峠越え:青空
何かの音と、誰かの声がする。
(ん……なんだっけ)
ゆっくりと意識は覚醒し、ある時点から急速に目が覚めた。
<バッ>っと飛び起き、周囲を確認する。
灰色の空と、何やら動き回る人々。自分の身体を確認するが、傷は残っていなかった。どうやら治療されたらしい。
「お、やっとお目覚めか」
話しかけてきたのは、グナットだった。
「クイーンは? ハーピーはどうなったんだ?」
「クイーンはお前の一撃で倒れたよ。ほれ」
指差された方向には、横たえられたハーピー・クイーンの亡骸があった。ひとまずは胸をなでおろす。
「クイーンがやられた後も、ハーピー共は攻撃してきたけどな。すぐにバラバラになって、しまいにはハーピー同士で争いも始まって散っていったよ」
「それで、今はどういう状態なんだ?」
「まぁ、そう慌てんな、ちゃんと説明するから。今は、壊された荷馬車の修理中だ。今日はここで泊まりだな」
「ここでか? 危なくはないか?」
「クイーンをやられたんだ。当分は奴らも襲ってこられまいよ。それに、キラーマンティスがいただろ? アイツはきっとハーピーの縄張りから追われた奴だ。峠の外側にはあんな奴がまだいそうでな。逆に言えば、縄張り一帯は空白地帯になってると思うぜ。今は動く方が逆に危険だって話になってな」
「そうか~」
気が抜けてもう一度横になって、またすぐに身体を起こした。
「被害は? 怪我人はいるか?」
「ロドン警備隊が2人、北風の峰が1人やられた。怪我人の治療はもう済んでるぞ。あとは馬の治療がまだだが、MPが足りなくてな」
「3人か、かなりやられたな。ムル……俺の馬は無事か?」
「馬は5頭やられたが、お前の馬かどうかはわからねぇ。見に行くか?」
「頼む!」
跳ね起きて馬がまとめられた場所に行くと、そこには怪我一つないムルゼの姿があった。
「よかったなぁ、ムルゼ」
「ブルル」
撫でてやると、機嫌よさそうにした。あの乱戦の中で、よくぞ無事でいてくれたものだ。
「MPがあったら、怪我した馬を治してやってくれないか」
「ああ……2回行けるな」
既に落ち着きを取り戻して、水を飲んだりしている馬を見て回る。皆、多かれ少なかれ怪我をしていた。傷の大きい馬に回復魔法をかけると、心なしか嬉しそうにしている気がした。いや、ムルゼの奴、ホントよく無事だったな。
そこで、ふ、と思い出してグナットに問いかける。
「そう言えば、ハーピーにライトの光球はなんで効いたんだ?」
「さぁな。だが、夕方にライトの光球を使ってたらハーピーに襲われたって話は聞いた事があった。光球にハーピーが驚くのを見て思い出してな。狙いが集まればいい程度に思ったが、予想以上の効果だったな」
「わからないで言ってたのかよ!」
「ああ、正直わからん。だが、アイツら光に敏感なんだ。光る物を身に着けてたら、遠くからでも狙われる。たぶん、敏感すぎて、光に突っ込んだ時に目がくらんだんじゃねぇかと思うぜ」
カラスみたいな連中だな。懐中電灯を向けられて眩しくなるようなものか。
「まぁ、わからないなりに、ハーピーの対策が一つ増えたのは良かったな」
「ハーピーに集中的に狙われても平気な司祭がいれば、だがな。いや……
グナットは考え込んでしまった。ひょっとして、不幸な司祭を作り出す手助けをしてしまったのだろうか。
「ウチのパーティの回復術師はレリアネだ。できんからな。あと、高価な全身鎧と回復術師をそんな事に使えるパーティがいればいいがな」
ロドズが来てグナットに釘をさす。白蛇の鱗メンバーも一緒に来た。
「アジフ、今回の戦いではお前の働きに助けられた。パーティの、いや商隊のリーダーとして礼を言う。ありがとう」
そう言って、手を握られた。
「よせよ、お互い様だったろ。命がかかっていたのは皆一緒だ。実際、犠牲者だって出たんだ」
「だからこそだ。あそこでクイーンを逃がす訳には行かなかった」
確かに、あそこで逃げられていたらお手上げだった。ハーピーを抑えた冒険者たち、何度も助けてくれたロドズ、援護射撃をくれた魔術師。誰が欠けても届かなかったと思う。
「倒せたんだからそれで良かった、とは言えねぇけどな。3人やられたのはキツイ」
グナットの尻尾が垂れる。
「ああ、だがこれで当分は、ハーピーの襲撃は弱まるはずだ。あれほどのクイーンはそうは現れないだろう。今回倒せなかったら、おそらく討伐されるまで峠は封鎖されていたな」
え!? じゃあもう少し待ってれば誰かが倒してくれたかも。
「アジフ、お前、時期をずらせばよかったとか考えてねぇだろうな?」
「や、やだなぁ、グナットさん。そんな事考えていらっしゃいませんよ」
ずいっと詰め寄られ、目をそらす。それ以上近付いたら、その耳もふるからな!
「ちょっと、アジフ。実際に被害が出ないと、封鎖なんてされないんだからね。対応できるこの商隊でよかったって思うべきよ」
レリアネが厳しく言う。確かに、もっと小さな商隊で、あんな群れに当たっていたらと思うとぞっとする。
「ああ、レリアネの言う通りだな。すまなかった」
「アジフてめぇ! オレの時と態度が違いすぎるだろ!」
「気のせいだろ」
厳しい戦いを共にくぐり抜けたからか、メンバーとの距離が少し縮まった気がしていた。
荷馬車の修理を始めとして、野営地ですることは多かった。ハーピーの解体は、素材としては羽根と魔石くらいらしいのが救いだった。肉は美味しくないのだとか。
オークもそうだったが、この世界の人々は2本足だろうと、顔が人だろうと魔物に対して容赦しない。戦う時はもちろん、倒した後もだ。解体作業は手慣れた地元の冒険者にお任せした。
荷馬車の修理は夜中までかかりつつも、翌朝には走れるまでに直っていた。壊れた1台を廃棄して、材料を流用していたようだ。
前日の夜が修理で遅かったせいで、いつもよりゆっくりな朝に出発をする。
馬車馬は数が足りなくなってしまっていた。仕方なく冒険者の馬が繋がれて、あぶれた冒険者は幌の無くなった荷台へと乗せられた。
「アジフさんにも見せたかったな~。俺がハーピーを仕留めたところ。こう、槍でグサーっと」
「はいはい、グナットの危機に颯爽と現れたんだよな」
ナロスは昨日からこの話ばかりしている。グナットは最初こそ礼を言っていたが、何度も聞かされてうんざりしていた。今は苦虫を噛み潰した様な顔で、聞こえない振りをしている。
「アジフ、あまりナロスを調子に乗せないでやってくれ」
ジロットが釘をさしに、わざわざ馬を寄せて来た。ジロットも相当数のハーピーを仕留めたと聞いたが、特に自分の手柄を語る事もなく平然としている。
「ああ、すまなかった。つい面白くてな」
「ちょっと? アジフさん!?」
「自慢は慢心を呼ぶ。お前より強かった冒険者が3人、ハーピーの犠牲になってるって忘れるなよ」
「……うす」
引き締めた顔は真剣で、少しだけ大人びて見えた。
進み始めた隊列に合わせて、馬を進めていく。パマル峠までの距離はほとんどなかった。
商隊の誰もがちらちらと上を見上げるが、ハーピーの姿は見当たらない。
見えるのは、昨日とはうって変わったような、青い空と白い雲だけだった。
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