峠越え:乱戦


 地上へと落下するように降下するハーピーに、矢など当たらない。


 だが、そのままではさすがに地面に激突してしまうので、直前に翼を開いて減速し、襲撃体勢へと移る。その瞬間に合図が出された。


「1組放てー!」


 狙い澄まされたそのタイミングは、ハーピーとの戦いの年季を感じさせる。あらかじめ組分けされていた射手から、矢が飛んだ。


「ケェェェーーー!」


 十分に引き付けられた、先頭のハーピーへと矢が突き刺さり、その人の顔をした口から甲高い悲鳴を上げて墜落した。

 

 初めて間近に見たハーピーは、伝え聞く通り女の顔に、腕は翼で足にはかぎ爪。醜く歪んだ表情からは、殺意以外はくみ取れない。小柄な人ほどの体は羽毛に覆われ、その存在はあまりにも魔物そのものだ。


「2組放てー! 以降順次!」


 続々と降下してくるハーピーに、合図が間に合わない。それでも、放たれる矢は続けて命中し、墜落し、あるいは傷を負って飛び去るハーピーたち。


 これならいけるかも、そう思えたのは一時だけだった。押し寄せる数に、ついに1匹が矢をくぐり抜けて商隊へと迫る。剣を構えて迎え撃つ体勢を取り、戦えない者たちも盾を構えた。


 だが、ハーピーは突然に空中で翼を広げ、一瞬、滞空して口を開いた。


怪音波ノイズだっ!耳を……」

「ナ゛ーー・ー・ーナ゛ー・ーー」


 誰かが声を上げるも間に合わない。音とも言えない音が商隊へと降り注ぎ、思わず剣を取り落としてしゃがみ込み、耳を塞いだ。


「ぐぅっ」


 頭を割るように響くその音は、不快そのものだ。近くにいた人々も、弓を手放して耳を押さえる。だが、どうやら効果範囲があるようで、離れた場所の人々は無事なようだ。

 その中から放たれた矢が、不快な音を<ヒュンッ>と軽快な音で引き裂いた。怪音波を発するハーピーの額に矢が突き刺さり、怪音波が止まる。


 顔を上げると、矢を放ち終え弓を手にするグナットと、そこに襲い掛かるハーピーが見えた。


「グナット!」


 思わず声を上げたが、襲い掛かるかぎ爪にロドズの盾が割り込み足を弾く。一撃を弾かれたハーピーは再び上昇していった。


 しかし、降下したのはその一匹だけではなかった。怪音波によって作られた矢の途切れは致命的で、続々と商隊へとハーピーが襲い掛かる。


「ぐああぁぁー!」「ケェェー!」

「く、来るなー!」


 商隊の隊列は混乱し、空から飛来する魔物に対して、もはや前衛も後衛もなく入り乱れた。


「せやぁっ」


 空中の相手に向けて剣を振るうが、“ひらり”とかわされ、上空へと逃げられる。やはり、剣では空を飛ぶ相手に対しては苦しい。だが、今は少しでも商隊に取りつかせないようにしなくては。


「ひぃぃーっ!」


 近くの行商人に一匹が襲い掛かり、行商人は馬車の上で木製の盾に身を隠し必死に耐える。ハーピーはそこに執拗にかぎ爪で蹴りつけていた。


 それ以上やらせるかっ!

 御者席へ向けて大きく踏み出す。上方に向けて剣を突き出すと、鳥のような足とかぎ爪の間に<ガキッ>と挟まった。


「おらぁぁー!」


 そのまま剣を振り回し、思いの外軽く感じるハーピーを地面に叩きつける。


「キュェッ」


 背中から落ち、声を吐き出すハーピー。地面に落とされ、今までとは逆にこちらを見上げる事になる。その明るい黄色の瞳は、恐怖に濁っていた。

 その胸元に、なんの容赦もなく剣を突き刺す。ビクリと体が震え、口から血をたらしハーピーは絶命した。


 人の女の顔をしていても、間違える事はできない。狩っているのはコイツ等で、狩られているのはこちら側なのだ。


「キィィィ!」


 仲間をやられて怒ったのか、続けて上空からかぎ爪が襲い掛かり、剣を振うと上空へ逃げて行く。さっきの様に近くに滞空してくれれば、倒しようもあるのだが。

 こうも攻撃が続いては、味方の回復もできない。ライトの生活魔法を試してみるか。剣を肩に担いで片手を放し、空いた手を上にかざす。


「光よ、ライト」


 光球が頭上に浮かんだ。生活魔法は、何故か杖からは出せない。詠唱や祈祷スキルがなくても使えるあたり、魔術とは別系統で考えたほうがいいのだろう。手をかざさなければならないので、両手剣ではかなり不便だ。


 浮かべたライトの光球は、素早く動かせない。手をかざせばゆっくり動かせる程度だ。しかし、自分が動けばついて来るので、走り回って光球を地表付近にいるハーピーへ近付けて回る。


「クェ? ケェェェー!」


 光球が近づくと驚いて上空へ飛び上がるハーピーたち。よし、効いた。


 そこを、弓を取り直した冒険者たちが狙い撃つ。援護を受けた冒険者は落ち着きを取り戻し、それが伝わって隊列の混乱は収まっていった。

 落ち着いた冒険者達により、地上付近のハーピーが墜とされ、残ったハーピー達は矢から逃れて更に上空へと退避した。

 最初の戦闘が収まり、商隊はひとまずの落ち着きを取り戻した。



「回復来てくれっ!」


 その間隙を縫って、声がかけられる。すぐさま光球を消して、返事のあった方向へ向かう。いつまでも照らしていたら、的にされてしまう。


「こっちだ! 早く!」


 怪我人は、かぎ爪にやられて血を流す人が多かった。3人の回復術師で治療するが、中には助けられなかった冒険者もいて、重い空気が一帯を包む。


 動かなくなった仲間を囲む冒険者に向けて、ロドズが声を上げた。


「今は下を向いてる場合じゃねぇ! 上から目をそらすな!」


 そう言って上を指差す。


 言われて見上げると、状況は確かに厳しさを増していた。数を減らしたハーピーの群れに、山脈のあちらこちらからハーピーが飛んできて加わっているのが見えたからだ。


「最悪なクイーンを引いちまった。群れの統率が完璧なうえに、他の群れまでまとめてやがる」


 ロドズはそこから声を張り上げる。


「おいっ! 全員聞け! 荷馬車で砦を作るぞ! 散らばれば的にされる。密集陣形を取るぞ!」


 それを聞いた冒険者たちは、動けない荷馬車の周辺に馬を外した馬車を集め、その中に馬と行商人が集められる。仲間の死を看取った冒険者も、亡骸を隅に置いて槍を手に立ち上がった。


 死を悼む気持ちはある。だが、今はまず生き残る事を考えなきゃならない。


「売り物ですが、使ってください。1本しかありませんがMPポーションも」


 行商人たちが、荷馬車からポーションを提供してくれる。MPが厳しい現状ではありがたい。1本しかないMPポーションはレリアネが預かった。



 しかし、態勢が整ったのはこちらだけではなかった様だ。


「来るぞ!」


 言われて見上げた空には、数を増したハーピーの群れが渦巻く。その数は、すでに以前の倍ほどにはなっているだろうか。



 それは、もはや数えるのも困難なほどだった。



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