峠越え:空襲
翌朝、日が昇ると同時に朝の準備が始まり、旅慣れた一行の出立は早かった。
始めはゆるやかな曲線と登りが続く道も、峠を登るほどに曲がりも上り坂もきつくなっていく。
「ほら、がんばってくれ」
ムルゼの背を撫でて励ます。馬車を引く馬はさらにきつそうだ。
「休憩にするぞー!」
前方から声が上がり、湧き水のある広場で休憩になった。馬たちが水を飲む間、空を見上げる。ときおり鳥の姿は見えるが、ハーピーの気配はない。先行きの不安を示すように、空は灰色の雲が覆っていた。
「周りの木が高いうちは、あいつらはめったに襲って来ないぞ」
上ばかり見ていたら、グナットが教えてくれた。
「なあ、クイーンやハーピーの討伐依頼は出てないのか?」
「常設で出てるが、アイツらは山の上の方の断崖に住んでる。夜襲でもかければ1匹・2匹は倒せるだろうが、仲間がやられると逃げちまう。苦労して山に登っても割に合わなくて、わざわざ討伐に行く冒険者がいねぇんだ。お前、受けるか?」
「遠慮しとく」
「だろ? みんな似たようなもんさ。繁殖期だけはアイツらも逃げないし、卵が高く売れるから討伐依頼が成立するがな。それでも、山に散らばったハーピーの数を減らせるほどじゃないし、クイーンの巣を見つけたなんて話は10年に一度あればいいほうだ」
「そうな「ピィー!」」
会話を遮って、襲撃の合図の笛の音が響き渡る。休憩して空気の緩んだ商隊に緊張が走った。
<ガインッ>
広場に響いた戦闘音の方を見ると、見えたのは高さで2mはあろうかという巨大なカマキリ。キラーマンティス!
その両腕の鋭い鎌は鎧をも切り裂く鋭さで、しかも疾風の如き速さを誇る。ギチギチと鳴る牙は人の頭蓋をかみ砕き、いざとなれば少しだが飛ぶ事もできる。森の殺し屋と名高いDランクの魔物だ。
その攻撃に、正面から一人で対応しているのは白蛇の鱗のリーダー、ロドズ。大きめの片手盾と、短く幅広の片手剣で正面から相対している。
しかし、キラーマンティスの速く鋭い攻撃は、Cランク冒険者のロドズをもってしても守る一方にさせていた。
……させていたのだが、そもそもロドズに攻める気はなさそうだ。
短い剣はどうやら攻撃のための物ではなく、守るための剣らしい。両腕から繰り返される鋭い斬撃は、大きめの盾に受けられ、取り回しのいい短い剣に弾かれる。
守りを重視した戦闘スタイルは、堅実そのものだ。集まる冒険者も正面に手だしする様子はなく、ロドズへの信頼が見て取れる。
そして、ロドズが正面を引き受けている間に、背後の腹部に向けて何人もの射手から幾本もの矢が放たれる。一本では大したダメージはなくても、次々に突き刺さる矢は数の暴力だ。
さしものキラーマンティスも、背中の甲殻を開いて飛んで逃げるべく翅を開いた。
しかし、目の前で飛ぼうとする隙を、ロドズが逃すはずもなく、短い片手剣が突き刺さる。
さらに甲殻が開いてむき出しになった腹部に、ジロットの投げた槍が突き刺さった。もはや、キラーマンティスが憐れですらある。
さすがのキラーマンティスも、それで地面に倒れ身をよじる、そのまま地面にはり付ける様に何本もの槍が止めを刺した。
何を思って、こんな敵陣のど真ん中へ、しかも単独で飛び込んで来たのかわからない。
「嫌な感じだ」
戻ってきたロドズが、そう口にした。
「そうなのか? 見事な完勝に見えたが」
「この人数でよってたかればな。それよりも、なんでキラーマンティスが単独で襲って来たかがわからん。いつもと違うってのは、それだけで嫌なもんだ」
休憩が終わり、警戒を厳にするように声がかけられ、出発となった。
峠を登り続け標高が高くなるほどに、森は見通しのよい林へと変わっていった。空気が徐々に冷たくなり、まばらな林も低木へと入れ替わっていく。
「ピッ」
するどく笛が鳴らされ、上空が指差される。空を見上げると、灰色の空を鳥とは違う影が遥か上空を飛んでいる。あれがハーピーか。その影は2つ。2羽なのか、2匹なのか。どっちでもいいが。
商隊に緊張が走る。林から完全に抜ける頃に、レリアネが馬を寄せてきた。
「伝言よ。クイーンがいるみたい、注意して」
「もうわかったのか、ずいぶん早いな」
「上空にいるハーピーが襲ってこないのは見張りだからよ。群れで役割分担がされてるのは、統率個体がいる証拠だわ」
そう説明して、隊列へ伝言して回った。
それを聞いて、商隊の動きが慌ただしくなった。戦えない者も、木でできた盾を用意して、脇に備える。
隊列の進行速度は、まるで気付かれるのを恐れながら移動しているかのように、ゆっくりになる。
上空のハーピーはどこからともなく集まり、その数はすでに10匹を超えている。だが、まだ襲ってくる気配はない。
それでもさらに数は増えて、上空で渦を巻くように旋回を始めた。
だんだんと、見上げる首の角度がきつくなってくる。そして、ほぼ真下に差し掛かろうかという頃、上空から何かが近くの草むらに落ちて<ドッ>と音がした。
「盾をかざせ! 岩落としだ!」
商隊のどこからともなく声が上がり、盾は持ってないので両手剣を抜いて頭上にかざす。空爆かよっ。
やがて上空のハーピーの群れから、ゴマ粒のようなものが撒かれるのが見える。
直後、<ドドドッ>っと連続する音と共に、オークの拳ほどもありそうな岩が降り注いだ。
あちらこちらで、悲鳴と、激突音と、馬のいななきが起こる。
<ギィンッ>
ムルゼにも当たりそうだった岩を、斜めに構えたマインブレイカーで軌道を変えて受け流す。
「1人やられたッ回復を頼む!」「車輪が壊されたぞ!」
「こっちも1人だっ!」
すぐさま、下馬して倒れている人に向かう。
駆け寄ると、足が変な方向を向いていた。
「ぐがぁーっ!」
<ゴキュッ>と、迷わず足の向きを戻すと、怪我人が悲鳴を上げる。
「うるせぇ! メー・レイ・モート・セイ ヒール!」
骨折部分に手をかざして回復する。
「どうだ、立てるか?」
「ああ、助かった。ところで、あんた、杖は?」
その
「まだ怪我人はいるかっ」
「馬がやられたっ」
「悪いが、それも戦闘後だ!」
周囲を見渡すが、他の怪我人は他の回復術師が治したようだ。1台の馬車の車輪が壊れ、隊列は完全に止まってしまった。ここで見捨てて先に行く事はできない。先に行ったところで逃げ切れる相手でもないし、戦力を分ける意味も無い。
それに、商隊が壊滅でもすれば話は別だが、護衛の冒険者も行商人も信頼が欠かせないのだ。
上空のハーピーたちは、獲物の様子をうかがうように、なおも渦を巻いて旋回を続けている。さすがに次弾装填はできないようだな。
そして、渦の中心へと近づいた個体から、翼をたたんで地面に向かって急降下を始めた。
次々に降りるその様子は、地面に向かって穂先を伸ばす、細長い竜巻を彷彿とさせるものだった。
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