田園地帯
国境を越えラバハスク神聖帝国へ入国して、最初の目的地は次の街“ネルラル”だ。
目的地と言うからには目的がある。しかしそれはネルラルの街自体ではなく、その更に次の目的地である“領都モベラル”についての情報を集めるためだった。
そしてその目的地である領都モベラルには、実は何の目的もない。目的はモベラルの街を迂回する事にある。
この付近で最大の街、いや都市の、領都モベラルの周囲は農村も多い。その農村伝いに移動することで、主要街道を迂回する。その間にリバースエイジを試す作戦なのだ。
現状では、どうせ大きく若返りはできないのだから、このタイミングを逃す手はない。農村ならば、たとえ噂話が回っていても、多少の食い違いなら押し通すつもりだ。
米……クルンを食べた村を出ると、ネルラルの街はもう一つ川にかかった橋を越えて、意外な程近い。
水田地帯を越えた先に現れる丘の上に立つ石造りの城が、東洋と西洋が混ざったような、なんとも言えない違和感を与える。
街に作られた城壁や城は、基本的には魔物に対応するための物だ。もちろん、人間同士の戦争もきっとあるのだろうが、魔物の脅威のほうが身近で日常的といえる。
近付いて見たネルラルの城門や城壁は、何かの模様と魔物の石像が並ぶ不思議な雰囲気を漂わせていた。
城門をくぐって中に入っても、その雰囲気は変わらない。建物の屋根や、店先には様々な魔物の石像が置かれている。一番人気は角の生えた鬼、恐らくはオーガと思われる。鬼瓦みたいな物だろうか。2番人気は翼の生えた悪魔?だ。
それは、ネルラルの冒険者ギルドの建物も同様だった。厩舎にムルゼを預けて、屋根の上から見下ろすオーガの石像の視線をくぐり、ギルドの中へと入る。
受付もそこそこに、情報料を払って領都モベラル周囲の村々の位置関係を、出来るだけ詳細に調べさせてもらった。
その結果、領都の手前の宿場町から、農村を伝って迂回できる経路を見つける事ができた。
調べ物を終えて、次に訪れたのは靴屋だ。もし両足が揃っても、履く靴が無ければ困ってしまう。
「ありあわせの靴が欲しいのですが、何かありませんか」
店主にたずねてみる。注文して出来上がりを待ちたくないし、あまり張り切っていい物を買うと、失敗した時の心のダメージが大きい。
「ありあわせねぇ。その足に履かせるのか?」
そう言って義足を指差された。義足に靴を履かせるのは別に珍しくもない。
「そうです。取り付けはこちらでやります」
ホントはそんなつもりはない。
「ふぅん、ちょっと待ってな」
そう言って、店の奥から何足かの靴を持って来てくれた。その中から、サイズの近い物を選んで買った。
「お買い上げありがとよ、靴下も買い替えといたほうがいいぜ」
「余計なお世話だっ」
一言多い店主だった。実際、残った足にかかる負担は大きく、靴下の消耗も早い。ただし、一足買えば2着分になるのがせめてもの救いだ。
他にも保存食の買い足しや、靴下を含む日用品の買い替えを行えば、ネルラルにもはや用はない。
ギルドのお勧め宿に一泊して、翌朝には街を出発した。
城門を出て振り返ると、城壁に並ぶ魔物の石像と目が合ったような気がした。
じーっと見ていると
「おい、邪魔だ、早く行ってくれ」
後ろの馬車に怒られてしまった。
「ああ、済まない」
あわててムルゼにまたがって馬を進めた。
必然的に並走した馬車の御者に世間話がてらに聞いてみる。
「あの石像にはどんな意味があるんだ?」
「ああ、ありゃあ、飾っとくと魔物に襲われないってお守りさ」
やっぱり鬼瓦みたいな物か。
「そう言えばドラゴンは見なかったな」
「なんでも、昔、屋根にドラゴンを飾っていた家が魔物に襲われて、他の家は無事だったことがあったらしい。まぁ、実際には関係ないって話だがな。何を飾ってても、襲われる時は襲われる。気休めにしかならんよ」
「気休めになるなら、飾る気持ちはわかる気がするけどな」
「はは、そりゃ違ぇねぇわ」
御者とはそこで手を振って別れ、広い街道を先へと進む。
領都モベラルへと向かう街道を進む旅路は、水田と畑の景色が続き、順調そのものだった。
ラバハスク神聖帝国は、これまで通ってきた国の中で最も大きい。その主要街道だけあって魔物も少なく、農村も多くて野宿も必要なかった。
街道沿いに整備された広場には、昼時ともなれば近くの田畑から人が集まり、炊事の煙が賑わいを見せる。川では子供たちが裸で遊び、たまに通りすぎる林や森も浅く魔物の気配は見られない。
領都モベラルの手前の宿場町までの道程は、これまでの旅で最も平和でのどかなものとなった。
しかし、それは主要街道を外れて、農村を伝う迂回ルートへと向かうまでのことだった。
農村へと向かうためだけの道は、森を縫うように続く。しかも、主要な街道と比べて格段に細く頼りない。暗い森の奥は見通しが悪く、魔物の気配がそこかしこに感じられる。
気配だけではなく、実際に出現する魔物も多かった。
街道の先に見えた、懐かしい3つのシルエットはゴブリンのようだ。
「やっ」
ムルゼの横腹を蹴って駆け出し、前傾しつつ手綱から手を放してマインブレイカーを横に構える。
「せあっ」
こちらを見つけて騒ぐゴブリンの横を駆け抜けながら、横薙ぎに振り抜いて切り捨てた。
両手剣のリーチは長いので、騎乗したままでもかなり届くのはありがたい。ゴブリンはまだ残っていたが、そのまま置き去りにして街道を駆け抜けた。
足の速いウルフの類なら、止まってでも相手をするが、ゴブリンならいちいち相手をするまでもない。
それに、農村へと向かうこの細い街道を進む一番の目的は、農村へたどり着くことではない。人目につかず、安全にリバースエイジを使える場所を探すためだ。
昼も過ぎる頃にようやく見つけたのは、街道から少し離れた場所に立つ森が開けた大岩の陰。
そばに立つ木にムルゼを繋いで、一通り周囲の安全を確認をする。周囲に魔物の気配は感じられなかったので、岩に寄りかかって座り、義足を取り外した。
足が戻る可能性は低いとは思う。それでもリバースエイジは神様のくれたスキルだ。その可能性に祈るしかない。
逆行する年齢は、さんざん考えた。試すには最低でも25歳だが、できればもう少し若返りたい。外見に違和感の出ない範囲を考えて、23歳へと戻すことにした。
目を閉じて深く息を吸う。なんとなく魔力を整えたのは、気持ちを落ち着かせるためだ。
<ゴクリ>
思わず息を飲んで、目を開いた。
さぁ行くぞ!
「リバースエイジ4歳逆行!」
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