立ち寄った街


 街の広場で、旅芸人たちが音楽を奏でている。


 軽妙でどこか懐かしくもある音楽に合わせて、獣人の子供が跳ねるように踊っている。色鮮やかな飾りがたくさん付いた服は、動きやすそうにはとても見えない。

 にもかかわらずリズムに乗ってくるくる回り、時には宙がえりして周囲の観客の拍手を誘う。


 二曲終えたあと、音楽を奏でていた二人と獣人の子供が揃って並んで、大げさに頭を下げた。周囲から拍手が巻き起こり、子供の差し出す帽子に小銭が投げ込まれていく。


 屋台で買った団子の入った甘辛い汁物を食べる手を止めて、帽子の中に銅貨を投げ入れた。


「ありがとー!」


 とびっきりの営業用の笑顔に軽く手を上げて応え、汁物の残りを流し込む。



 エルフの森へと向かう旅程は順調に進み、ルスナトス神国との国境付近の街 “フテロト” まで来ていた。

 ラバハスクとルスナトスの国家間の関係は良好で、街は商人やルスナトス大神殿への参拝者などで賑わいを見せている。街道は交通量も多く、盗賊のたぐいがのさばる隙も無い。


 情報収集のために冒険者ギルドに行ってみたが、街道の周辺については平和な話しか聞けなかった。単独で街道を進んでも、国境越えに問題はなさそうだ。


 屋台へ器を返し、広場を後にする。明朝出発するのであれば、今日はフテロトの街を見て回ろうと思っていた。



 フテロトの街並みは、木造建築が多い。石積の土台の上に建てられた柱や壁は、光沢のある白茶色に塗られていた。落ち着いた印象の街並みを、店先をのぞいて歩く。


 柄の無い箒、底が互い違いに重なる桶、帯状にいくつも連なる鞄、何に使うかもわからない物が雑多に積まれた店先に、籠に入れられた色鮮やかな鳥が目に入った。

 じっと見ると、視線から逃げるように籠の中で跳ねた。


 青果を並べる店先も、魚屋に並ぶ魚たちも見た事ない種類ばかりで、地域が変わる所まで来たのだと実感させてくれる。

 フォークの様な形の果物に、たてがみの生えた魚。食材を眺めたところで料理などできないのだが、見慣れない物というのはそれだけで見ていて楽しい。


 店先で剥いてもらった果物をかじりながら、街路樹へ寄りかかる。真夏の日差しは、木陰に遮られて風が涼しく感じられた。


 

 木陰から街並みを眺めていると、一軒の店が目に入った。甘くて酸っぱい不思議な味のする果物を食べ終えて、近づいてみると『本屋ムットル』と、看板に書いてある。


 印刷技術などありはしないので、本を扱う店はある程度以上の街にしかない。久しぶりに見つけた本屋に、期待を膨らませて入ってみる。重い木の扉を開くと、中には薄暗い空間が広がっていた。


 日差しが差し込んでは、本が傷んでしまう。手書きの本は貴重なので、本屋としては真っ当な光景だが、立ち読みはできそうにないな。


「おや、いらっしゃい」


 店に入ると、入り口からほど近い店番のカウンターに座る老婆から声をかけられた。


「少し本を見せていただいてもいいですか」


「そりゃあ、本屋だからね。何かお探しの本でもあるのかい?」


「……そうですね。エルフ語に関する本はありませんか?」


 老婆はしばらく考えるそぶりを見せてから、口を開いた。


「エルフ語で書かれた物と、エルフ語を翻訳した物ならあるね」


 思ってたのとは違うが、そう都合よくはいかないか。エルフ語で書かれた物を見ても、読めるはずがない。訳された物だけでも見てみるか。


「翻訳された物を見せてください」


「あいよ」


 それを聞いて、カウンターの下の何かを操作した。すると、壁を伝って光の線が走っていき、店の一角にたどり着くと明るい光を放つ。光に照らされた一角は、天井に届くほど高い本棚に囲まれていた。


「この辺りじゃの」


 光に照らされた一角から、少し高い位置にあった棚を指し示す。棚に並ぶタイトルを眺めてみた。

 『ムフォイ天文学』『ヘルドの民・滅亡の理由』『ナナカレ周期とその予測』


「さっぱりわかりませんね」


「エルフの書いた本なんて、そんな物さね。あれらは自分の興味ある事しか書かない。読んで面白いもんじゃないよ」


 言われてみれば、エルフたちにはそんな雰囲気がある。その中から需要のある物が翻訳されたのだろうが、 何の需要かさえもさっぱりわからない。


「では、エルフについて書かれた本はありませんか?」


「エルフについてかい。人気の本があるよ、ついておいで」


 おお! あるのか! ただでさえ少ない本なのに、人気の本とは。これは期待できそうだ。

 老婆に案内されたのは、入り口よりほど近い背の低い本棚の一角だった。そこから取り出された、やや薄い一冊の本。表題タイトルを見てみる。


『健康に!減量に!おすすめエルフごはん!4巻』


 手に取った本を、そっと棚に戻した。


「どうやら私の探す本は、ここには無いようです」


「そんな気はしたよ。また何かあったらおいで」


 老婆に別れを告げて店から出た。暗い店内から明るい外に出て、一瞬視界が白く染まる。日差しに手を掲げて、目を細めた。



 さすがに教科書とはいかなくても、何かしらエルフ語についての本でもないかと思ったが、見事にあてが外れてしまった。誰かに教えてもらうしかないのだろうか。見知らぬ土地で、エルフ語を教えてもらえそうな人物を探すのは、かなり大変そうなのだが。

 

 しかし、街を歩いていてもエルフの姿を全く見かけない。獣人やドワーフはそれなりに見かけるのに、本当にエルフの森に近付いているのか心配になってくる。むしろ、これまで通り過ぎた街のほうが多かったくらいだ。



 目につく店は回りながらも、旅の消耗品を補充する。旅先でよく寄る店にも、扱う商品にいろいろな違いがある。店構えも、薬屋の横に植物栽培施設があったり、道具店の中に風が渦巻く筒があったりと、興味深く見て回った。


 一通り見て回った頃には、空が色づいてきたので宿屋に戻った。フテロトで泊まった宿屋は、“百足の長靴亭”。名前の由来は、宿の建物に巻き付くように生えた何本もの木が、百足のように見えるからだそうだ。


「おう、おかえり」


 宿の主人の野太い声が出迎えてくれる。こういうのは、やはり女性のほうがいいな。


「戻りました。明日の朝に出発することにしましたので、よろしくお願いします」


「そうかい、ムジデルに行くのか?」


 ムジデルは国境を越えて、ルスナトスへ入国した先にある街だ。歩いても一日はかからないが、国境越えもあるので余裕を持って計画したい。


「そのつもりです。そこからアメルニソスを目指します」


「アメルニソスなぁ。入国したって話は何年も聞いてないぞ」


 やはり、エルフの森は閉ざされているのか。とはいえ、それは分かっていた事。先ずは、近くに行ってみてからだ。


「手前の街までは、行ってみようと思っています。近くまで行けば、何か見えるかもしれませんから」


「そうだな、確かに自分の目で見るのも必要だろうよ。ただ、あっちの方は魔物も多いって聞くから、気を付けてな」


 冒険者ギルドでも、主要街道を外れた地域は注意が必要と言っていた。国同士の交流のないアメルニソス方面は、街道もかなりさびれているそうだ。


「わかりました。忠告感謝します」


 次の街でもしっかり情報収集する必要がありそうだ。



 部屋に戻って荷物を置いてからは、日課の鍛錬を行う。旅の宿では、まず剣の素振りと型稽古を行う。最近、立ち合い稽古をしていないから、そろそろ立ち合い訓練をしておきたいところだ。


 剣の鍛錬が終われば、馬の世話をする。宿に馬丁さんがいればやってくれるが、中には手を抜く宿もあるので、自分で確認しなければならない。


 湯を借りて汗を流してから食事を済ませる。その後に部屋に戻って洗濯物の片付けや、装備の手入れ等、旅の準備をする。明朝に素早く出発できるように、荷造りも済ませなければならない。


 一通り済ませると、寝る前に光魔法のスキル上げでMPを使い切ってから、魔力操作の訓練をする。最近気付いたのだが、どうやら魔力操作のレベルが上がるほど、魔力の回復も早いみたいだ。

 それでも最近はMPが増えてきて、朝起きても全回復していない。今はまだ、一日を過ごしている間に回復してしまう程度だが、これ以上MPが増えれば何か対策が必要になるかもしれない。



 旅の日々の中でする事は多い。宿でする事は、街での暮らしより多いかもしれない。それでも、一つ一つが命に関わるのでおろそかにすることはできない。



 全ての日課が終えてベッドに倒れ込むと、意識はあっという間に眠りに沈んでいった。

 



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