峠越え:見えた光



 翼を大きく広げ、ヒザを軽く曲げるハーピー・クイーン。


 それに対して、こちらは上段に剣を構える。

クイーンは飛び立つ隙を、こちらは切りかかる隙をお互いにうかがっている。


 地面に降りたクイーンは、接近戦で最大の武器のかぎ爪が使えない。地上はこちらの領域だ。


 後は見えない風の刃と、範囲攻撃の衝撃波を注意すればいい。……の、だが、その2つに有効な対策がない。

 必然的に、いつでも避けられるように、摺り足でジリジリと近付いていく。


「クケェェー!」


 そこへ、視界の端に2匹のハーピーがクイーンの援護に飛び込んでくるのが見えた。それを無視して、上段に構えたままクイーンに向かって近づいた。


 このままだとハーピーのかぎ爪を背中か脇腹に喰らうかもしれないが、たとえ飛び立とうとしてもクイーンは切れる。

 もし、風の刃か、衝撃波を発すれば援護に来たハーピーは巻き添えだ。


 クイーンは口を開いた。衝撃波か!

上段に構えた剣を正面に降ろし、脇を閉じて小さく構える。


「ラ゛ァーーー・ラ゛ァーーー」


 音が発せられるとほぼ同時に、クイーンの正面から横っ飛びに地面を転がった。


「「クェェッ!」」


 2匹のハーピーは弾き飛ばされ、身体を衝撃が襲う。しかし、範囲の直撃ではないうえに、衝撃波はクイーンの攻撃では最も威力が少ない。

 わかって備えていれば十分耐えられる。


 地面を転がってすぐさま立ち上がり、義足で地面を蹴ってクイーンへ向かう。間を空けては飛ばれてしまうからだ。


 その時、クイーンが両方の翼を振るった。羽ばたきか? いや、飛び立とうとはしていない。


 はっと気付いて、マインブレイカーと小盾付きの籠手を目の前に身構える。

 次の瞬間、2回の衝撃が、剣と身体を襲った。



「ぐはっ」


 吹き飛ばされ、地面を転がり、うつ伏せに地面に倒れた。芯まで響く衝撃に、すぐには起きれない。地面を這ったまま手を握ぎりしめる。足を曲げる。ちゃんと動くな。

 剣を盾にして低く守ったので、致命的な傷はないようだ。ただ、ちょっとだけ腕と肩と太ももと頭が痛いようだが。


 両翼から風の刃を放って来るとは、想像していなかった。地上にいれば両翼が使えるという事なのか。地上にいればこちらが有利と油断していた。

 

 なんとか四つん這いになり確認すると、左側の鎧が裂け、傷は浅く……はなく血が流れているが、それほど深くもない。十分動ける。


 そして、これだけ巨大な隙をさらして襲って来ないってことは、クイーンは飛び立ってしまったのか。



「キュアァーーー!」


 どこかいら立ちを感じさせるような、クイーンの鳴き声が聞こえたのは……あれ? 意外に近い?


“ばっ”と顔をあげる。


 目に入ったのは、変わらずに地面にいるクイーンと、その正面に対峙するロドズだった。来てくれていたか!


「生きてるか?」


 前を向いたままロドズがたずねる。


「健康そのものだね」


 マインブレイカーを地面に突き立てる。それを杖に、なんとか立ち上がった。


 血を流す傷口は熱く、今は痛いかどうかわからない。すでに魔力も底を尽きかけている。剣に流す魔力もなく、重いマインブレイカーを握ると血がつたって滑る。きつく握って、肩にかつぎあげた。


「お前、長生きするぜ」

「そうだろうとも」


 とびっきりな!



 軋む身体を一歩ずつ踏み出してクイーンの横に回ろうとする。光球を作る魔力すら、今は惜しい。


 クイーンもそうはさせまいと向きを変えようとするが、正面のロドズが牽制し、それを許さない。

 2方向から詰められれば、クイーンに残された選択肢は多くない。両方の翼を大きく広げた。やはり風の刃か!


 3回も見ればわかる。あれは羽を振るった前方にしか放てない。刃の圏外へ入るべく、クイーンの横に向けて大きく地面を蹴った。


 正面にいたロドズは、盾に身を隠してこちらと反対側の翼に突っ込む。その体勢に一撃もらってでも翼を潰す覚悟を見た。


 だが、そんな覚悟をあざ笑うかのように、クイーンの翼は、広げたまま振るわれなかった。


 足だけで“ぴょん”と跳びあがると、かぎ爪をロドズの盾にかける。そして、広げた翼を<バサッ>と羽ばたく。

 ロドズの盾を支点にして、クイーンの上半身が宙に浮かび上がった。


 風の刃を放つフリをしてこっちの動きを誘いやがった! 本当に魔物か!?


 慌てて方向を変えてクイーンに詰めよる。その間に、クイーンはロドズの盾を足場に飛び立とうとした。

 と、その瞬間に、ロドズがしゃがみ込む。


「キュエッ」


 足場にするつもりだったロドズにしゃがまれて、空振りした足を伸ばし空中でばたついてバランスを取る。翼に与えた傷も効いているのか、もがくようにもたついた。

 その隙にロドズは、しゃがみ込んだ体勢から跳び上がり

 

「どりゃッ!」


 短い片手剣が、クイーンの伸ばした足に突き刺さる。


「キュアァァッー!!」


 苦痛の叫びを上げつつも、見境もなく羽ばたくクイーン。剣を片手で突き刺したロドズは地面に転がり避ける。

 その空いた空間に、義足を踏み込んだ。行ける!


「せえぇぇいっ!」


 肩に担いだマインブレイカーは魔力も流さず重い。それでも踏み込んだ勢いを乗せて背負うように振るう。

 必殺の間合いから放つその一撃に、クイーンが翼を羽ばたいて進んだのは、後ろではなく前。


 自分から突っ込んで来やがった!!


 「キュァッ!」


 息を吐き出すようにクイーンが鳴く。マインブレイカーの剣身が羽毛に埋まり、わずかに切れ込み血が流れる。あまりにも浅い――


 後ろに避ければ、そのまま叩き切れる間合いだった。避けられないと見るなり、身体を差し出して前に詰めてきやがった。そのせいで、剣は振りきる手前で止められ、両手剣の重さも活かせない。


 絶好の間合いから放った一撃は、ほとんどの勢いを止められてしまったんだ。


「くっ」


 そこから剣を押し込むが、剣身が羽毛を滑る。空中にいるクイーンの身体が後ろにずれるだけだ。


 クイーン口の端がわずかに上がったような気がした。翼が一回羽ばたき、身体が上へ浮く。せめてもの抵抗に剣で追いかけるが、掲げる剣先が離れ腹部までずり落ちる。


 飛ばれる、そう思った。


 その時、浮き上がったクイーンの、足の間から光が目に入る。

 灰色の空を切り裂いて飛んで来る。その光は火、槍の様に細長い。


 <ドンッ>

 衝撃と共に、クイーンの背中に炎が舞った。


 クイーンが衝撃に押され、マインブレイカーの剣先が腹部の皮膚を破る。何が? なんて考えるまでもない。魔術師の援護だ!


 ここしかない! この援護、応えてみせる!!


「おらぁぁぁーー!!」


 残された魔力を全てマインブレイカーに流し、掲げた剣を押し込む。“ズブリ”と剣先がクイーンの腹部に埋まっていく。


「キュアアアァァァァーーー!!」


 クイーンの絶叫が響き渡る。

 背後の衝撃と押し付ける剣先が肉を貫き、骨を砕いた先に達した。手応えでそう感じた時、



 全ての魔力を使い果たして、意識は暗闇へ落ちていった。



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