月謝
「わかった、悪かったよ。北の森の奥には入らない。約束する」
「本当でしょうね?」
両手を上げて降参のポーズをとったが、メゼリルはまったく信じていない目で言った。行ってみたい気持ちが変わったわけじゃないからな、疑う気持ちはわかる。
「本当さ。なにしろ、メゼリルには頼みたい事がある。忠告は素直に聞いておくよ」
「何よ、頼みたい事って。なんだかすごく嫌な予感がするわ」
言いつつ、身構えて後ずさった。それほど無理を言うつもりは無いのに、失礼な。
「エルフの言葉を教えてもらいたいんだ。報酬は払う。頼めないだろうか」
「アメラタ語を? う~ん……お断りするわ。お金なんてもらっても、それほど使わないし」
頼んではみたが、バッサリ断わられた。容赦ないな。
「そう言わないで頼むよ。お金以外に何か報酬になる物はないのか?」
「無理ね。必要な物は森と村で手に……」
途中まで言いかけて、メゼリルは黙って考え込んだ。しばらく机の上に置いてあった冒険者プレートを眺めて、改めて口を開いた。
「ねえ、あなた……アジフっていうのね。言葉を学ぶって言うくらいなんだから、しばらくこの辺りに居るつもりなのでしょう?」
「ああ、そのつもりだ」
「こういうのはどうかしら?この村には、私以外にももう一人エルフの言葉をしゃべれる人がいるわ。その人を紹介してあげる」
「おお! それはありがたい! 是非頼むよ」
「早まらないで。その人の力になれば、アメラタ語を教えてもらえるかもしれないってだけよ。私よりは困りごとの多い人だから、頼めば聞いてくれるかもしれないわ。それに、もしあなたがその人の力になるっていうのなら、私も店に来てくれれば雑談くらいなら付き合ってもいいわ。エルフの言葉でね」
「願ってもない話じゃないか! その人もエルフなのか?」
「いいえ、
村長さんか、そう言えば門でも村長の家に寄ってくれって言われたな。どのみち行かなくてはならないなら、ちょうどいい話だ。
「さぁ、そうと決まったら村長の所へ行くわよ!」
メゼリルがはりきりだしたので、気が変わらないうちに村長の家に向かうことにした。ムルゼにはメゼリルの家で待っててもらい、二人で村の真ん中の村長の家へと向かう。
「店番はいらないのか?」
「買い置きもしてもらってるし、滅多にお客さんなんて来ないわ」
「よくそれで食べていけるな」
「村にポーションを卸してるのよ。スエルブルの街で売ってるって聞いてるわ」
なるほど、ヒマそうな店でも問題ないはずだ。話しながら歩くと、ほどなくして村の真ん中の一回り大きな家にたどりついた。
「ロゾン、居るー?」
村長の家の扉を、なんの挨拶もなくメゼリルが開けて中に声をかける。田舎ではそんなものだろう。後ろに立ったままおとなしく待っていると、中からやや年配の男性が出てきた。どうやら、あれが村長さんのようだ。
「メゼリルか、どうした。おや、そちらの方は?」
「こき使えそうな冒険者がいたから連れてきたわ!」
胸を張って言われた。なんて言い草だ。まぁ、あながち間違ってはいないが。
「はじめまして、アジフといいます。村長にお願いしたい事があって、伺わせていただきました」
挨拶をしつつ、冒険者プレートを差し出した。村長はプレートを見て、驚いた様子を見せた。
「おや、Cランクですか。それは心強いですが……お願いというのは?」
「エルフの言葉……アメラタ語を教えてもらいたいのです。対価は、お金でも冒険者としての依頼でも構いません」
「なるほど、そういう訳ですか。しかし、それでしたらメゼリルに……」
村長が向けた視線に、メゼリルは腕を組んでそっぽを向いた。
「教える気は無さそうですな。ふぅむ」
村長は、しばらく黙って考え込んだ。こちらも黙って待っていると、しばらくそうした後に口を開いた。
「言葉を習得するとなれば、それなりの時間がかかります。よろしいのですな」
「ええ、覚悟はしています」
「いいでしょう。ワシがアジフどのにアメラタ語を教えて、冒険者に依頼する料金が減るのであれば、村としても潤いますでな」
「ありがとうございます! 是非、よろしくお願いします!」
「では、とりあえず客人が来た時のための小屋がありますので、そちらで過ごしてくだされ。メゼリル、案内をお願いしてもよいかな」
「わかったわ。アジフ、ついてきて」
「ああ、メゼリルもありがとう。これからよろしく頼むよ」
「気にしないで。村のみんなが助かれば、私だって楽になるわ。村の生活は助け合いだもの」
メゼリルのその言い様は、とても国を閉じている種族とは思えなかった。村人からも信頼されている様子だし、村を大事にしていると思える。ここまで友好的なエルフが、なぜ国を閉じたのか……気になる。気にはなるが、はりきって案内する背中に水を差すような気がして聞けなかった。
しばらくこの村にいることになるのだから、また聞く機会もあるだろう。その時までとっておくことにして、楽しそうに先を行く背中を追いかけた。
メゼリルに案内されて、村長の家を出て客人用の小屋へと向かう。ありがたいことに
「普段は、依頼で来た冒険者が使うことが多いのよ。この村、宿なんてないから。だから遠慮しないで使ってくれて構わないわ」
「ありがたく使わせてもらうよ。でも、他に誰か来たらどうするんだ?」
「その時は特別に、うちの庭にテントを張らせてあげるわ!」
「そいつは光栄だね」
当面はこの小屋で問題は無さそうだが、エルフの言葉……アメラタ語の習得にどれくらいかかりそうかもわからないので、長く居るならどこか住む場所も考えなくてはならないかもしれない。
その日はその後も、村の案内をしてもらったり、村人を紹介してもらったりとメゼリルには世話になりっぱなしだった。村の生活に必要そうな物を買い足し、翌日から久しぶりの農村での生活が始まった。
とはいっても、たまにはスエルブルの街へ行って、ギルドの依頼もこなさないと収入がないけれども。
「アジフどの、よろしいかな」
翌日に昼食の支度をしていると、村長が訪ねてきた。
「ええ、午後にでもこちらから伺おうと思っていたところです」
「昨日、村の皆を回って、アジフどのが村で冒険者をしてくれると伝えてきましてな。ついでにアジフどのに頼みたいことも聞いてまとめてきました」
そう言って、4枚の紙をこちらに手渡してきた。やはり、お金がかからないとなると頼みやすいのか、意外に多い。内容を見てみると “ゴブリン討伐”、“フィトル石採取”、“護衛スエルブル往復”、“ジャイアントセンチピード討伐” より取り見取りだ。それぞれの紙に村人の名前が書いてある。
「これだけの量、ちょっと時間かかりそうですね。優先順位はありますか?」
「ゴブリンが最優先ですな。その次は護衛でしょうな。残りはどちらでもかまいませぬ。全て終わらせずとも、依頼の合間にワシの家に来てくだされ。アメラタ語を教えますのでな。では頼みましたぞ」
そう言って、村長は去って行った。まずは依頼を片付けてから、といったところか。
その日から、村の専属冒険者と言ってもいい日々が始まったのだった。
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