村のエルフ
途切れ途切れの雲の隙間から、ときおり太陽が顔をのぞかせて、木々の間に日差しが差し込む。
森を横切る川沿いの街道を進んで行くと、森が途切れた先に木でできた柵が見えてきた。ナナゼ村は、スエルブルの街から村を一つ経由して、更にもう一つ向こうの深い森の端にあった。
こんな所まで、誰がわざわざ毒消し草を運んでくるというのか。依頼を出す奴の気がしれない。
まず見えたのは、細い丸太で組まれた頑丈な柵で囲まれた広い農地だった。魔物が多い地域でよく見られる光景だ。広い農地を全て柵で囲うのは、一見大変そうに思える。しかし、この柵はほとんどの場合解体できるようになっていて、開墾が進むたびに少しずつ広げられるようになっている。
もちろん、水利や地形などの条件もあるので、無制限に広げられはしない。この村の農地の広さは、それだけ村の歴史が長いと言う事なのだろう。
街道に作られた門は昼間にも関わらず閉ざされていて、魔物に対しての警戒心の高さを思わせた。
門の内側には物見やぐらが組まれていて、その上から男の村人が一人こちらを見ていた。
「冒険者だ。メゼリルさんの依頼で来た」
ムルゼの足を止めて声をかけると、見張りが下に合図をして門が少しだけ開かれた。
「馬から降りて入ってきてくれ!」
言われた通りに、下馬して手綱を引いて中に入る。そこにはもう一人、男が待っていた。とりあえず冒険者プレートを見せると、Cランクのプレートを見て少しだけ目を見開いた。
「へぇ、Cランクね。依頼は毒消し草か?」
「ああ、そうだが……よく知ってるな」
「村の中の話だからな。メゼリルさんの家は、村を突っ切った外れにある赤い丸屋根の家だ。用件が終わったら、村長の家にも寄ってくれ。村の真ん中にある一番大きい家だ。行けばわかる」
「わかった。後で寄らせてもらうよ」
村の外周から中に入っても、家の並ぶ区域まではまだちょっとした距離があった。再び馬に乗って村の中を進んで行く。
外から来た人間が珍しいのか、すれ違う人からはかなり注目される。田舎だから仕方ないだろう。
途中、あきらかに一際大きい家を通り過ぎたのは、村長の家と思われた。なるほど、行けばわかると言われるだけの事はある。
家々は距離を空けて並んでいて、石積の上に土の壁と木造の建物が点在する光景は、どこか牧歌的だ。
門で教えられた通りに村外れへと向かうと、赤い丸屋根が特徴的な家が見えてきた。どうやら、何かの店をやっているらしいが、建物の表には看板も何もない。村の店だから、特に必要もないのだろう。
<カラン>
扉を開けると、鈴が涼やかな音をたてた。中には様々な薬が並んでいる。毒消し草を依頼するくらいだ。薬屋だろうとは思っていたが、やはりそのようだ。
「あら? 見ない顔ね。冒険者の人かしら」
店の奥で何かの作業していた手を止めて、女性が声をかけてきた。おそらくは店の主なのだろう。薄緑の背中まである真っすぐな髪の間から、先の尖った長い耳が飛び出している。間違いない、エルフだ。
「あなたがメゼリルさんですか? 冒険者ギルドの依頼で来ました」
依頼票と冒険者プレートを取り出して、相手へと見せる。荷物の中から毒消し草の束を取り出していると、冒険者プレートを見たエルフは少し面倒くさそうに口を開いた。
「そうよ、あたしがメゼリル。それで、用があるのはアメルニソスかしら? それともあたし?」
こちらを値踏みするような茶色の瞳は、エルフ特有の整った顔と相まってなかなかに鋭い。女性らしい外見とは裏腹に、語り口はざっくばらんだった。見た目は若く見えるが、長生きなエルフだけに年齢は想像がつかない。
「まぁ……両方かな。ずいぶんと話が早いね」
「ランクの高い冒険者が、何の用もなくこんな依頼受けるはずないでしょ。それに、スエルブルの冒険者ギルドとは、エルフに用のある人にはこの依頼を勧めるように話はついてるの」
そういう事だったのか。受付のミヨルの笑顔が頭に浮かんだ。
「なるほど、この依頼にはそんな意味があったのか」
依頼票をつまんでひらひらと振った。どうりで誰も受けない依頼票が掲示板にある訳だ。
「毒消し草が少ないのはホントよ。どうせこっちに来るなら、それくらいのついではいいでしょう? それに、その依頼を紹介するってのは、冒険者ギルドはあなたの事を怪しいとは見ていないって意味もあるの」
毒消し草を確認すると、依頼票を取り上げてスラスラとサインを書き込んだ。
「丁寧に採取してあるわね。依頼は完了よ。それで、どんな用でこんなところまで来たの?」
「それを話したら、アメルニソスに入れるのか?」
「理由によっては取り次いでもいいわ。国を閉ざしているとはいっても、話を聞く耳くらいは持ってるのよ」
なるほど、その窓口がこのメゼリルというわけか。入れてもらえるとは思えないが、言うだけ言ってみるか。
「まぁ……エルフの里を見に来た、それだけなんだが」
リバースエイジを気がねなく使えるように、噂のほとぼりを冷ますため。確かにそれもあるけれど、結局の理由はそういう事だと思う。どっちにしてもリバースエイジの事は言えないし。
それを聞いたメゼリルは、驚いた様に少し目を開いて、すぐに余計に怪しむ様に目を細めた。おおむね予想通りの反応だな。
「あなた、そんな理由で国境を閉ざした国に入れると思ってるの?」
「いや、無理じゃないかな、とは思っているよ」
あきれた様子で語る口調の気安さに、つられて口調がくだけてしまう。相手の見た目が若いせいもあるだろう。
「そう、わかってて来たのね。たまにいるわ、そういう人。いいわ、そんな人たちに教えてあげるのも私の役目だもの」
メゼリルはため息を一つついて近くにあった椅子に座り、足を組んで肘をついた手を顔に当てて面倒くさそうにしゃべりだした。
「このナナゼ村より北の森へは入らないで。浅い辺りは大丈夫だけど、深くなれば強力な魔物がうろついているの。そこを抜けても、エルフの結界で方向に迷って森をさまようだけ。まぐれでも絶対にアメルニソスには、たどり着かないわ」
「……それは、ひょっとして迷いの森とか呼ばれていないか?」
「あら、知ってたの? どこかで聞いたのかしら」
エルフの森と言えば迷いの森! まさか、あの迷いの森をこの目で見れる日が来ようとは。これは行ってみなくては!
「いや、物語で聞いただけだよ。是非とも迷ってみたいけど、森に入ってもいいのか?」
「なんでそうなるのよ! たどり着かないって言ったでしょ!」
「それでいいんだよ、迷いの森なんだから迷わなくちゃもったいないだろ」
「一度入ったら、出るのも至難よ? 森に入るだけで命懸けなの。言っておくけど、木に印を打つとか目印を残しながら進むとか、そんな程度でなんとかなるような甘い結界じゃないわよ」
む、その手は使えないのか。しかも、帰りは簡単なんて事もなさそうだ。
「糸ならどうかな。目印に結んで、進んだだけ順路に残していったら、迷わずに戻れるんじゃないか? 一日では無理でも、何日かに分ければいつかはたどり着きそうな気もするが」
「どれだけの長さの糸を持ってくつもりなのよ。森には魔物も獣もいるし、途中で切られたら出られなくなって死ぬわよ」
「切られたらという事は、糸が繋がっていれば帰れはするのか。方向感覚が狂わされるとか、幻でも見せられるといったところか?」
「それだけじゃないわ……って、なんで私が、結界の秘密をあんたに説明しなきゃならないのよ。と・も・か・く! 死にたくなかったら、森には入らないこと! 森については、エルフの言うことはちゃんと聞いておいたほうが身の為よ」
椅子から立ち上がり、指を<ビシッ>と突きつけて言い放った。有無を言わさない態度だが、こちらを心配して言ってるのだとはわかる。迷いの森を見れないのは残念だが、ここは素直に聞き分けたほうが良さそうだ。
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