蟻街道
途切れがちな森の中に続く街道を、乗り合い馬車が進んで行く。
その後ろから、乗り合い馬車の護衛冒険者のパーティに混じって馬を進めた。馬車の目的地スエルブルの街は、ルスナトス神国でエルフの森に最も近い街だ。
国境を越えてルスナトスへ入国し、ムジデルの街を出発した乗り合い馬車に同行して移動する途中だった。
護衛冒険者に馬車について行くと言ったら、「一緒にくればいいさ」と言われたので、お言葉に甘えて同行させてもらっていた。
「止まれ!」
先頭を進む冒険者の手が上げられ、後に続く乗り合い馬車の手綱が引かれる。隊列が止まり、何事かと後方から距離を詰めて話を聞きに行く。
「どうし……」
どうした、と聞く前に状況は把握できた。乗り合い馬車の前方に、車輪の壊れた荷馬車が止まっていたからだ。馬車の持ち主らしき男性数人と、護衛冒険者が話し合っている。顔見知りらしく、盗賊の
ムルゼから降りて、手綱を馬車にかけて周囲の警戒にあたる。どうやら修理の手伝いをする事になったらしい。乗客も馬車から降りて、修理を手伝う者、様子を見てる者と様々だ。
田舎に行くほど、乗り合い馬車は地域と強く繋がっている。顔見知りが困っていれば素通りはできないのだろう。乗客にも、特に不満を言う者はいなかった。
スエルブルの街は、当面の活動拠点になる可能性は高い。こちらとしても修理を待つのに異存はなかった。
「何か来るぞ!」
修理を待っている間に、見張りをしていた反対側から声が上がった。視線を向けると、奥の見えない藪をガサガサとかき分けて何かが出てくる。姿を現したのは、大型犬ほどもあろうかという大きさのアリだった。
ここに来る間にも何度か遭遇していた。キラーアントと呼ばれる巨大なアリは、硬い外殻と強力な力を持つ。特に左右に開く顎の牙は凶悪だ。
ただし、外殻のつなぎ目は脆く、わかりやすい弱点になっている。外殻もサンドスコーピオンほどの硬さはなく、討伐難易度はEランクと高くない。ただし、それは単体での話だ。
「囲め!」「まかせろ!」
二人の護衛冒険者と、壊れた馬車にいた剣を持った一人が抑えに行った。手を出すまでもなさそうなので、視線を戻し周囲の警戒に戻る。戦えるのは、なにも冒険者や兵士だけとは限らない。街の外で活動する人は、なにかしらの自衛の手段を備えるのが普通だ。
「持ち場を離れないとはな。慣れてるじゃないか」
同じ方向を警戒する護衛の冒険者が話しかけてきた。この冒険者たちは、Cランクの冒険者プレートを見せても、片足の剣士の実力を半信半疑の目で見ていた。なんて素晴らしい。
そう、ロクイドルの噂を聞いていなかったんだ。それでこそ、はるばる旅をしてきた甲斐があるというものだ。
「無駄口を叩かないところもほめてもらいたいね」
「言うじゃねえか」
反対側で戦っているのだ。油断していい状況ではない。気を張って周囲を見ていると、こちら側の茂みでも何かが動く気配がした。剣を抜いて注意して見ていると、またもやキラーアントが姿を現した。こちらも二匹。
キラーアントはアリだけあって、集団で来られると非常に危険だ。普段は群れで行動しているわけではないが、戦闘になると周囲に酸っぱい匂いをまき散らしながら戦う。その匂いが仲間を引き寄せるそうだ。今回もおそらく近くにいた個体が、反対側で始まった戦いの匂いを嗅ぎつけて来たのだろう。
「一匹任せる!」
「おうっ!」
二人で二手に分かれる。すぐに誰かが援護に来るだろうが、それほど時間をかける気はない。
接近するキラーアントを正面に見据えて、マインブレイカーを大上段に構えた。ギチギチと牙を開閉して鳴らしながら迫ってくる。狙うのは、その二本の牙の真ん中。
「はぁっ!」
ほぼ全力の魔力を流したマインブレイカーを上段から振り下ろすと、キラーアントの頭部は外殻ごと真っ二つに切り裂かれた。
キラーアントの攻撃は、牙での噛みつきと尻から発射する酸液に注意が必要だが、単体相手なら脅威ではない。
戦うほどに、匂いを撒かれるのだから、素早く倒すに越したことはないだろう。
もう一匹の援護に向かおうとすると、こちらの援護に来ようとしていた護衛の冒険者が、あわてて方向を変えるのが見えた。
こちらの実力がわからないから、先に援護に来てくれていたのだろう。急造パーティでの連携の乱れは仕方ないところだ。
正面で冒険者とやりあうキラーアントの横に回る。ちょこちょこと動き回って、狙いが付けづらいが、構わずに上段から剣を振り降ろした。ただし、今度は魔力は最小限で。
剣身は外殻の上を、胴体の細いつなぎ目へと滑る。
「らぁっ!」
そこに体重をかけるとともに魔力を流し、押し切るように胴体のつなぎ目を両断した。
キラーアントはしばらくピクピクしていたが、すぐに動かなくなった。
「やるじゃねぇか、義足とは思えねぇよ」
「この義足にはこだわりしかないからな」
拳を合わせて、キラーアントの解体に取り掛かった。取れる素材は魔石の他に、牙と外殻それに酸の袋だ。その中でも軽くてしなやかな外殻は、防具に使えば動きやすく人気の素材だ。この辺りの特産品として、各地に出荷されているのだとか。
おそらく、相当な数のキラーアントを解体してきたのだろう。地元の冒険者の解体は、見ほれるほどに鮮やかな手並みだった。
「おお! 凄い!」
思わず拍手すると、解体をしていた冒険者は、少し遠い目をした。
「あんたも、百体も解体すればある程度できるようになるさ」
「何の修行だよ、それは」
想像するだけでこっちまで遠い目になりそうだ。
「こいつらは、この辺りの特産品だからな。増え過ぎたり、減り過ぎたりしないようにギルドが依頼を管理してる。その中にあるんだよ、巣の駆除依頼が」
「危険なのか?」
「いや、数には数で対抗するからな。領兵、傭兵、冒険者総出の祭りみたいなもんだ。ただなぁ、領兵も傭兵の連中も解体をやりゃしない。倒されたキラーアントを邪魔にならないように後方に運んで解体するのは、この辺りの低ランク冒険者の仕事なのさ」
「ああ……なるほどな、それはつらい」
「キラーアント剥ぎから解放されるのが、この辺りの低ランク冒険者の最初の目標だな」
「そんなにもなのか。冒険者総出って事は……アレか?」
「ああ、強制依頼だ」
う~ん、強制依頼か。スエルブルで冒険者をしていたら、巻き込まれる可能性が高いな。さすがにCランクで解体要員に回されはしないと思うが、覚悟はしておいたほうがよさそうだ。
「修理終わったぞー!」
声が聞こえて、解体したキラーアントの素材が馬に積まれる。馬車に積みたいところだが、剥ぎたての新鮮素材を乗客と一緒に積むわけにもいかない。
車輪が交換された馬車が出発し、乗り合い馬車と冒険者たちの馬が後に続いた。今日の目的地の村まで一緒に行くらしい。
その道中も、魔物の気配は多かった。襲ってくるのは節操の無いゴブリンや、Fランクのぴょんぴょん跳ねる虫の魔物“ラピッド・ホッパー”が多かった。
ラピッド・ホッパーは、30㎝ほどの胴体に長い足の付いた、尖った口を突き刺して血を吸う魔物だ。大きな足で跳び跳ねる様子は、巨大なカマドウマを思い起こさせる。
跳んだところを叩き落とせば、倒すのは難しくない。気持ち悪いので、あまり近寄ってほしくはないけども。
これまでの主要街道とは、明らかに魔物の濃さが違う。森も人が入っているような様子は見られない。聞いた話では、森の浅い場所に強力な魔物が現れることはそうそう無いらしいが、用心はしておくべきだろう。
辺境に近付くほどに豊かになる自然と、勢いを増す魔物の勢力圏。それはまるで、人の領域がこれ以上広がるのを、拒否しているようにも思えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます