百足駆除(前)


 深い森の中、木の陰に隠れてじっと息を殺していた。


<カサカサカサ>

 連続する乾いた音が遠ざかって行くのを聞いて、ほっと息をつく。周囲を見渡して安全を確認してから、木の陰から出た。


 最初に頼まれた村からの依頼は、残すは一つだけとなっていた。最後に残した、もっとも手強そうなジャイアントセンチピード駆除に来てはみたが、その難易度は想像以上だった。一旦あきらめて、村の方向に戻って行く。作戦を考えなければならないだろう。


 ジャイアントセンチピードは、全長3mほどの巨大なムカデの魔物だ。強力な牙には毒があり、鋭く尖った先端を突き刺して毒を注入する。身にまとう外殻は頑丈でありながらもしなやかだ。動きも早く、討伐難易度はDランク。簡単な相手ではないが、倒せない相手でもない。


「聞いてないぞ、あんなの!」


 なんとか無事に村へ戻って、依頼をしてきた狩人へ文句を言いに行った。


「いや、ジャイアントセンチピードが卵を産んでるから、孵化する前に倒してくれって言ったはずだぜ」


「それは聞いたけど、そうじゃない! あんなにたくさんいるなんて、聞いてなかったって言ってるんだ!」


 3mもの巨大なムカデが絡み合う光景は、思い出しただけでも悪寒が走る。絡まってて何匹いるか数えることもできなかったが、2匹や3匹ではないのは間違いない。一匹だけなら倒せても、数が増えれば話は違う。


「ジャイアントセンチピードが巣を作って卵を産んでたら、一匹なわけがないだろうよ」


「いや、そんなの知らないって!」


「あんたが知ってるかどうかなんて、俺も知らねぇよ。それで、どうするんだ? 諦めるなら冒険者ギルドに依頼出さねぇと、卵が孵っちまうんだが」


「誰も諦めるなんて言ってないだろ! 数が多いから作戦を立てるさ。きっちり倒してやるから、素材を運ぶ荷車でも用意しておいてくれ」


 わざと言わなかったのか、Cランク冒険者なら知ってると思って言わなかったのかはわからない。どちらにせよ事情はわかったので、気持ちを切り替えなければならないだろう。


 威勢のいいことを言って狩人の家を出てきたが、作戦はなにも思いついていない。相手の数は多いのだから、普通に考えれば一匹ずつ倒すのがいいだろう。


 殺虫剤でもあればいいのだが、あいにくとそんな知識はない。このあたり、虫の魔物が多い気がするので、あれば有効だったかもしれない。


 罠を仕掛けるには相手が大きすぎる。落とし穴が通用する相手でもなさそうだ。エサでおびき寄せるか、あるいは巣を煙で燻すか。あまり巣に近寄ると、巣から出てくるので、のんびり火をおこすヒマがあるとも思えない。


 とりあえず、エサでおびき寄せることにして、森へ入ってエサになりそうな獲物を探した。ゴブリンを一匹仕留めてみたが、これでエサになるかどうか。


 ゴブリンの死体を担いで森を歩くのは、かなり不快だ。それでも我慢してジャイアントセンチピードの巣の近くまで持っていき、離れた場所から様子をうかがった。


 しばらく待つが、なかなか姿を現さない。ゴブリンの死体にスライムが集まり出した頃、<カサリ>と音がして、黒い魔物が姿をあらわす。大型犬ほどのアリ、キラーアントだった。


「お前じゃねぇー!」


 牙でゴブリンを挟んで、持ち去ろうとするキラーアントに駆け寄る。キラーアントは戦おうとはせず、エサを持ったまま立ち去ろうとした。


「エサ返せ!」


 剣を担いだまま、走って追いかける。相手は自分とほぼ同じ大きさのゴブリンを抱えて動きが遅い。追いつきそうと思った時、キラーアントの足が止まり尻が持ち上がった。


 猛烈に嫌な予感がして横っ飛びすると、さっきまでいた所に液体が発射され、周囲にツンとした臭いがたちこめた。


 あれが、話に聞いていた酸の攻撃か。危ないところだった。


 だが、さすがに走りながら発射できるほど器用ではないらしく、追いつくことができた。キラーアントは仕方なくゴブリンを放して、こちらに向かって牙を広げた。


 さっさと仕留めるべく剣を掲げると、別の方向から乾いた連続するカサカサ音が耳に入った。キラーアントから目線を切らさないように意識を広げると、視界の隅に地を這う二匹の巨大なムカデが目に入った。虫ばっかりでげんなりする。


 一度に三匹の相手は、厳しすぎる。すぐにでも逃げたいところだが、正面のキラーアントと相対していて、背中を向けて逃げるわけにはいかない。


 ジリっと退がれば、キラーアントが隙ありとばかりに詰めてくる。その間にもジャイアントセンチピードは接近してきた。こいつら、協力する気なのだろうか。


 ジャイアントセンチピードの進路に、キラーアントを入れるべく角度を変えつつ後ずさりする。そして、ついに到着したセンチピードの一匹がキラーアントに襲いかかり、もう一匹がこちらに牙を剥いて襲いかかってきた。


 協力して戦う気が無いのは助かった。期せずしてやってきた一対一の状況に、剣を振るって迎え撃つ。


 <ガンッ>

 岩とでもぶつかったかのような手応えが、剣を伝わって返ってきて両者の距離がひらく。


 その背後では、キラーアントがジャイアントセンチピードに巻き付かれて、一方的な展開になっていた。これは長く持ちそうにはないな。


 早めに勝負をかけたいところだが、相手は地を這って低いうえに、硬くて重い。攻めあぐねたこちらに気を使ってくれたわけではないと思うが、ジャイアントセンチピードは体をくねらせて続けて襲ってきた。


 あの体に巻き付かれては、キラーアントの二の舞になってしまう。下あごが開かれ、噛みつこうと襲いかかる平たい頭にたっぷりと魔力を流したマインブレイカーを叩きつけた。


 手が痺れるほどの手応えがあり、ジャイアントセンチピードの平たい頭が地面に押し付けられる。外殻にはしっかり傷が入っているものの、切り裂いたり割ったりするほどではなかった。


 外殻が丈夫なだけではなく、中身が重すぎる。マインブレイカーは魔力を流すほどに軽くなるので、破壊力では一歩劣る。かといって、魔力も流さずにこんなのをぶっ叩いたら、剣が破損してしまう。


 頭を押さえられ、くねくねと体がよじられる。体の端のあるムチのような尻尾が向かってきたので、一旦退がって距離をとった。


 ちらりと、もう一匹を確認すると、すでにキラーアントはバラバラにされてかじられていた。どうやら、お食事中らしい。仲間と協力して戦うような知能は無さそうだ。


 とはいっても、食事が終われば参戦してくるだろう。のんびりはしていられない。


 一旦は離れた距離は、すぐに詰められて再び襲い掛かられる。どうも、間合いとか駆け引きとか考えるタイプではなさそうだ。


 たしかに、硬い外殻と丈夫な体、毒を備えた牙と強い力は脅威といえる。けれど考え無しで来るなら、一対一ならやりようはある。


「ふんっ!」

<ガィンッ>

 再び全力の切り降ろしを平たい頭に叩き込む。ぴったり同じ場所とはいかなかったが、さっきよりも外殻の傷が深くなり、頭がへこんだのがみえた。もう一撃入ればいけそうだ。


 近付けば噛みつけず叩かれ、巻き付きもできない状況にしびれを切らしたのだろうか。ジャイアントセンチピードは鎌首をもたげるように、身体を持ちあげた。その状態のままこちらに巻き付こうと、身体を被せてくる。 


 だが、見るからに柔らかそうな腹側が見えているのに、狙わないわけがない。


「せいッ!」


 腹に向けて突きを放つ。柔らかい腹を突き破って、硬い外殻まで達した手応えが伝わってくる。


 突き抜かれた場所を支点にして、ジャイアントセンチピードの前半身が倒れ込んできた。しかし、その牙の狙いは、身体を貫かれても変わっていなかった。


 とっさに身体をよじり離れようとしたが、マインブレイカーが突き刺さって抜けない。



 剣に引っ張られ動きが止まる、その隙が逃されるはずもない。肩口にジャイアントセンチピードの鋭い牙の先端が、鎧を貫きグサリと突き刺さった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る