蟻の巣


「アジフさん、来てくださってありがとうございます」


 受付カウンターでミヨルは笑顔を浮かべて言った。


「強制依頼で、ご丁寧に呼び出しまでされたら、来ないワケにはいかないだろうよ」


 わざわざ村まで届いた呼び出し状をひらひらとさせる。


 ナナゼ村を中心に活動していても、スエルブルの冒険者ギルドと無関係ではいられない。村で狩った魔物の素材を売る先は冒険者ギルドだし、現金収入を追加するためにもギルドの依頼も受けなければならない。


「作戦の予定は来週の光の曜日です。キラーアントの巣の駆除に参加した経験はありますか?」


 強制依頼の内容は、キラーアントの巣の駆除だった。前々から定期的にあるとは聞いてはいたが、スエルブルに来てから半年が過ぎ、とうとうこの日が来たかという気持ちだ。


「いや、初めてだよ。いろいろ教えてもらえると助かるんだが」


「そうですね……情報については私たちから聞くより、冒険者の人たちから聞いたほうがいいと思いますよ。この依頼は領兵や傭兵も参加します。冒険者は共同作戦となりますので、皆さん快く教えてくれると思いますよ」


「そうなのか? まぁ、その辺りも聞いてみるか」


 その後ミヨルからは、報酬や集合について話を聞いて、受付を離れた。



 誰かに、聞いてみようと、ギルドの中をキョロキョロと眺める。冒険者たちの雰囲気は、おおむね明るかった。


 強制依頼とはいっても緊急ではない。定期的にあるとは聞いていたし、慣れた冒険者にとってはいつものことなのだろう。むしろ、領兵や傭兵も参加する催しとして楽しみにしているような雰囲気もあった。


 ただ、ランクの低そうな装備の冒険者たちの表情は、一様に暗い。噂に聞くキラーアント解体祭りはそれほどキツイのだろうか。がんばってほしい。



「アジフさん!」


 ギルドの中をうろついていると、呼ばれて振り向いた。声をかけてきたのは、いつか森であった少年二人組の冒険者、ロワルとネンレコだった。スエルブルで活動する二人とは、すぐに再会する機会があった。森で助けた礼を言われて以来、会えば話をする間柄だ。


「やっとFランクになったんですよ! ほら!」


 嬉しそうにプレートを見せてくる。


「よかったな、おめでとう。二人とも強制依頼には参加するのか?」


 Fランクは強制依頼に参加しなくても、罰則はなかったはずだ。


「他のみんなも参加するって言うし、参加するつもりです。な、ロワル」


「ああ、どっちにしろ、この街で冒険者するならやらなくちゃいけないしな。それに報酬はいいし、危険も少ない。新しい剣がやっと買えるぜ!」


 二人の姿には、他の低ランク冒険者のような暗さは見られなかった。


「キラーアントの巣の駆除には参加したことあるのか?」


「ううん、Gランクの時はなかったから。みんな辛いって言うけど、戦うことは滅多にないって聞いたよ。危なくないなら参加しないともったいないよ」


 二人は初参加か。罰則が無いとはいっても、普段仕事を出す冒険者ギルドの依頼を断るのは、なかなか難しいだろう。特にランクの低いうちは、街との繋がりが強い傾向がある。


「そうか、俺も初めてだ。お互い頑張ろうな」


「おうっ」「うん!」


 ランクが違うので、現場では一緒にはならないかもしれない。それでも、それぞれにできることをするだけだ。



 普段はあまり冒険者同士で依頼についてなど話さない。だが、今回は全員参加で同じ依頼ともあって、依頼に初参加と言えばどの冒険者も色々と教えてくれた。


 それによれば、今回の巣の規模は中規模ていどの大きさで、高台にできた崖にあるらしい。そして、参加人数は領兵や傭兵を含めて300人を超える予想だとか。兵士が加わると、途端に規模が大きくなる。


 レベルを上げたい兵士たちが積極的に戦うので、魔物と戦い慣れた冒険者は援護が主な役割らしい。傭兵などは、わざわざ隣国からこの依頼のために集まってきているそうだ。


 300人……出番は、あるのだろうか。いつぞやの盗賊の砦攻めとは違う。魔物の巣に飛び込むのに、それほどの人数が戦う場所があるとも思えない。


 特に出番が欲しいわけでもないし、新参のよそ者なのでお手並みをのんびり拝見させてもらうことにするかな。



 割とのんびりした気分でギルドを出ると、街はいつになく賑やかだ。早めにスエルブルに来た傭兵や領兵たちが、作戦までの時間を過ごしているのだろう。雰囲気はまさに祭りの前といった様子だ。


 余裕を持って村を出てきたが、宿がとれるかどうか心配になる。スエルブルに来た際の定宿 “若葉ギドドフの宿”へ行くと、辛うじて部屋を確保できた。まだ一週間前だというのにギリギリとは、情報どおりかなりの人数が参加するようだ。



 作戦までの時間をスエルブルの街で過ごしたが、予定日が近づくほどに街はにぎやかさを増していった。もめ事もその分多いが、街は活気付いてあらゆる物が売れている。その様子だけでも、この依頼がただの討伐の強制依頼ではないとわかった。

 作戦の三日前からは一部の領兵と冒険者による前線陣地の構築が始まり、実質的に依頼が始まる。



「キラーアントがまた来てるぞ!」


 前線陣地の周囲を警戒する冒険者の声が上がり、明らかに過剰戦力の人数がわらわらと向かう。それを横目に見ながら、手に持った斧を丸太に叩きつけた。


「よし、次だ」


「さすが、スキル持ちは違うな」


 領兵や、低ランク冒険者に混じって斧を振るう。最近、ナナゼ村で自分の家を作り始めていた。そのおかげで木工のスキルレベルが上がっており、人が余っている周囲の警備よりは、人の足りない陣地の構築に名乗りを上げたのだ。


「よっ! ほっ!」


 快調なペースで、伐採した丸太を木材に仕上げていく。周囲でぼんやりしているよりは、身体を動かしているほうがまだ気が楽だ。



「おう、木こりの兄さん。今日は木以外も倒してくれよ」


 木を切り続けた結果、作戦の当日にはすっかり木こり扱いされていた。


「こっちが本職だ。心配は要らないさ」


 腰に吊り下げた両手剣を、ポンポンと叩いた。ようやく斧を置いてマインブレイカーの出番だ。



「街を憂う勇士たちよ! よくぞ集まってくれた! 人々の安寧を脅かす魔物の脅威を、諸君らの手によって取り払ってほしい!」


『『『『おおー!!』』』』


 領主のミビデフ・ムジデル伯爵の号令が、森を切り開いた陣地に響く。スエルブルのあるルスナトス神国は、神官勢力が強いが統治は貴族が行なっている。王はいるが、世襲制ではなく大神殿の神官から選ばれるそうだ。神王長と呼ぶそうだが、縁のない話だ。


 正直『街のため』なんて思っているヤツは数えるほどしかいないかもしれない。だが、倒されたキラーアントの素材は冒険者の収入となり、街の名産品として出荷される。それに加えて、街には人が押し寄せ活気づく。傭兵や領兵は、貴重なレベルを上げる機会となり、それに冒険者も加えたそれぞれに報酬が出る。

 皆にとって利益のある依頼だと思う。標的にされたキラーアントの巣以外にとっては。



「進めー!!」


 号令と共に、森の中を隊列が進んで行く。当然の様に巣を守るキラーアントが現れ、戦端が開かれた。


 この期に及んでは、もはや索敵の必要もない。巣に近付くほどにキラーアントは数を増やす。隊列の先頭では常に激しい戦闘が行われ、怪我をしたもの、酸を浴びた者が後方へ下げられ後列と入れ替わる。


 まとまった敵には魔術師の魔法が飛び、その間隙に兵士たちの大槌が振り下ろされる。前衛に並ぶ領兵の武器は大槌だ。重量でぶっ叩く大槌は、装甲の硬いキラーアントに対してとても相性がいい。普段から使ってはいないと思う。おそらく、対キラーアント用に備えているのだろう。ただ、素材を傷めてしまうので、使用しているのは正面だけのようだ。



 正面衝突で幕を上げた、巣から続々と出てくるキラーアントと領兵・傭兵・冒険者連合の戦いは、次第に周囲にまで戦闘区域を広げていった。

 

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