解体作業



「せやっ!」


 他の冒険者にキラーアントの正面を牽制してもらう間に、隙を見て身体のつなぎ目に剣を振り降ろして討ち取っていく。長い戦いになりそうだったので、マインブレイカーに流す魔力は最小限だ。


「こっちは片付いたぞ」


「よし、もう少し前進するか」


 冒険者の持ち場は、両翼の森の中だった。側面から回り込まれないように敵を潰す役目だ。


 冒険者たちは戦列を組んで戦う訓練をしていないので、適材適所といっていいだろう。しかし、討ち取るのに手間取って匂いを振りまかれれば、数が集まってしまうので油断はできない。


 森の中で倒したキラーアントは素材となるので、一か所にまとめて置いて後で回収に来てもらう。その置き場に異変が起こったのは、側面の戦線を押し込んで、まもなくキラーアントの巣が見えてきそうな頃だった。


「回収に来た様子がないな」


「あっちも忙しいんだろうよ。もう少し待ってみるか」


 回収してもらうために置いてあるキラーアントが、まったく減らずに積み上がっていた。放っておいてもいいのだが、側面だけ前線で突出してもキラーアントに集中的にたかられるだけだ。

 休憩も兼ねて待っていると、荷車を引っ張りながら冒険者が走ってきた。


「遅くなった! 解体が追い付いていなくてな」


「そうだったか。他の場所の様子はどうだ?」


 荷車にキラーアントを積み込みながら、他の戦況を確認する。


「こっち側が一番前に出てるな。反対側は敵が濃くて、ここまで前進はしていない。なぁ、余裕があったら、誰か解体の応援に来てくれないか?」


 周囲の冒険者と顔を見合わせた。皆、あまり乗り気ではないようだ。


「俺以外は、パーティだからな。ソロでもよければ行ってもいいぞ」


 これ以上前進もできない状況なら、一人抜けてもどうということはないだろう。誰も行きたがる者がいないのなら、自分がいってもいい。


「おお、一人でも助かるぜ。他の持ち場はそこまで余裕がなくてな」


「悪いな、アジフ。俺達は中央に牽制をかけて、正面と足並み揃ったら前進すっからよ」


「いいさ、後方でのんびりさせてもらうよ」


 冒険者たちと別れて、キラーアントを満載した荷車を後ろから押しながら中央の陣地へと戻った。




「手を止めるな! 依頼達成は最低でも百体の解体だ! 金貨が待ってるぞ!」


 解体作業場に近付くと、声が聞こえてきた。金貨とはずいぶん気前のいい話だ。百体なら一体につき銀貨一枚の作業手当になる。ランクの低い冒険者にとっては、かなりの稼ぎになるだろう。


 それだけの金額を出しても、大量のキラーアントをそのまま街まで運ぶ手間を考えれば、十分に元は取れるということか。

 うず高く積まれたキラーアントの死体の山に荷車を近付け、荷車を傾けてドサドサと落としていく。


「俺はもう一往復してくる。頼んだぜ」


 ここまで一緒にきた冒険者と別れて、作業現場に近付いていった。解体現場には大きな火が焚かれ、熱気がこもっている。


「手伝えと言われて来たんだが」


 作業を監督しているらしき人物に声をかける。見覚えがある人で、普段ギルドの納品カウンターで解体をしている人だった。


「おっ! アジフか! 助かるよ。報酬は別に出すから、置いてあるキラーアントを持っていって、空いている所に入ってくれ」


 言われた通りに、キラーアントを引きずって作業を始める。周囲にいる冒険者たちは、黙々と作業をしていた。気のせいか目が死んでいるような気さえする。



 キラーアントの解体で最も大変なのは、最初に硬い外殻を剥ぐために切れ目を入れるところだ。マインブレイカーでぶった切ってもいいのだが、数が多いので魔力量が不安だ。用意されていた解体用の斧を、金づちで叩いて割れ目を入れる。


 外殻を剥がしたら胸部から魔石を抜いて、素材ごとに分けて置き場へと持っていく。一体分の素材と引き換えに、木札が一枚もらえる仕組みになっているようだった。

 残骸は、組み上げられた焼却場に大きく焚かれた火に放り込んだ。獣型の魔物ほど水分を含んでいないので、火に入れられれば燃えるようだ。それでも燃えやすいとはいえないのだろう。送風の魔道具で風が常に送られ、火力が上げられていた。



 十体目を解体する頃には、斧を叩く腕がすっかりだるくなってしまう。始めたばかりだというのにこのザマだ。最初からやっている者はもっと辛いだろう。肩をほぐすように回していると、解体作業場の一角で声があがった。


「おい、だれかコイツを救護所に運んでくれ!」


 人垣の中心からそんな声が聞こえた。


「回復魔法なら使えるぞ」


 人垣を割って中へ入っていく。その中心には、腕を抱えてうずくまる冒険者がいた。


「そいつはありがたい! 腕をやっちまったんだ。頼むぜ」


 うずくまる冒険者を診てみると、冒険者の腕は焼けただれたようにボロボロになっていた。



「メー・レイ・モート・セイ ヒール!」


 回復魔法をかけ、腕はなんとか治癒した。一回の回復で済んでよかった。


「なんでこんな風になったんだ?」


「コイツ、手袋を付けずに解体してやがったんだ。大方、酸の袋でも破ったんだろうよ」


「すみません。どうしても暑くて我慢できなかったんです。火の近くのほうが移動しなくていいから楽だと思ったんですけど、だんだん辛くなってきて」


 その冒険者が作業していたのは、焚かれた火の近くだった。


「バカだなぁ。解体の時は手袋を外すなって言われてただろ!?」


「悪かったって。もうしないよ」


 周りに集まっていた人々もやれやれと持ち場に戻っていった。焚火の周りで解体していた他の人も、焚火から離れて作業を始める。


「回復もありがとうございました」


「困った時はお互い様だろ。気にしなくていいさ」


 騒ぎも落ち着いたので、自分の作業に戻ろうとした時だった。


「おいっ! そこの回復術師の人! もう一人頼む!」


「またか、今度はなんだ」


「酸液が目に入った奴がいるんだ。水で洗ったが、おさまらない。頼む」


「わかった、どこだ」



 その後も、酸液の被害者は後を絶たなかった。直接触れなくても、解体する数が増えるほどに酸っぱい空気がたちこめて冒険者たちの目をむしばむ。涙を流しながらも作業していると、酸液のついた手袋で目を拭ってしまう者も多かった。手拭を用意はしていても、つい習慣が気のゆるみで出てしまう。


「もう嫌だ! もうやめる! 途中までの金をもらって帰る!」


 一人の冒険者が立ち上がって叫んだ。ついに挫ける者が現れたが、作業を取り仕切る人は全く動じなかった。


「依頼達成の最低限は百体だと言ったはずだ。文句を言ってないで作業に戻れ。戻らないなら手ぶらで帰れ」


 言われた冒険者は悔し気に拳を握った。ここまで苦労して、今更引き返すのも辛いだろう。肩を落としながらも作業に戻っていった。可哀想だとは思うが、よそ者が口を挟むことでもないだろう。


「なぁ、俺も百体解体しないともらえないのか? 途中参加なんだが」


 Cランクの依頼報酬はもらえるので、正直に言えば解体報酬はそれほど大きくはないのだが、気分的にタダ働きはしたくない。


「あ? ああ、アジフには別に報酬を出すって言ったろ? 回復までしてもらってそんなことは言わないさ」


 どうやら、追加で報酬はもらえるようだった。納得して作業に戻ったが、周囲の雰囲気は暗い。山と積まれたキラーアントに向かって、黙々と作業を繰り返す。



「皆、聞け! 本隊が巣穴に入れば、持ってこられる数は減る。時間がかかってもかまわない。少しずつでも数を減らすんだ!」


 重い空気を吹き飛ばすように発破がかけられ、冒険者たちの動きが少しだけ早くなる。あわてなくていいと言われても、それだけ長く作業しなければならないってことでもある。早く終わるなら、そのほうがいいに決まってる。



 根気よく一体、また一体と作業を続けるうちに、キラーアントの山は少しずつだが、高さを低くしていった。 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る