが、動きが致命的に遅い。


「やっ」

 ムルゼの脇腹を蹴って、馬の脚を活かして避けながら駆け抜ける。パープルスラッグは背が低いので、馬上からは剣が届かない。わざわざ相手にするのも面倒だ。しかも、駆け抜けた先で嫌な音が聞こえていて、余計に相手をしたくない。


「グモー」「グモー」と、低く唸るような音があちこちから響き渡っている。あきらかに複数だ。ムルゼの手綱を引いて、鞍から降りる。マントを脱いでムルゼに預け、剣を抜いた。


 こちらが相手の姿を確認する前に、頭ほどもある水の塊が飛んできた。剣を振るって水の塊を叩き落とすと、その発生源が姿を現した。腰丈ほどの背丈のカエル。ジャイアントトードだ。


 背中の茶色のブヨブヨの皮膚には毒があり、攻撃すると毒が飛んでくる。しかも、水を飛ばして遠距離から攻撃してくる前衛泣かせの魔物だ。討伐難易度はE。晴れた日にはそうそう姿を現さないが、街道付近に現れる魔物ではキラーアントに次ぐ強さだ。

 一匹だけならそれほど手強い相手ではないが、姿が見えるだけでも3匹はいる。遠距離から狙われるとやっかいだ。


 剣を中段に構えたまま、飛んでくる水の塊を剣身の横腹で叩きつけると<バシャッ>と弾ける。直撃すればそれなりに衝撃はあるだろうが、恐れるほどの威力はない。最も近い相手にゆっくり近づいていくと、ピョンっと跳んで距離を取られた。


 次は反対側の一匹にゆっくりと近寄る。ぬかるんだ足場で、義足で走っても転ぶだけだ。再び跳んで距離を取られるが、ジャイアントトードの包囲網は徐々に歪んできていた。

 その歪みをついて、飛んでくる水の塊を避けながら森の中へと入った。木を盾にして水の塊をやりすごし、あわてずにチャンスを待つ。


「ブエェェェーー!」


 遠距離からの攻撃の効果がなくていらだったのか、ジャイアントトードが奇妙な鳴き声をあげた。その辺りの生態は、地球のカエルとは明らかに違う。

 焦れたかのように反対側にいた一匹が街道を横切って近づいてきた。こちらが森の手前で姿を現すと、そのままの勢いで飛び跳ねて襲い掛かってきた。


「せいッ」


 中段に構えた剣を下段に落とし、飛びかかるジャイアントトードを下から切り上げる。すくうように振り上げた剣は、柔らかい皮膚を易々と切り裂いて喉元から頭部を真っ二つにした。背中に毒があるとはいっても、腹から攻撃すればいいだけの話だ。


 ひっくり返って絶命したジャイアントトードを尻目に、再び森の中へ身を隠す。しょうこりもなく近寄ってきたもう一匹も同じように仕留めると、3匹目はいつの間にかいなくなっていた。


 ジャイアントトードは無事に倒せたが、何度も水の塊を叩き落としたせいで身体はすでにびしょ濡れだ。しかも微妙に粘り気がある気がする。

 ジャイアントトードの肉は人気の食材で、皮膚も素材として価値がある。好んで狩る冒険者もいるほどだ。だが、濡れた身体が気持ち悪くて、雨の中解体作業をする気にはなれない。それに、また来られても面倒だ。

 ナナゼ村まではそれ程の距離は残っていないので、街道の脇に寄せてそのまま放置する事にした。


 再びマントを羽織って、ムルゼに乗って村へと向かう。降り続く雨の中、夕方近くに村へ到着した頃には、身体はすっかり冷え切ってしまっていた。



 すっかり我が家となっている小屋に戻って、真っ先に装備を外して濡れた服を着替える。


 濡れてしまった装備の手入れをしなければならないが、風邪をひいては元も子もない。かまどに火を入れてお湯で身体をふきつつ、冷えた身体を温めた。



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