峠越え:防衛
「盾をかざせー!」
その声で、盾が一斉に頭上にかざされる。2度目ともなれば、みんな対応が早い。
数瞬後に、前回よりもまばらな数の岩が落下して来た。さすがに、全個体で岩を再度拾ってくるヒマは無かったようだ。
しかも、こちらは密集陣形を取っていて、前回よりも的が小さい。盾も連ねて掲げているので、前回よりも被害は格段に少ない。
さすがに、岩が直撃すれば盾で受けても怪我はする。全く被害が無かったとは言えないが、回復できる範囲内だ。
そして、再び空からハーピーの竜巻が墜ちてくる。
襲来するハーピーに向けて、荷馬車の砦の中から矢が放たれる。しかし、ハーピーの襲撃は間隙がなく、続々と荷馬車に、構える盾に攻撃が加えられる。
ハーピーの攻撃は、基本的に一撃離脱だった。上空から勢いを付けて飛来し、一撃を加えて戻って行く。
ときおり欲を出して、地表付近で攻撃を続ける個体はねらい目だ。盾の隙間から槍や剣が刺し出され、傷を負って倒されていく。
今、また一匹のハーピーが、ジロットの槍によって足が貫かれた。だが、そのハーピーは足を槍に刺されたまま滞空して、口を開いた。
「ナ゛ーー・ー」
再び放たれた怪音波により、守備隊形が乱れる。しかし、今度は即座に矢が放たれ、撃ち落とされた。矢を放った冒険者は、耳栓をして怪音波に備えていたようだ。会話はできそうにないが。
そこから、荷馬車の砦に閉じこもる商隊と、一撃離脱を繰り返すハーピーたちとの戦いは、泥沼の持久戦の様相を見せ始める。
勢いを乗せた強力なかぎ爪による攻撃は、荷馬車の隙間から行商人たちの簡易な木製の盾をへし割る。馬車の幌もあっという間に引き裂かれ、死角がどんどん減っていく。
防御が下がれば、怪我人も増える。度重なる回復でMPは危険域まで減っていった。
対してハーピーたちも、無限に攻撃できるわけではない。魔物とはいえ生き物。疲れが見え始めていた。
一撃を加え、離脱しようとした一匹のハーピーが、上昇にもたつき羽ばたきを繰り返した。
「せぇいッ!」
隙を逃さず突きを放ち、かぎ爪の付いた足へと突き刺す。
「ケェェェーーー!」
そのまま地面に引きずり降ろすと、周囲の冒険者によって止めが刺される。こんな場面が時折見られるようになっていた。
「奴らも疲れている。このまま持ちこたえるぞ!」
「「「「「おおー!」」」」」
ロドズの声に応えて気勢が上がる。気のせいでなければ、ハーピーたちが怯んだ気がした。
その時、戦場を切り裂く音が鳴り響いた。
「キュアアアアアァァァァーーー!!」
それまでのハーピーたちの鳴き声とは、一線を画す音量で放たれたその音に、敵味方関係なく、戦場が一瞬、凍り付いた。
音の発生源を見上げれば、そこに見えたのは、他のハーピーの2倍はあろうかという体躯。間違いない、アレが
「クイーンだ! 狙えー!!」
誰ともなく発せられた合図に、我に返ったように矢が放たれる。だが、ハーピー・クイーンを狙ったその矢は、手前から不自然な軌道を描いて逸れていった。
「なんだ!? あれは」
「風の守りだ。風を纏ってやがる」
思わず口にした驚きに、近くにいたグナットが答えた。
そして、我に返ったのはこちらだけではなかった。クイーンに矢が集まった隙をついて、ハーピーたちの攻撃が再開された。
上空を悠然と舞うクイーンに背中を押される様に、勢いを増すハーピー達。
そのクイーンに向けて、魔術師から
魔術なら風を突破できるようだが、当たらなければどうしようもない。
「アイツの魔術に合わせるぞ!」
次々と襲い来るハーピーを防ぐ中、グナットが声を上げる。
「当たらないだろ!」
剣を振って追い払いつつ、叫び返す。
それにグナットは、鎧を寄せてきて答えた。
「さっきの火球は牽制だ。あの魔術師は
そう言い残して持ち場へ戻る。動きを止めろって言われてもどうすりゃいいのか。
その間にも攻撃は苛烈さを増していく。既に荷馬車の幌は跡形もなく切り裂かれ、荷台はむき出しになっていた。
その陰に隠れ盾をかざす防衛線に対して、邪魔者を蹴散らすように、荷馬車にかぎ爪による攻撃が加えられて嫌な音を立てる。そして、<バキッ>と致命的な音を立てて、一台の荷馬車が崩れ落ちた。
「クェェェー!」
広がった隙間を狙ってハーピーが集まる。そこに割って入ったのは、盾を構えたロドズだった。かぎ爪を盾で払い、短く幅広な片手剣で浅くとも確実に傷を与え追い払う。
護衛冒険者としてハーピーと戦い続けた男の堅実な技術が、崩れた荷馬車の隙間に立ちはだかった。
「回復をくれッ!」
「ルー・メス・ロット・リム ダークヒール!」
それでも負担の大きい場所で戦い続ければ、傷も増える。レリアネの回復魔法がそれを癒す。
ならばこちらは、と、剣をかざして前に出た。
「アジフっ!」
「援護する!」
どうせMPも残り少ない。ヒールなら2回が限度だ。
「せぇいっ!」
迫るかぎ爪にマインブレイカーを叩きつける。あわよくば地面に叩き落とすつもりだったが、かぎ爪に弾かれて逃げられてしまった。
かぎ爪が思いの外硬い。手応えからして、おそらく全力で魔力を込めれば切れそうだが、それでは長く持たない。
荷馬車の列にできた隙間に、攻撃が集まり出す。ロドズと並んで次から次へ襲ってくるハーピーを弾き返し続けるが、正直キツイ。
ハーピー達も徐々に数を減らしているが、まだまだその数は脅威以外の何物でもない。これではきりがない。
さらに、攻撃は後方の槍や弓に任せていたのだが、問題が出始める。
「矢が尽きた!」「こっちもだ!」
背後から聞こえてきたのは、悪い知らせだった。
矢の攻撃が薄くなるにつれて、上空からの襲撃は勢いを増す。荷馬車の切れ目だけではなく、隙あらばあちこちから襲って来るようになった。
このままではジリジリと追い込まれてしまう。
上空をにらみ付けると、群れから離れて空を飛び、観察する様にこちらを見つめるハーピー・クイーンが目に入った。
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