ナナゼ村


「ぶぇっくしっ」


「はい、風邪薬よ。ロレゼ村で待てば良かったのに」


 メゼリルから薬を受け取った。ロレゼ村は、スエルブルとナナゼ村の中間にある村だ。


「その時はまだ青空が見えてたんだよ」


「そう言えば、昨日の雨は急だったわね。はい、どうぞ」


 言いつつ、温かいお茶を出してくれた。寒気はしないので熱はないと思うが、体温計など無いので油断はできない。


「お、ありがとな。ジャイアントトードがあらわれなければ、あそこまでは濡れなかったはずだったんだ」


「あら、そうだったの。肉は無いのかしら」


「びしょ濡れだったんだ。かんべんしてくれ」


「風邪をひいてでも持って帰って来ればよかったのに。あれ、おいしいのよね」


 メゼリルともずいぶん打ち解けてきた……と、思う。扱いが雑になってきた気がするのは、きっと信頼されてきた証拠……のはずだ。


「丁重にお断りするよ。それよりいつものやつを頼む」


「あなたもくじけないわね。まぁいいわ。減るもんじゃないし」


 しょっちゅうメゼリルの店に訪れては、アメラタ語の聞き取りをしていた。だいぶわかるようにはなってきたと思うが、まだ理解には及ばない。続けることが大切だ。


「いくわよ……&$&’#リムスス %&&$ ニトヤ ミムントムヤ &%$&#セテーコ コナム…………」


 話してもらっているのは、エルフが国を閉ざす理由だ。同じ話を何度も聞いているので、だいぶ聞き取れるようになってきた。


「…………と、いうわけなのよ。どう? 聞き取れたかしら」


「えーっと……子供が少ない、人間と暮らす、数が減る。エルフが減る、国を閉ざす……まではわかる気がするんだが」


「間違ってはいないけど、肝心なところが聞き取れてないわね。半分ってとこかしら」


「半分か~まだまだだな~」


「そうでもないわ。子供じゃないんだから、7・8割も聞き取れればだいたいの意味はわかるものよ。あと少しだと思うわ」


「その言葉、あてにさせてもらうよ」


 普段の生活で使わない単語は、なかなか覚えられない。全部聞いてしまえばそれで解決なのだが、それではスキルの訓練にならない。メゼリルの言うように、前後の文脈からなんとなく推測してわかる言葉を増やしていくパズルのようなものだ。

 片言のアメラタ語でがんばって世間話をすると、メゼリルは楽しそうに付き合ってくれた。


 村長のところでもアメラタ語は習っているが、最近ではメゼリルとの雑談の方がメインになりつつある。やはり年配の男性に教わるよりは、若い(?)女性に教わった方が正直楽しい。しばらく薬屋で過ごしてから小屋へと戻った。


 いつまでも小屋を借りっぱなしもよくないので自分の小屋を建設中なのだが、まだようやく石積みの土台の上に柱が立った程度だ。早く建てたいのだが、今日はさすがに体調が心配なので部屋でおとなしくしていることにした。



 翌朝、体調は問題なさそうだったので、借りている畑の農作業にとりかかった。


「アジフさん、おはようございます。ノンが採り頃ですよ」


「おはようございます、ケムィットさん。すいません、畑を見てもらっちゃって」


「こういう時はお互いさまですよ。キラーアントは無事に済みましたか?」


「ええ、おかげさまで」


 ケムィットさんは村の農家で、畑を貸してくれている。キラーアント討伐依頼は日にちがかかりそうだったので、その間の畑の世話をお願いしていた。


 畑の作物は、一週間村を離れてる間にすっかり実っていた。収穫を急がなければならない。

 赤く色づいたノンは、地球の作物に例えるなら見た目はナスとゴーヤを合わせたようで、中身は甘味のあるキュウリといったところだろうか。正直、ノンとしか言いようがない。


 採り頃のノンを選んで収穫すると、一人では食べきれない量となった。しばらく同じ物を食べる毎日が続きそうだ。

 余った分は、村におすそ分けするのがいいだろう。キラーアント討伐依頼から無事に帰ってきた報告も兼ねて、午後から村をまわることにした。



「ようアジフ、戻ってたのか」


「ああ、土産のノンだ。持っていってくれ」


「お、ありがてぇ。土産っていうか、これ畑で採ったやつだろ」


「はるばる畑からの土産だよ。最近の森の様子はどうだ?」


 村の狩人のオゾロにノンを渡すと、籠の中の一つを手に取って、皮をこすってそのままかじりついた。


「最近、切り刻まれたゴブリンの死骸を見かけるな。まだ確認はしてないが、北の森からキラーマンティスが来てるかもしれねぇ」


「そいつは厄介だ。明日から森を廻ってみるか」


「ああ、そうしてくれると助かるぜ」


 ナナゼ村の北にあるエルフの森からは、時々強い魔物が流れてくる。エルフを刺激するわけにもいかないので、森を切り開くわけにもいかない。できるのは村の守りを固めるくらいだが、狩猟や採取をする者はそうはいかない。悩ましいところだ。




 翌日から森の巡回を始めた。森の中は、普段よりも静かなほどだった。気のせいかもしれないが、どこか空気が張りつめている気もした。


 こういう時は、嫌な予感は当たるものだ。剣を抜いて担いだまま、油断なく森を歩き回る。


 ジグザグに歩きながら徐々に森の奥へと入っていき、ゴブリンがよく出てくる方角に向かう。普段ならそろそろ出くわしてもおかしくない辺りまで進んでも、森は静かなままだった。


 ときおり足を止めて周囲を確認しながら、周囲の音に耳をすます。何度も繰り返すうちに、だいぶ遠くで何かの物音が聞こえた気がした。



 風向きと足音に気をつけながら、そろりと物音の方向に足を向ける。常に木の陰に入るように進んで行くと、森の中に緑色の影が見えた。背後からでもわかる、パマル峠でみたのと同じ巨大なカマキリのシルエット。


 間違いない、キラーマンティスだ。数は一匹。


 遠目に見ると、何か食べている最中のようだった。ゆっくり近づいていくと、足元に4匹ほどのゴブリンが切り刻まれてころがっている。食事中なら不意をつけるかもしれない。背後から木を伝って、できるだけ静かに近づいていく。


 こっそりと回った後ろから、間合いまであと少しというところまで近づく。やはり食事中は注意力が散漫になっているのか。



<パキッ>

 一息で間合いが詰めれるところまであと少し、という大事なところで足元から音が鳴った。


 枯れ葉に隠れていた枯れ枝を踏んでしまった。音に反応してキラーマンティスがこちらを振り向く。剣の届かない距離で気付かれては、もはや奇襲は効かない。踏み込んで一気に間合いを詰めた。


 

「シッ」


 あいさつがわりに、担いだ剣を大きく振り降ろす。キラーマンティスが後ずさりして、遠い間合いからの大振りはゆうゆうと避けられた。


 こちらからの先制の攻撃に、両手の鎌を大きく振り上げて威嚇する。その上段の二つの関節から振り下ろされる一撃は、威力もさることながら驚異的な速度を誇る。

 

 人間の剣術でもそうだが、上段は攻撃を主体にした構えだ。胴体が無防備にさらされているのは、間合いに入ったら切り刻む意思表示でもある。


<ギチギチギチ>

 牙が噛み合い、耳障りな牙鳴りがする。逃す気がないのはお互い様のようだ。


 対照的にこちらは剣を下段に構え、半歩だけ間合いを詰めた。ピクっとキラーマンティスの鎌が動く。反射的に退がりながら、剣を振り上げた。


 剣と鎌が交錯して<キィィンッ>と音が響く。速い! しかも、二段の関節を備えた鎌は、ムチのようにしなり想像以上に間合いが遠い。向こうの間合いではこちらの剣は届きそうにない。

 それでも、その間合いに剣を中段に構えて一歩踏み込んだ。


 当然、そこに鎌の斬撃が襲い掛かるが、剣の角度だけをを変えて最小限の動きで弾いていく。最初に受けてわかった。キラーマンティスの斬撃は速いが、一撃はそれほど重くはない。出だしの動きを捉えれば、とりあえず防ぐことはできる。


 とは言っても、防ぐことはできても、反撃するほどの余裕はない。ひたすら防ぎ、間合いを保つことだに専念する。


 何度も攻撃を弾かれて焦れたのか、キラーマンティスがのけ反りながら顔の前に両腕を引きつけた。それは、言ってみれば縮められたバネのようだった。

 その姿から、そこから繰り出される一撃は、これまでよりもさらに速く、そして重いはずと想像させられた。


 だが、その予備動作はチャンスでもある。斬撃が止んだその一瞬に、キラーマンティスの横に向けて跳び込んだ。


 甲殻の硬い魔物は、その硬さゆえに関節の動作が制限される。もちろん正確にはわからないが、少なくとも内側から外側に向けて腕を振るのは構造上不可能なはずだ。

 その状態で両腕をたたんでしまえば、必然的に攻撃範囲は正面だけになる。いくら強力な攻撃でも、正面だけなら避けるのは難しくない。


 案の定、キラーマンティスは腕をたたんだまま、身体全体を回転させてこちらを攻撃範囲に入れようとしてきた。


「はっ!」


 身体を回転させようとする、細い足にむけて剣を横薙ぎに払う。<カインッ>と軽い音がして甲殻に弾かれた一撃は、足を切り落とすにはいたらない。だが、体勢を崩すには十分だった。


 キラーマンティスが体勢を立て直すその隙に、上段に剣を回す。お互いに攻撃の届く間合いだが、体勢を立て直した分、キラーマンティスが一瞬遅かった。


「せぁっ!」


 鎌を引いて上半身をのけ反るキラーマンティスに対し、義足をめいっぱい蹴り出した。

 一瞬、たわんだ義足は反発力で不自然な軌道で身体を前方へ押し出し、上段から魔力をたっぷり流したマインブレイカーが振り降ろされる。


 キラーマンティスの鎌がピクリと動き、たたまれていた鎌が弾かれた様に放たれが、体勢を崩しながら放った鎌は狙いが逸れていた。

 剣と鎌が交錯し、<ギャリン>と音をたてる。振り切った剣はキラーマンティスの腕の付け根の関節から切り飛ばしていた。


 バランスを崩し腕を切られたキラーマンティスが体勢を崩す。目の前に頭部が無防備にさらされて、緑色の目と目が合った。


「はぁっ!」


 その目に横薙ぎに払った剣が映り込む。吸い込まれるように剣はキラーマンティスの首を切り落とした

 

「ふぅ」


 一息ついて剣を腰へ戻す。キラーマンティスは体長が2mほどもある。たとえ解体したとしても一人で運べる大きさではない。倒した証明に両腕の鎌だけ切り落として、村へ戻ることにした。



「早速倒しちまうなんて、さすがじゃねぇか」


 オゾロに鎌を見せてキラーマンティスの討伐を報告すると、手放しで喜んでくれた。狩人としては、あんなのがうろついてたら商売あがったりだろうから、気持ちはわかる。


「あわてるなよ。まだコイツが一匹だけって決まったわけじゃないぞ」


「そりゃあ、まぁ、そうだな。しばらく様子を見なきゃならないか。はっきりするまで注意するように村長に言っておくか」


「それが無難だろうな」


 とりあえずの方針を決めてその日は終わりにしたが、その後一週間ほど様子を見てもキラーマンティスが追加であらわれることはなかった。



 辺境の村での生活は楽でも安全でもないが、皆たくましく生きている。ナナゼ村の生活は、はっきりいって厳しい。それでも村人は笑顔を忘れずに暮らしている。


 そんな中で自分にできる事をやりながら、村での毎日は一日また一日と過ぎていった。


 

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