続・解体作業


「みんな聞け! 本隊が巣穴に突入したぞ!」


「「「「おおっ!」」」」


 もたらされた報せに、解体作業場は沸き返った。ようやくもたらされた前向きな情報だ。嬉しくないはずがない。


「作戦は順調にいっている。もたもたしてると今夜の酒場に入れなくなるぞ!」


「「「「おおーー!!」」」


 居残り残業したい者などいない。解体に掛かる冒険者たちも、せわしなく動き出す。それでも、硬いキラーアントの外殻を割り続けた手はすでに棒のようだ。気持ちだけではどうにもならない。


「ぐあぁっ!」


 近くで悲鳴が上がり、斧を落とす姿が見えた。そこには、手を押さえてうずくまるロワルの姿があった。


「アジフさん! ロワルが!」

「わかった!」


 ネンレコに呼ばれてすぐに駆け寄る。痛そうに押さえる手に向けてヒールを唱える。ヒールが効いてロワルは、落ち着きを取り戻した。


「どうして怪我したんだ?」


「斧を叩く金槌の手元が狂って手をぶっ叩いちまった。アジフさん、助かったよ」


「気を付けなよ! ここまで来たら絶対、金貨もらって帰るんだからな!」


「当たり前だろ! 新しい剣を買わなきゃならないんだ。この程度でくじけてたまるか!」


 ロワルとネンレコは、拳を固く握ってお互いを励まし合う。金槌を握る手はプルプルしているが、悲壮感は見受けられない。やる気十分なようだった。


「だからって、怪我したら元も子もないぞ。時間はあるんだ。無理はするなよ」


「わかってるよ!」


 まだまだ元気な様子に安心して、次に解体するキラーアントを取りに向かおうとした。その時、別の方角から声があがった。


「上位種が来るぞ!」


 周囲にざわめきが起こり、とっさに置いていた剣に手をかける。しかし、陣地の中央まで簡単に襲撃を許すはずもなく、倒された一際大柄で凶悪そうな牙を持ったキラーアントが運ばれてきた。もの珍しさで、死体に近付いてみる。金槌で軽く叩くと、今までのキラーアントよりも硬い手応えがした。


「コイツは硬そうだな」


「ソルジャーアントの外殻は硬い。その分高く売れるからな、しっかり頼んだぜ」


 運んできた冒険者は、すぐに戻っていった。ソルジャーアントというらしい。戦ったら強そうだ。解体というのは、敵を知るいい機会でもある。それこそ丸裸にできるのだから。それが戦った事のない相手ならなおさらだ。

 さっそく大型犬ほどもあるソルジャーアントを引きずって持っていき、解体に取り掛かった。


「フンっ!」

<ガンッ>


 キラーアントと同じ手順で外殻を斧で叩いてみたが、やはり硬い。とはいえ、傷はしっかり入っている。やれない事はなさそうだが、手間はかかりそうだ。苦戦しながらも解体していると、さらにもう一種類の上位種が運び込まれた。


 ディグアントと呼ばれていたもう一種類の上位種は、大きさはキラーアントと変わらない。外殻は下位種よりも柔らかくて牙が大きく、酸の量が多い。あまり近接戦闘に向きそうな個体には見えなかった。後衛型だろうか。


 徐々に運ばれてくる上位種の割合が増えていく中で、本陣の方でなにか騒ぎが起こったようだ。しばらくすると、解体場にあわてた様子の冒険者がやってきた。


「おい、ここにある送風の魔道具を持っていくぞ」


 それを聞いて監督員の人が慌てた。


「それを持っていかれたら困る! 巣穴にも十分持っていっているはずだろ?」


「巣穴の中で火魔法を使いまくったバカがいてな。崩落まで起こして最悪なんだ。もっと風を送ってやらねぇと中の連中がもたない。ここは風が止まっても人が死ぬわけじゃないだろ?」


「そ、それはそうだが、しかし……」


「じゃあ、持ってくぜ」


 送風の魔道具が持っていかれてしまい、キラーアントの残骸を燃やしていた火はみるみる小さくなっていく。やはり風を送らないと、火力が足りないようだ。解体された残骸がどんどん積み上がっていく。そんな中でも、解体作業は続けられた。


 時間を追う毎に数は減っていったが、その分上位種の割合が増えて解体作業者を苦しめる。ソルジャーアントの硬い外殻はもちろんだが、ディグアントの酸袋が厄介だった。大きいので、不用意に解体してしまうと破れてしまうのだ。続出する被害者に回復の回数も増え、MPが心もとなくなっていく。



「目が! 目が痛い!」「涙が止まらねぇ」


 そして新たな問題が発生していた。燃えなくなって積まれていく残骸から、酸を含んだ空気が漂いだしたのだ。送風の魔道具と焚火が無くなり、空気の流れが無くなったのも大きい。目に染みる空気の中で長時間作業していた冒険者たちは、一様に苦しみを訴える。作業現場は、苦痛の声に満ちていた。


 そんな中、ついにロワルが百体目の解体にたどり着く。


「よっしゃー!!」


 大きく拳を振り上げて、喜びを露わにした。下位種の割合が多いうちにハイペースでやっていたのが功を奏したようで、一番乗りだ。


「やったな!」「おつかれ!」

「ありがとよっ」


 周囲から祝福の声がかけられ、ロワルがそれに応える。


「よくやった。先に街に戻ってもいいし、解体を続けるならここからは一体ずつ追加の報酬を出す。どうする?」

「残って作業を続けます!」


 監督員の問いかけに、ロワルは強く即答した。予想外の返答に周囲が騒めく。


「いいのか?」


「はい、みんなまだがんばってます。俺だけ帰るなんてできません。相方の作業も終わりそうにないし。な、ネンレコ」


「わかってるさ! 僕だってすぐに追いついてやるからな!」


 二人の明るい声が、沈んでいた作業場に響く。


「よし、俺たちもやるぞ!」「おうっ! あと少しだ!」

「終わったら飲もうぜ!」


 つらい作業も永遠には続かない。そんな空気が広がっていき、活気が戻り始める。それを後押しするかのように、さらなる朗報が届けられた。


「みんな聞け! アントクイーンが討伐されたぞ!」


 女王アリ討伐の報せに、歓声が上がる。巣穴での戦いは無事に終わったようだ。


「戻ってくる連中が運んでくるぞ! ここから量が一気に増えるが、終わりは見えた。お前ら、あと少しだ! 気合を入れろ!」


「「「「おおーー!!!」」」」


 勢いを取り戻した冒険者たちは、目の痛みに耐え、すでに上がらない腕にムチを打って作業を進める。ペースは以前よりむしろ上がっていき、続々と百体の解体を終わらせる者が後に続く。


「ここまで来たら、俺たちも最後までやるぜ!」

「少しでも稼いでやるからな!」


 百体の解体を終わらせても帰ろうとする者は誰もいなかった。その作業現場に突然、一陣の風が吹く。

 刺激臭をまとった空気が吹き飛ばされ、清浄な空気が戻ってきた。


「おいおい、今年はずいぶんと人が残ってるな」


 そう言いながら冒険者の一団が姿をあらわし、魔術師が杖を下ろすのが見えた。風は魔術師の魔法だったようだ。ギルドで見覚えのあるパーティだ。どうやら戦闘を終えて戻ってきたらしい。


「ああ、今年は百体解体しても、みんな残ってくれてな。ペースも例年よりもかなりいい」


「へぇ、そいつは気合入ってるじゃねぇか。よっしゃ! 俺たちもやるぞ!」


 気勢をあげて冒険者たちはそのまま解体作業に取り掛かった。


「すまないな、助かるよ」


 隣で作業を始めた冒険者に一声かけた。名前は知らないが、見かけたことのある顔だ。


「ん? あんた、初めてだったか?」


「ああ、他所から来て今回初参加だ」


「ならわからなくても仕方ないか。解体作業で最後に残ったアント共は、巣穴から戻ってきた連中で片付けるのが例年のお約束なのさ。今年はちょっと様子が違うみたいだけどな」



 なるほど、百体終わったら帰ってもいいってのは、そういう仕組みだったのか。なんにしても、全部終わるまでは結局帰れないようだった。



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