村での暮らし
「&%$&” ナナゼ&% &%’’&%$ ワジワ」
まず、発音が聞き取れない。教わった単語はなんとか聞き取れるのだが。魔術の呪文よりよっぽど呪文だ。
「え、え~と、チハヲウ」
「&’&%$# &%$# ナシム」
「チハヲウ」
「
村長が首を振りつつ、ため息をついた。そんな事言われても、わからないのだからそれ以上何を言えというのか。
村長の、いや、この世界の人々の言葉の教え方は “習うより慣れろ”の一点張りだった。ともかく、単語を覚えて聞いてしゃべればいいらしい。
ともかく使っていれば、いつかはスキルが習得できるのだとか。スキルが得られればいいのだから、言葉について深く考えられた様子がない。使えるようにならないとスキルが得られないとは、なにやら納得いかない気分だ。
とはいえ、元々語学は苦手だったので、スキルという分かりやすい目標があるのは助かる。勉強というよりは、スキル獲得の訓練と思ってがんばろう。
「子供たちも、最初は家族の話を聞いて言葉を覚えるものです。コツは、ともかくエラルト語を使わないことですな。その為にも、身の周りの言葉から覚えてくだされ。考え事もアメラタ語でするのですぞ」
「はい~がんばります~」
机の上に両手を伸ばして倒れ込んだ。
「%$&’(% &%$’&$%!」
「はいっ!」
なんて言われたかはわからないが、怒られたっぽかったので背筋を伸ばして体を起こした。
「だいぶお疲れの様ですな。今日はここまでといたしましょう」
自分で言い出した事とはいえ、頭を使うと疲れる。なにしろ、この世界に来てからというもの、圧倒的な肉体労働の日々だった。体で覚える事は山ほどあったが、頭で覚えるのはずいぶんと久しぶりだ。脳みその大部分が筋肉になっているに違いない。
「
覚えたてのアメラタ語で挨拶をして、村長の家を出た。
「いや~、アメラタ語、想像以上に大変だ」
「%&%$#$¥ &%$&& &’%$& &%$&%#?」
「うぉぉっ! 今はアメラタ語はやめてくれー!」
「だらしないわねぇ。頼んできた時の勢いはどうしたのよ」
店の机で頭を抱えると、メゼリルはやれやれと首を振った。時間がある時は、よくメゼリルの店に行っていた。アメラタ語を学ぶためでもあるが、村でコイツが一番ヒマそうなのだ。
「勢いだけじゃ続かないんだよー」
「まったく、しょうがないんだから。ほら、お茶でも飲みなさいよ」
机の上に置かれた木のカップから、爽やかな香りがした。口を付けると、スッとする飲み味だった。一口飲んでほっとする。
「ふぅ、おいしいな。なんのお茶なんだ?」
「ヘムシテの葉よ」
そこらへんにいくらでも生えてる木じゃないか。こんな使い道があったとは知らなかった。
「へぇ~、ヘムシテの葉っぱがこんなお茶になるのか。もっと広まっても良さそうな味なのにな」
続けてゴクリと飲む。うん、爽やかだ。
「育てる場所と収穫方法が特別なの。エルフ自慢のお茶よ」
メゼリルが胸を張って言う。ただの葉っぱではないというわけか。さすがは森に住む種族だ。メゼリルに関しては、すっかり村人のようだが。
「メゼリルはこの村に住んで長いのか?」
「もう30年くらいになるわ。初めは父さんと一緒だったのだけどね……」
少し遠い目をして、そう言った。長命種のエルフといえど、やはり厳しい世界なのか。
「すまん、悪い事を聞いたか」
「え? ああ、違うわ。父さんはエルフの里で元気にしてるわよ。子供が成人したら独り立ちさせるのは、エルフも変わらないわ」
生きてるのかよ! 紛らわしい言い方しやがって。とは言っても、エルフの里でもない土地に一人きり。やはり寂しくもあるのだろうか。
「たまにはアメルニソスに帰りたくはならないのか? 家族がいるのだろう」
「イヤよ。あそこは退屈だもの。村のほうが楽しくて好きだわ」
そうでもないらしい。どうにもメゼリルの感性がわからない。もうお手上げだ。
「そんなに村が楽しいなら、他のエルフだって住めばいいのに。なぁ、なんでアメルニソスは国を閉ざしているんだ?」
「それは……」
言いかけて、人差し指をあごに当てて止めた。
「秘密でもなんでもないから、教えてもいいけど……せっかくだから、アメラタ語が話せるようになったら教えてあげるわ」
実に楽しそうに言いやがった。すっかり遊ばれている。
「すぐに話せるようになってやるさ。後になってもったいぶるんじゃなかったって言うなよ」
「%$#”’ &%$# &%$% &#$&?」
「でも今はやめてくれー!」
「そんな心配は、しばらくは必要なさそうね」
ケラケラ笑うメゼリルに見送られて店を後にした。くそう、いつか見てろよ。
「アジフさん、Cランクなのでしょう? 本当にいいんですか?」
「気にしないでください。好きでやっているようなものです」
積まれた箱を一つずつ運んでいく。頼まれたのは、旦那さんが出かけている家の倉庫の片付けだった。
村から頼まれる依頼は、ランク分けなどされていない。Gランク相当の依頼であっても断る理由などない。なにしろ、こんなへんぴな村に低ランク冒険者などいない。ギルドのある街の近辺に集まるのが普通だ。
もっとも、じつは村の中の依頼が一番おいしい。
報酬がないといっても、手ぶらで帰ることは一回もなかった。お金ではないが、なにかしらの手土産をくれる。その日の昼食であったり、農産物のおすそ分けであったり、時には逆に依頼を手伝ってくれたりもする。
なにより、村の人々と仲良くなれるのが、よそ者にとっては一番の報酬だ。
「よいしょっと。まだありますか?」
「いえいえ、もう十分です。ありがとうございました。これ、よかったら持っていってください」
渡されたのは、布のかけられた木の器だった。布をめくってみると、小さくなった野菜がたっぷり入っている。
「メナメのお漬物ですか。これは是非、肉と一緒に食べさせてもらいます。ありがとうございます」
ちょっと酸っぱい感じの味が、肉とよく合うのだ。
早速、漬物を持ってジャイアントセンチピードの時の狩人、オゾロの家に向かう。この時間ならもう家にいるはずだ。
「おーい、漬物もらったから肉をくれー!」
外から声をかけると、しばらくして扉が開いてオゾロが顔を出した。
「肉やるから、漬物よこせ。おっ、この匂い、リレサリさんのところの漬物じゃねぇか」
匂いで作った家がわかるとか、どこの漬物ソムリエだよ。確かに美味しそうな匂いではあるが、リレサリさんの漬物はなかなかの評判のようだ。
「なかなかお目が高い。さっきもらったばかりの一品だ」
もらったばかりに意味があるとは思えないけどな。
「コイツは今夜はエールが進むってなもんだ。そうだな、ナナ鳥の燻製が合いそうだ。ちょっともったいねぇが、アジフ、お前にも分けてやるぜ」
ナナ鳥は、この時期脂の乗った鳥だ。漬物が鳥の燻製肉に化ければ、かなりお得な交換といってもいい。
「そいつはありがたい。ぜいたくは言わないから、たっぷりくれ」
「なんだよそりゃ、言いたい事はわかるけどな。……ほれ、こういう事だろ」
大きめの燻製肉を、二つに切り分けて渡してくれた。
「おお、助かるよ。ありがとう」
漬物を分けて、オゾロの家を後にした。帰るついでに漬物をもらったリレサリさんの家に寄って、二切れの肉の片方を渡す。オゾロがかなり楽しみにしていたので、ついつられてエールの小樽を買って帰ってしまった。
夕食に食べた燻製の脂の乗った鶏肉と、さっぱりとした漬物は、確かにエールの進む組み合わせだった。
その日の豊かになった夕食は、村になじんできた手応えを感じさせてくれる。エールを飲みながら今日会った村の人々の顔を思い浮かべて、村の夜は静かに過ぎていった。
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