百足駆除(後)


「ぐあぁっ」


 刺さった牙を裏拳で押しのけつつ、地面に倒れこんでなんとか身体を引きはがす。顔をあげると、ジャイアントセンチピードの姿がぶれて見えた。毒の回りが早いようだ。


「ナナ・レーン・マス・ナル キュア・ポイズン!」


 傷を押さえつつ解毒すれば、視界は元に戻っていく。ジャイアントセンチピードは剣が刺さったままのたうち回っていた。暴れれば暴れるほど、傷口は開いていく。


「メー・レイ・モート・セイ ヒール!」


 回復しつつ距離を取って暴れる様子を見ていると、傷口が開きすぎて剣が抜け落ちた。その頃には、外殻で繋がってはいるが、身体は前後にちぎれそうなほどになっている。それでもなお暴れ回り、剣を拾いたくても容易には近付けない。凄まじい生命力だ。


 様子を見ているうちに、キラーアントを食べつくしたもう一匹が近づこうとしてくるのが見えた。ゴブリンの死体には目もくれず、こちらに向かってくる。


 暴れる仲間を蹴散らして、猛然と進んできた。距離はとっていたので、とりあえず逃げる。剣も持たず走るだけなら、そう簡単につかまりはしない。まっすぐ突っ込んでくるだけの相手を円を描くようにかわしつつ、ぐるっともとの戦場まで戻ってきた。


 ちぎれかけだったジャイアントセンチピードは、仲間に蹴散らされて身体がちぎれていた。すでに暴れるのをやめてピクピクしている。近づかないように気をつけながら、剣へと走り寄って拾い上げた。


 そして、背後から迫っていた、もう一匹のジャイアントセンチピードに向かい合う。マインブレイカーを中段に構えて、魔力を全力で流したまま迫る相手をじっと待ち構える。


 こいつらの攻撃はだいたい見えてきた。噛みついてから巻き付いて相手の動きを止めるか、先に巻き付いてから噛みつくかどっちかだ。


 案の定、走り寄るスピードに乗ったまま、ジャイアントセンチピードは牙を開いて噛みついてきた。そのタイミングに合わせて、一歩踏み込む。


「はぁっ!」


 牙を開く頭部に向けて、全力で突きを放った。さっき、全力で振り下ろしても切れなかった外殻に、腹側から放った突きは突き刺さって抜けなかった。貫通力の高い突きならいけるはずだと思ったからだ。


 突進してくる相手の速度と、踏み込んで放った突きの速度がぶつかりあう。魔力の流されたマインブレイカーは、ジャイアントセンチピードの頭を貫通し、それでもなお止まらずに深々と突き刺さる。


 そして貫き過ぎたジャイアントセンチピードの頭は、剣の根本まで達して、貫かれたまま噛みつこうと牙を閉じてきた。頭を貫いてもだめなのか。


「おっと」


 同じ失敗を二度もするわけにはいかない。すぐに剣から手を放して、手甲の小盾で牙を跳ね上げてかわした。


 頭を貫かれたジャイアントセンチピードは、やはりまだ体をうねうねさせて暴れ回る。剣も刺さったままだ。あれほど深く刺さっては、抜きに行くわけにもいかない。しかし、暴れ回ってはいても、こちらを目指して襲ってくる様子はなかった。


 安全な距離まで離れて、動きが収まるのをじっと待つ。


 しばらく動き回った後に、動きを止めたところへ大きめの石を放り投げた。<ガスッ>と石が当たり、再び暴れ回る。それを3回繰り返すと、さすがにわずかにピクピクと動くだけとなった。


「よい、しょっ」


 用心しながら、剣を引き抜いて腰へ戻す。周囲は二匹のジャイアントセンチピードに喰い散らされたキラーアント。そして傷だらけのゴブリンの死体でヒドイ有り様だ。たとえ素材を剥ぎ取ったところで持って帰れる量ではないので、荷車を借りるために一度村へと引き返した。



「あいさつ代わりに二匹倒してきたから、手伝ってくれ」


「ホントかよ、やるじゃねぇか」


 狩人にドヤ顔で二匹仕留めたと伝え、荷車を引いて手伝いに来てもらった。しかし、重すぎて二人では荷台に載せることもできない。巣からもほど近い森の中で、長時間の作業をするのは危険すぎる。その場で解体するわけにもいかず、仕方がないのでその場で切り分けて荷車へ載せる。何回も往復を繰り返し、全て終わった頃には周囲が真っ暗になってしまっていた。



「挨拶がわりとかぬかしたわりには、鎧が壊れてんな」


「奴らも礼儀正しくてな。きっちり返礼されたのさ。一度スエルブルまで行って修理しなくてはならないな」


「何言ってんだ。素材ならここに山ほどあるじゃねぇか。仮で良ければ、後で直してやるぜ」


 おお! 修理できるのか。なんだ、なかなかいい奴じゃないか。


「それは助かる! まだセンチピード共はいるからな。是非頼むよ」


 その日はさすがに遅かったので、修理は翌日以降になった。卵がいつ孵化するかもわからないので、翌日からもムカデの駆除は続く。



 緒戦は苦労はしたが、実際に戦って得たものも大きかった。確かに、まともに戦えば強力な攻撃と高い守備力、おまけに強靭な生命力で油断できない相手なのだが、弱点と思えるところも見えた。奴らは、どうも頭が悪いようなのだ。なにしろ行動パターンが単純だ。


 そして、ゴブリンには見向きもしなかった理由もすぐにわかった。ジャイアントセンチピードは、どうやらキラーアントが好物らしい。あの酸の臭いを振りまくと、あっという間に集まってくる。


 それによって、攻略に目途をつけることができた。


 まず、キラーアントを狩る。見つからなければ、ゴブリンをエサにおびき寄せてもいい。そして、狩ったキラーアントを荷車で巣の近くまで運んで、酸の臭いを振りまいて遠巻きに様子を眺める。


 この時、寄ってきたのが一匹なら、キラーアントを夢中で食べている間に先制攻撃を打ち込む。あとは普通に戦って倒せばいい。剣で貫いて逃げてもいいかもしれないが、剣が手元に無い状態で追加が来たら危険だ。


 二匹の場合は、キラーアントに喰らいつく間に、一匹を攻撃しておびき寄せる。

 後はできるだけ離れた場所まで連れていきつつ、一対一で戦うことになる。突きは武器が抜けないと危険なので、回数がかかっても同じ場所に攻撃を繰り返すほうが安全だった。もう一匹は逃がしてしまう可能性が高いが、無理はできない。


 三匹以上の場合はまだないが、キラーアントを食べている間に逃げるしかないだろう。



 まったく学ぶ様子を見せないジャイアントセンチピードを相手に、ある程度作業的に駆除を繰り返す。それでも、手間がかかるには違いがない。ようやく全てのジャイアントセンチピードを倒した時には8日が経過し、その間に倒したジャイアントセンチピードの数は9匹に及んでいた。



「ホントに全部倒したんだろうな?」


「それを確認するためについて来たのだろう。ほら、さっさと歩け」


 狩人を連れてジャイアントセンチピードの巣へと行き、木の陰から巣になっているえぐれた崖の中をうかがう。横に裂けたような割れ目の奥の壁には白い卵が、みっちりと並んで張り付いている。あれが全部孵化する光景は見たくない。


「どうやら、本当にいないみたいだな」


「やっと信じたか。さぁ、卵を潰すぞ」


 二人で卵を潰す作業は、決して楽しいものではなかった。しかし、残してしまっては来年以降の村の脅威になるのは間違いない。心と表情を殺して、一つ一つ潰す作業を機械的にやり遂げた。


「こんなのは二度とごめんだ」


「まぁな。だが、村のそばで数を増やされるわけにはいかねぇ。また現れれば何度だって潰してやる」


 拳を握って言った狩人の目には、魔物に対する強い憎しみがあった。きっと今まで何度も、村は魔物の被害を受けてきたのだろう。それでも、これだけは言っておかなければならない。


「戦ったの、俺だけどな」


「わかってるって! ありがとよ!」


 そう言いつつも、肩をバシバシ叩かれた。調子のいい奴だ。



 ともあれ、村長から初めに言われた依頼は、これで全て片付けた。この先は、アメラタ語を教わりながらも少しのんびりできるだろう。たまにはスエルブルの街まで行って、装備の手入れとか冒険者ギルドの依頼を受けてもいいかもしれない。



 始まったばかりの村での生活は、ようやく軌道に乗るきざしを見せていた。



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