峠越え:女王


 「アジフ! 代われ!」


 ジロットから声がかかり、前衛を交代した。槍で正面は辛いかと思ったのだが、巧みな槍さばきでかぎ爪をかわしている。あれなら大丈夫そうだ。



「あの光球をもう一度頼む」


 後ろに下がり水を飲むと、グナットが話しかけてきた。


「あれはこけおどしに過ぎない。すぐにバレて逆に的にされてしまう」


「攻撃を集められるならそれでいい、ただし、今度はさっきより低く頼む」


 目立つことで攻撃の的を絞らせる気か。正面に立つことになるが、やってみるか。


「わかった」


 危なかったら消せばいい話だ。手を正面に向けて光球を作り出す。


「ロドズ、交代だ!」


 グナットの合図で、再び前に出る。光球が近付いたハーピーたちは、驚いて散っていく。だが、しばらく何も起こらないのを見て、すぐに脅威ではないと気付かれてしまったようだ。


 上空からの落下が再開され、ハーピーは光球に近いこちらに向けて襲い掛かって来た。狙い通り、来たな!

 そして光球を通り過ぎ、地面にかぎ爪を突き刺した。


「え!?」


 一瞬、あっけに取られて動きが遅れたが、隣にいたジロットが地面に近付いたハーピーに槍を突き刺す。

 光球は魔力でできているので、通り過ぎた程度で消えはしない。怪音波でも放たれれば、一発で消えてしまうだろうが。


 その後もハーピーの攻撃は、正確さを欠いた。かぎ爪をかわせば切るのは容易だ。


「はぁっ」


 かわされて通り過ぎる勢いで横を通過するハーピーを、迎え打つように横薙ぎを振り抜いた。


「ケェッ」


 両断され、勢いのまま2つに分かれて転がっていく。周囲に3匹、4匹と死体が積み上がっていった。

 少しずつだが、確実に被害を与えている。これならいけるかも、そう思った時、ひと際大きな影が上空に現れた。



 ハーピー・クイーンが羽を広げ滞空し、口を開く。怪音波ノイズの体勢か、マズイ!

 矢が放たれるが、風の守りに阻まれる。魔術師の詠唱も間に合わない。


「ラ゛ァーーー・ラ゛ァーーー」


 クイーンの放った怪音波は、もはや怪音波ではなかった。衝撃波ショックウェーブとも言うべきそれは、物理的な衝撃を伴って商隊に襲いかかり、吹き飛ばされた。


 人が、馬が折り重なるように倒れ、悲鳴と怒号と、馬のいななきが戦場に響きわたる。密集陣形で集まっている所に範囲攻撃とか、最悪だ。


 だが、幸いだったのは、範囲は広いが威力はそれほど無かったこと、そしてハーピーたちも衝撃波を避けて一斉に上空へ戻ったことだった。

 耳鳴りと頭痛がするが、すぐさま立ち上がってマインブレイカーを拾いあげる。


 そのまま肩に担いで走り、崩れた荷馬車を乗り越えて荷馬車の砦の外に出た。


「おいっ!」


 誰かの声がしたが、そのまま走る。そして上空のクイーンと商隊との角度が変わったところで、クイーンに向けて手をかざし唱えた。


「光よ、ライト!」


 衝撃波で消し飛ばされた光球を出す。もちろん、クイーンの高さまでは届かないが、再び現れた光球に、苛立たし気にこちらを向いた。そして翼を広げて口を開く。来やがれっ!


「ラ゛ァーーー・ラ゛ァーーー」


 衝撃波が再び襲い、光球もろとも吹き飛ばされる。倒されて地面を滑るが、今度は覚悟して受けた。きつく握った剣は落としてないし、背後には商隊もいない。


「メー・レイ・モート・セイ ヒール!」


 ハーピーの放つ怪音波と違い、衝撃波は物理的な攻撃力があった。だからこそ、最初の一回である程度の攻撃範囲が見えたのだ。

 そして、再び衝撃波が放たれた事で、上空のハーピー達が降りれずに戸惑っている。


「光よ、ライト」


 しつこく光球を出して挑発する。さぁ、どうするクイーン。我慢比べか?


「キュアァァーー!」


 怒りを感じさせる一声を上げて、こちらへ向かって飛んで来る。あきらかに光球を見ていない、術者を狙いに来た。

 直接攻撃に備えて、マインブレイカーへ多めに魔力を流す。


 だが、クイーンは剣などまったく届かない手前の上空で止まり、空中で片翼を振るった。なんだかわからないが、剣を中段に構える。

 その目の前にロドズが飛び込んできた。


 直後、風を切る音がした。見えない何かと、盾に身を隠すロドズがぶつかり、ロドズの身体が後ろにずれる。なんとか倒れずにいるが、壊れた鎧の隙間から流れる血が見えた。


「メー・レイ・モート・セイ ヒール!」


 何が起きたのかはわからないが、ともかく回復だ。


風の刃ウィンドカッターだ、気を付けろ!」


 前を向いたまま上空を飛ぶクイーンから目線を外さず、ロドズが口を動かす。あれが風の刃か、気を付けろって言われても音しかしないのだが。光球も風の刃で消し飛ばされていた。


「MPが無い、次の回復は無理だからな」


 ステータスを見ている隙はないが、すでに一桁のはずだ。


「あと一撃でいい、耐えろ! 来るぞ!」


 円を描いて飛んでいたクイーンが、こちらへ向かって来る。


 再び手前の上空で止まり、空中で片翼を振るう。横に跳びながら、剣をナナメ前に掲げる。剣に重みがかかった瞬間、さらに一歩地面を蹴って、顔面から地面に飛び込む。

 ロドズが受けた風の刃は、その名の通り線の攻撃だった。面の攻撃でなければ避けられると思ったんだ。


 その時、上空で止まったクイーンに向けて、荷馬車の砦から火の槍が放たれクイーンに直撃した。


「キュアアァァーーー!!」


 苦痛の叫びをあげるクイーンに、闇球ダークボールが、土の矢アースアローが、間髪いれずに突き刺さる。


 クイーンもさすがに耐えきれず、バランスを崩し地表へと落下する。


「今だ! 突っ込めー!!」


 荷馬車の砦から声が上がり、冒険者達が崩れた荷馬車を乗り越えてクイーンへと向かう。

 だが、そこへ上空で手をこまねいていたハーピーたちが、クイーンを救うべく突撃をかけた。


 両者が激突し、弾かれて宙を舞う冒険者と、地に叩きつけられるハーピー。

ハーピーたちも今度は上空へ逃げず、地表付近に留まってクイーンを守る。ときおり怪音波ノイズが発せられ、すぐさま叩き落とされる。

 クイーンを背後にして、羽と刃が飛び交う乱戦が始まっていた。


「立てるか? 行くぞ!」


 ロドズに腕を引かれて立ち上がる。身体に傷は無い。


「おうっ!」


 剣を拾ってクイーンへ向かう。冒険者とハーピーがぶつかる反対側のこちらには、クイーンまで遮る者はいない。


 クイーンは地面から身を起こし、翼を広げようとしている。飛ぶつもりか!


「させねぇぞ!」


 ロドズが叫び突っ込んで行く。その前に、上空から2匹のハーピーが降下して立ちふさがった。

 かぎ爪がロドズに向けて振るわれ、ロドズはそれを避けもせず盾で受ける。さらに、そのままもう一匹の足に片手剣を突き刺し、2匹共を巻き添えにして倒れ込んで叫ぶ。


「行けーっ!!」


 そんな事言われちゃ行くしかないだろ!!


 地面でハーピーともみ合うロドズの脇を抜けて、翼を広げるクイーンに迫る。


 ヒザが曲がり、クイーンの身体が沈んだ。


 一回、<バサッ>と羽ばたく。その羽ばたきで、クイーンの身体がふわりと浮いた。

めいっぱい踏み込んで義足のバネを縮めると、バネが悲鳴のようにきしむ。耐えてくれ!

 

「せりゃぁぁぁぁっ!」


 バネを解放した勢いを乗せて踏み切り、飛び込むように上段から振り下ろした。

伸ばした剣先は、羽ばたこうとする翼の先を捉え、羽が舞い散る。


「キュアッ!」


 翼を切られ、バランスを崩しながらも、なおも飛ぼうと羽ばたくクイーン。

着地した足を支えに、振り下ろした剣を切り返し、そのまま切り上げた。ひときわ大きいかぎ爪が開き、剣を受けようとする。


 その動作を見て、とっさに力を抜いて、かぎ爪を軽く弾いた。


 危ないところだった。クイーンの奴、マインブレイカーと切り上げの一撃を踏み台に、飛ぼうとしやがった。


 軽く弾いた剣は切り返しも早い、すぐさま剣を上段に回し、一歩踏み込んで振り下ろす。これなら飛べないだろ!


 しかしクイーンは、今度は上ではなく後ろに羽ばたいた。一回の羽ばたきで後ろに退がり、振り下ろされた剣をギリギリでかわす。

 空振りして隙をさらしたこちらに対して、羽ばたいた翼を広げて口を開いた。あの衝撃波が来る!

 

「ラ゛ァーーー」


 その口から衝撃波が発せられる直前に、振り下ろした体勢のまま、倒れるように前に突っ込む。

 そこは、クイーンのかぎ爪の真下だった。


 衝撃波は口から前に向かって放たれる。真下は死角になると思ったのは予想通りだが、いかんせん場所が悪い。

 踏みつけてくるかぎ爪の間に、剣を挟むのがやっとだった。


「ぐはっ」


 蹴られながらも、剣で受け流し地面を転がる。

すぐに身を起こして片膝で剣を横に払う。腕や肩に鋭い痛みがあるが、傷は浅そうだ。



 クイーンは翼を広げたまま、地面に足をついた。どうやら、あの衝撃波を発する時は羽ばたけないらしい。なんとか離陸は阻止できたようだが、それで勝負が付いたわけではない。


 よくみれば、クイーンの身体は魔術を喰らって傷だらけだ。火の槍を喰らって焦げているし、翼からは血を流している。しかし、その黄色の目から諦めの色は一切見えない。


 魔物としては、特に大きい部類でもない。硬い甲殻を持ってる訳でも、力が強いわけでもない。


 それでも少しのやり取りで確信した。


 『コイツは手強い』



 厳しい戦いの予感に、マインブレイカーをきつく握りなおした。



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