Fランク依頼


「アジフ様、スエルブルへようこそ。活躍は聞いてますよ」


 差し出された冒険者プレートを見て、冒険者ギルドの受付嬢は満面の笑みを浮かべた。

さすがに冒険者ギルドの受付嬢ともなれば、噂話も聞いているようだ。


「その話は、あまり広めてもらわないでもらえると助かるな」


 そう返した返事に、受付嬢は肩までにそろえた黄色い髪を揺らして、首をかしげた。


「あら、聞かれて恥ずかしい話とも思えませんけど?」


「しばらくこの辺りで活動することになると思う。余計な先入観は持たれたくなくてね」


「わかりました。他の受付担当にも、そのように知らせておきますね」


 冒険者プレートの到着処理をしながらも、受付嬢は簡潔に答えた。なかなか話のわかる人だ。


「はい、どうぞ。受付のミヨルです。この街で依頼を受けるのなら、覚えてくれると嬉しいです」


 笑顔で言いながら、冒険者プレートを返してくれた。そう言われては、依頼の時も彼女のカウンターに行かざるを得ない。この受付嬢、なかなかのやり手とみえる。



「ありがとう、その時はよろしく頼むよ。それと、ちょっと教えてもらいたいことがあるんだ」


「はい、なんでしょう」


「この街のどこかで、エルフに会えないかな?」


「アメルニソスのエルフですか? 彼らは滅多に街に訪れないんです。でも、一番近いナナゼ村には、エルフが一人住んでますよ」


 ミヨルは、受付から席を立って、カウンターを出て依頼掲示板から一枚の依頼票を剥がして持ってきた。


毒消し草採取 Rank:F

毒消し草1束:銅貨6枚

葉10枚で1束。状態により金額が変わります。

50束にて依頼達成とします。

ナナゼ村 メゼリル


「この人です。ナナゼ村の周りには毒消し草が少なくて、いつも依頼を出してくれるんです。けど、スエルブルのギルドでも、毒消し草の常設依頼を銅貨5枚で出してるので、なかなか依頼を受ける人がいなくて」


 塩漬け依頼ってやつか。銅貨一枚の違いの為に、わざわざ離れた村まで行く冒険者はそうはいないだろう。無理もない。


「もしメゼリルさんを訪ねるなら、この依頼を受注してもらえると、ギルドとしても色々ご案内できますよ」


 エルフを訪ねたいこちらと、依頼を処理したいギルドと持ちつ持たれつってところか。こちらとしても依頼票を持っていけば、門前払いはされないだろう。悪い話ではなさそうだ。


「ナナゼ村の周囲には、毒消し草が少ないのだろう? 毒消し草の生えてる場所を教えてもらえるなら、受けてもいいかな」


「この街の北の森には、それなりに生えてるって聞きます。穴場ではないですけど」


「わかった、受けさせてもらうよ」


 依頼票を受注処理してもらって受け取り、スエルブルの冒険者ギルドを出た。毒消し草の採取とは、ずいぶんと久しぶりだ。50束の採取ともなれば、それなりに時間もかかる。先ずは宿を決めてから、明日の朝から始めるべきだろう。



 ギルドで教えてもらった、うまやのある宿へと向かった。“若葉ギドドフの宿”と書かれた建物の前にムルゼを繋ぎ、扉を開ける。


「いらっしゃいませー」


 中へ入ると、元気な声が出迎えてくれた。


 受付と思われるカウンターに座っていたのは、小さな男の子だった。留守番でもしているのだろうか。


「やぁ、泊まりたいんだけどいいかな」


「ちょっとおまちください!」


 とりあえず話しかけてみると元気に返事して、宿の奥へと走っていった。しばらく待っていると奥から扉の音がして、母親と思われる女性と一緒に戻ってきた。


「お待たせしてすみません、ちょっと旦那が出かけてまして」


「かまいませんよ。今日、明日の泊まりを、朝晩の食事と厩付きでお願いします」


「食事と泊まりで銀貨4枚。厩は銀貨1枚になりますけどいいですか?」


「ええ、それで結構です」


 二日分の大銀貨一枚を払って、部屋へと案内してもらった。夕食の時に食堂へ行くと、旦那さんも帰ってきていて、少し背の低い優しそうな顔をした人だった。



 翌日はムルゼを宿に残して、朝から歩いて街の北の森へ向かう。わざわざ馬に乗って行く距離ではないし、採取には歩きのほうがいいからだ。

 街からほど近い森の中には、採取するほどの薬草も毒消し草も見当たらなかった。少しは生えてはいるのだが、根こそぎ採取するわけにもいかない。仕方がないので、森の奥へと入って行く。


 久しぶりの採取だが、めんどくさくはなかった。採取をしながら森の中を歩くのは、割と気持ちがいいものだ。ただし、森の奥に進むほどに現れる魔物さえいなければ、と付くけども。


「せいっ!」


 振り抜いた剣で、跳ねてきたラピッド・ホッパーを切り弾きながら採取を続ける。


 そんな気持ちとは裏腹に、魔物の気配が濃くなるほど、採取できる毒消し草も増えていく。薬草もそれ以上に生えていたが、今回は採取しなかった。


 数匹の弱い魔物を倒しつつも、せっせと採取を続け、なんとか数をそろえたのは昼を少し過ぎた頃だった。毒消し草の束を背負い袋にしまって、街へと戻る方向に森の中を進む。



 かなり森の浅い所まで戻ってきた時、何かを叫ぶ人の声が聞こえた。何事かと足を速めて向かってみると、どうやら戦闘中のようだ。近づいて見えてきたのは、一匹のゴブリンに相対する二人の冒険者。


 しかし、冒険者はかなり若く、一人は片手剣を振りかざしゴブリンを牽制している。もう一人の武器は剣鉈のようだ。



「大丈夫かー?」


 相手はゴブリン一匹だが、一応離れた位置から声をかけておく。

その声に反応して、剣鉈を持った冒険者が手を上げて応え、ゴブリンが距離を取った。

 そこに片手剣の追撃が入る。お世辞にも剣筋がいいとは言えない。ただ振り回すだけと言ってもいい一撃だったが、それでもゴブリンの肩口に当たった。ゴブリンが血を流し、衝撃で地面に転がる。

 そこに追撃をかけるべく、片手剣を振り上げてゴブリンに近付く冒険者。だが、それは上手くない。


「グギャ!」


 地面に転がったままのゴブリンが、冒険者の足に向かって棍棒を振り回した。


「ぐあっ!」

「ロワル!」


 剣を振り下ろそうと踏み出した足を打たれ、冒険者が倒れ込む。ゴブリンはその隙に身を起こし、倒れた冒険者に襲い掛かろうとした。


「させるかー!」


 そこに、もう一人の冒険者がゴブリンの頭部に剣鉈で切りかかった。


「ギギャッ!」


 顔面を切り裂かれたゴブリンは、顔を抑えて飛び退き、後ろを向いて逃走を図った。……が、その方向はこちらの正面だった。目が合って、ゴブリンの逃げる足が止まった。


「やあーー!」


 その隙を逃さず、少年の剣鉈がゴブリンの背中から突き刺さる。


「ギャ……!」


 わずかな悲鳴を上げて、ゴブリンは地面に倒れた。


「怪我はないか?」


 息を荒らげ座り込む少年冒険者たちに近付いていく。


「ぼ、僕は大丈夫です。でもロワルが」


「どれ、見せてみろ」


 足を押さえる少年に声をかけて、足を診てみる。防具の無い所をもろに打たれていたが、折れてはいないようだ。


「特別だからな。 メー・レイ・モート・セイ ヒール」


 少年の足に手をかざして、ヒールをかけた。


「あ、ありがとうございます」


「相手がゴブリン一匹だからって、油断し過ぎだ。地面に転がる相手に、剣を振り上げてどうする。隙をさらすだけだぞ。剣も刃筋が立っていない。ちゃんとした握りで、素振りからやり直すべきだな」


 立ち上がって、余計な世話かとも思ったが、一言を付け足しておいた。


「すいません……」


「別に謝られる覚えはないよ。次は怪我しないようにな」


 言い方がまずかっただろうか、萎縮させてしまったようだ。やはり余計なお世話だっただろうか。とはいえ、いくら知らない相手でも、言わなくて命を落とされたくはない。ここは治療した恩を売って、言わせてもらっておこう。


 二人の少年冒険者に軽く手を上げて、考え事をしながら森を後にした。



 森は冒険者と別れてすぐに途切れた。こんな森の浅いところで魔物に遭遇するとは、あの二人もなかなかに運がない。街へ戻って宿に戻り、翌朝の出発を告げた。


 エルフたちは閉鎖的に過ごしているとは聞いていたが、スエルブルで話を聞く限り噂以上と言ってもいい。これまで会ったエルフに人間ヒューマンを嫌う様子は見られなかった。それなのに国を閉ざすのには、どんな理由があるのか。


 その数少ない手がかりが、ナナゼ村にあると期待したい。


 未知への期待が、胸を膨らませたのだろうか。いろいろ考えながら、その日はなかなか眠れない夜を過ごした。

 


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