峠越え:杯



「皆のおかげでクイーンを倒して帰って来れた! だが、無事にではなかった。犠牲となった者達の為にも今夜は飲もう。アイツらの思い出と、ハーピー共を倒した話を肴に飲もうじゃないか! さぁ杯を掲げろ、冒険者の魂に!!」


「「「「「冒険者の魂に!!」」」」」


 貸し切った酒場にロドズの声と、それに続く鎮魂を込めた乾杯が響いた。


 パマル峠の下りは、矢も少なく、馬も人数が減ったこともあって楽ではなかった。それでも被害なくラナロンワアへと到着した商隊は、冒険者ギルドで受付と清算を終えて酒場へと繰り出していた。


 商隊の皆が参加し、酒場はほぼ満員だ。即日で店を貸し切るとはさすが地元冒険者だ。この様子では貸し切らなくても、占拠するのは一緒だったかもしれないが。


 犠牲になった冒険者とは、ほぼ面識が無いと言ってもいいので、大人しく白蛇の鱗のテーブルに混ざって酒を飲む。酒が進むほどに酒場は賑やかになっていった。


「アジフさん! 聞いてるんしゅか!」


 誰だ、ナロスに酒を飲ませた奴は。もうろれつが回ってないぞ。横を見ると、レリアネがそれを見て笑い転げていた。コイツが犯人か。

 酔い殺しを発動してもいいのだが…… 今夜は止めておくか。グイっとジョッキを傾けてエールを流し込んだ。



「ねぇ、アジフ。何か旅の話を聞かせてよ」


 そのレリアネもワインを手にだいぶ酔っている。道中からハーピーの話はさんざんしてきたからな。違う話が聞きたくなっても無理もないが。


「今日する話でもないんじゃないか? それに、そうそう面白い話なんてないぞ」


「私達、パマル峠を挟んだ街より遠くに行く事は滅多にないわ。ここにいる冒険者はほとんどが同じよ。外の話を聞きたがってる。きっと、彼らもそうだから」


 彼らも、か。そう言われては断れないな。


 移動範囲が狭いのは珍しい話ではない。危険な冒険者稼業では、依頼を探してあちらこちらを回らなくていいというのは多くの利点がある。仕事が確保できる冒険者ならば、だが。


「そうだな……じゃあホリア神国で、100人以上の盗賊相手に冒険者・傭兵連合で戦った時の話でもしてみるか」


「「「おおっ」」」


 他のメンバーも乗ってきた。中身はともかく、戦いとしては規模の大きな話ではあるからな。

 話をするうちに、他のパーティの何人かも聞きに来て、酒を飲みながらも話を進めていった。



「……で、街に凱旋して大歓迎されたのさ」

「「「「おお~!」」」」


 よけいな話は省いたが、まぁまぁうけたようだ。


 だが、予想外の事もあった。話を聞いていた他の冒険者達が、何か真剣な顔をして集まって相談を始めたのだ。

 変な雰囲気に、白蛇の鱗のメンバーと顔を見合わせて様子を見る。しばらくして、ロドン警備隊と北風の峰のメンバーが、揃ってこちらのテーブルの前に詰め寄った。


 やっぱり、パマル峠と全然関係ない話したのがまずかったのだろうか。仲間から犠牲者が出たパーティのメンバーも、話を聞いている間は普通な様子だったのだが……


 その中からロドン警備隊のリーダーが前に出て、テーブルの上に拳よりも一回り大きな魔石を<ゴトリ>と置いた。

 その魔石は今まで見たことがないほどに、あざやかな黄色にきらめいていた。ハーピー・クイーンの魔石だ。


「アジフ、この魔石を受け取ってほしい」


「それは受け取れない」


 即答した。

話し合いでクイーンの魔石は、売却して犠牲になった冒険者のパーティで分ける事になっていた。そんなの受け取れるものか。


「アジフに持っていてほしいんだ。頼む」


 こちらを見る目に、酔いが回った様子は見られない。真剣そのものだ。


「何故なんだ、わからないな。パーティで分けるって言ってたじゃないか。いらないって言うなら、犠牲になった者の遺族に分けたっていいだろうに」


「その分は俺達で埋め合わせるさ。どのみち、死んじまったあいつ等に平等に分けるなんてできっこねぇんだ。だからって俺達で分けて、それでお終いになんてできやしねぇ。俺達があいつ等に届けれる訳じゃねぇんだ!」


 叩きつけた拳が、テーブルを揺らす。それで売らずに持っていたのか。


「だからって俺に渡さなくてもいいだろ」


「聞いてくれ、アジフ。俺達はラナロンワアとラナルルリアで依頼を受けるだけの地元の冒険者だ。いつもと同じ依頼を受けて、いつもと同じ様に達成する。そりゃ、危険な事もあるが、冒険とは言えない様な毎日さ。それでも!」


 テーブルの上のジョッキをあおって続ける。


「俺達は冒険者だ! お前みたいに、どこかの街の噂になる様な、そんな活躍を夢見て来たんだ! それが、めったにない厳しい状況であいつ等は戦って、それでも、力及ばず死んじまった……」


 テーブルの上の拳に涙が落ちる。


「だから、せめて! この街で生きる俺達に変わって、あいつ等が最後に生きたパマル峠の戦いを他の街で話してくれ!今日みたいに! この魔石を持って……頼むよ……」


 それっきり、テーブルに顔をうずめてしまった。他のメンバーも拳を握りしめる者、真剣な表情でこちらを見る者、様々だ。



「やれやれ、吟遊詩人でもないんだがなぁ」


 ため息をつきつつ、テーブルの上の魔石に手をのばした。皆で力を合わせた戦いだった。大勢でハーピー・クイーンを倒したって言っても、吟遊詩人には受けが悪いかもしれないからな。


「アジフ!」


 突っ伏した顔を上げるロドン警備隊のリーダー。暑苦しい顔が余計にヒドイことになってやがる。


「売れもしない魔石を押し付けやがって。こんなのただの荷物じゃねぇか」


 手にした魔石を眺める。その黄色の輝きにクイーンの瞳を思い出した。


「機会があるかどうか、約束はできない。それでも、また今日みたいな日があれば必ず話すよ。あの、パマル峠でのハーピーとの戦いを」


「「「「アジフ!」」」」


「さぁ、それ以上しけたツラ並べるな、酔いが覚めるだろ! 飲み直しだ!」


 ジョッキに手を伸ばすと


「ありがとう」


 隣にいたレリアネが、ぼそりと言ったのが聞こえた。


 下が向けなくなる、やめてくれっ。

 ジョッキを握ってあおろうとすると、ロドズの手が肩に置かれて止められた。


「違うだろ、アジフ」


 首を振るロドズに言われて、周囲を見渡す。皆、ジョッキを手にしていた。どいつもこいつもっ


 立ち上がって、ジョッキを高く掲げる。ここにいない、今日の主役たちに届けとばかりに。そして声を上げた。


「杯を掲げろ! 冒険者の魂に!!」


「「「「「「冒険者の魂に!!」」」」」」



掲げた杯に合わさった声が、ラナロンワアの夜に高く響いた。



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