解体完了


「おお! やってるやってる!」


「やっぱりこれだよな! この目に染みる感じがないとキラーアント退治とは言えないよな!」


「やっと出番がきたぜ!」


 続々とランクの高い冒険者が、巣穴から帰ってきて解体に加わっていく。それぞれに加えて、兵士たちもキラーアントを運びながら戻ってくるので、運び込まれるキラーアントの量は一気に増えた。それもほとんどが女王を守る上位種だ。


 それでも、毎年解体をしている地元の高ランク冒険者の手際はさすがだった。手強い上位種が見る間に次々と解体されていく。魔術師が解体の残骸を焼き払い、送風の魔道具も返ってきて再び火が高く焚かれた。



「えいっ! だりゃッ!」


 半ばやけくそになりながらも、ソルジャーアントの硬い外殻を割り続ける。腕はすでに棒のようになっていた。握力も落ちてきていて、気を抜くと金槌がすっぽ抜けてしまう。


「雑になってるぞ。ソルジャーアントの殻は硬い。力まかせに叩き割るんじゃなくて、甲殻に割れ目を入れて引き裂いていくんだ」


 見かねた冒険者がアドバイスとお手本を見せてくれる。端に割れ目をいれて斧を差し込み、そこから順に裂け目が広がっていった。見様見真似でやってみるが、最初の割れ目をまっすぐに入れないと、裂け目の角度がずれてしまう。かなり難しい。


「一見のっぺらに見える甲殻にも筋がある。できるだけまっすぐな筋にそって斧を割り入れるんだ。こればっかりは数をこなすしかないけどな」


 確かに、のっぺらに見えてほんのわずかな凹凸がある。それは、見る角度を変えてようやくうっすらと見えるほどの物で、歪みながらも上下左右並んでいる。だが、それぞれの違いなどわからない。できるだけ縦に揃った並びを選んで斧を叩き込んでいく。

 すると、<カキッ>と今までと違う音と手応えがして、斧がザクっと入り込む場所があった。


「おっ! そこだ!」


 なるほど、確かに他とは手応えが違う。幸いなのか残念なのかわからないが、まだまだ材料はたくさんある。じっくりと覚えていこう。

 何度も色々試しながら割っていると、徐々に目が慣れて凹凸の並び目がだんだん模様のように見えてきた。その中からできるだけ縦に並んだ模様を選んで斧を打ち込む。

 斧は、今までの半分の力も必要とせず、ソルジャーアントの硬い外殻を叩き割った。


「見えたみたいだな。その感覚を忘れるなよ」


「ああ、助かったよありがとう」


 教えてくれた冒険者に礼を言って、作業を続けた。彼の言っていた通り、数をこなせばこなすほど筋が見えてくる。ぱっと見ておおよその斧を打ち込む位置が見えるほどまでになった頃、作業の中でこれはいけるんじゃないかとひらめきがあった。



 手に持っていた斧を置いて、マインブレイカーを抜く。魔力の残りに余裕はない。少しだけ魔力を流し、一旦目を閉じる。脳裏に剣筋をしっかりと思い浮かべてから目を開いて、剣を中段に構えた。

 力任せではなく、マインブレイカーの切れ味に頼る一撃でもない。ただ、ソルジャーアントの外殻の筋を意識する。ゆっくりと剣を後ろに引いてピタリと止めた。


「せぇいッ!」


 そこから一息に振り切った横薙ぎの一閃は、外殻の隙間にザクっと入り込み、そこから抵抗なく一気に切り裂いた。


「ふう」


 一息ついて剣を収めた。


「すげぇ!」「おいおい、なんだよ今の」

「アジフさん、凄いです!」


 突然剣を構えたので、何事かと周囲で見ていた冒険者やネンレコたちから感歎の声があがった。外殻の硬さからいって、マインブレイカーに魔力を全力を流した最大威力の一撃なら切れない硬さではない。それを今までより格段に少ない力で切り裂けた意味は大きい。


「この感覚を忘れたくない。俺の所にソルジャーアントを集めてくれないか?」


「叩き割らなくてもいいっていうなら、願ったりかなったりだぜ!」


「すぐに集めてくるよ!」


 見る間にソルジャーアントが集められ、並べられていく。一体一体の前に立って、まずは見る。外殻の模様を、おおよその見た目で意識して剣を振った。


「はっ!」


 振り切ったマインブレイカーが<ガィンッ>と外殻に弾き返される。もう一度近付いて、外殻の筋をじっくり確認してから剣を振るった。今度は剣先は外殻に入り込み、そこから一気に切り裂いた。


 しっかりとイメージができていないと上手くいかない。その後も、何度も剣を振っては弾かれ、切り裂いていく。数をこなすうちに、模様の流れがはっきりと見えるようになってきた。一点を注視し過ぎないのがコツだ。見る、というより感覚的には眺めるに近い。それも、全体を眺めるのではなく、切ろうとする部分を小さく眺める。


 段々と、初撃で外殻を切り裂ける割合が増えていく。見極めにかかる時間も短くなって、作業ペースが上がる。ソルジャーアントも残り少なくなってきた頃、賑やかな一団が近付いて来るのが見えた。



「ほらよ、冒険者ども。女王アリのお出ましだぞ!」


 兵士たちが得意げに運んできたのは、アントクイーンだった。ソルジャーアントよりもはるかに大きい。分解されて持ってこられた頭部だけでも、ソルジャーアント全体ほどはあるだろう。

 生きていた頃は、さぞ巨体だったのだろうと思われる。討伐難易度はBランクだが、戦闘能力は高くないと聞く。巣の奥でアリたちを産み続けるので、討伐が特に難しくランクが高い。


 外殻のつなぎ目で切り離された切り口を確認すると、外殻の厚みはソルジャーアントよりもかなり分厚い。


「どうだ、アジフ。切れそうか?」


 しげしげと眺めていると、やりたい事が伝わったのだろう。監督をしていた解体職員が話しかけてきた。


「わからないけど、やってみたいな」


「せっかくだ。挑戦してみたらいいさ。おい! みんな! アジフがアントクイーンの兜割りに挑戦するってよ!」


 それを聞いて、アントクイーンを見に来ていた野次馬が人垣を作りだす。


「いくらなんでも無理だろ」「木札賭けるぜ!」「失敗に2枚だ!」

「アジフの解体は見てた。成功に3枚だ!」


 周囲で賭けが始まった間に、アントクイーンの外殻の筋をしっかりと見極める。凹凸の並びの流れはソルジャーアントと変わらない様に見えるが、厚みが問題だ。マインブレイカーにしっかりと魔力を流し、上段に構える。切り入れるべき筋だけに意識を集めた。



 かつてラズシッタ王都で、レイナード師範に言われた言葉が思い浮かぶ。


『剣術のスキルは、使用者の意思を補助する。逆に言えば、しっかりと動きを意識しなければ、スキルは使いこなせないぞ』


 スキルを使いこなせば、目の覚めるような連撃であったり、物理法則を無視したかのような剣筋さえも可能になる。しかし、今までそんな動きを実現できた事はなかった。

 なぜなら、剣は腕だけで振るものではないからだ。上半身は言うに及ばず、足、腰、大地と全てが繋がっている。常軌を逸するような激しい動きは、義足では対応できない。意識しろといわれても、そもそも動きがイメージできなかった。


 だが、これなら、狙った所に剣を振り降ろす、たったそれだけの動きならイメージできる。思った所に思った一筋の剣を振り降ろす。そのために今まで剣を振ってきた回数は、もはや数えるのも不可能だ。

 あとはそのイメージを信じるのみ。


「はぁぁっ!!」


 気合と共にマインブレイカーを振り下ろす。剣筋は脳裏に描いたイメージと寸分の違いもなく、美しい弧を描く。


 迷いなく振り切られた剣身は、アントクイーンの外殻に吸い込まれるように切り込み、突き抜け、そのまま地面に突き刺った。

 乾いた音をたてて真っ二つになったアントクイーンの頭部が左右に倒れ、周囲は一瞬静まり返る。



「「「「「うおおおぉぉぉーー!!!」」」」」


 一拍を置いてから歓声が沸き上がる。兜割り、成功だ。

 王都で剣を修めてから4年。数々の魔物を切り裂き、数えきれない回数の素振りを繰り返し、身体を鍛え、スキルレベルを上げてきた。



 その結果得られた、『狙った所へ剣を振る』ただそれだけの一撃だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る