借り
「リバースエイジ4歳逆行!」
毎年スキルを使う時と同じように、身体が少しだけ光ったような気がした。
……
……
しかし、足に変わった様子はない。
「ステータスオープン」
ステータスを確認すると、年齢の表示は“27”から“23”へ変わっていた。リバースエイジは間違いなく発動していた。
「だめかぁ~~」
背後の岩に背中をあずけ、思わず天を仰いで口にした。
残念だ。
もともと、なんの根拠もない思い付きに過ぎなかった。23歳へと若返った身体は、27歳の時と変わらぬ力強さを保っている。
考えみれば、遥か昔、かつて地球で23歳だった頃は、これほど鍛えられた戦士の身体はしていなかった。今までもリバースエイジを使って、鍛えた身体が衰えるようなことはなかった。
リバースエイジは年齢を逆行させるスキルにすぎなかった。身体の時間を巻き戻すスキルではなかったんだ。
うすうす気付いてはいた。でも、希望にすがりたくて考えない様にしていただけだ。
そうは分かっていても残念には思わずにはいられなかった。
<パンッ>
それでも、顔をはたいて岩から身体を起こし、義足を付け直して立ち上がる。
「さて、」
残念だからといって、落ち込んでばかりはいられない。別に足が生える道が閉ざされた訳ではない。ちょっとした思い付きが上手くいかなかった、そう思う事にした。
それに、これでうすうす気付いていた、もう一つの可能性とようやく向き合うことができる。
それは、足を失ったあの時には思いつかなかった可能性だ。
光魔法を手に入れてワイバーンと戦い、マインブレイカーを手に入れてホーンドディアと戦って思った事。
『ここまで戦えれば、リジェネレートを覚えるより先に、治療費の白金貨3枚貯まるほうが早い』
まさか、ここにきて予備作戦<プランB>が浮かび上がってくるとは。大通りを突き進んでいたら、裏道に出たような気分だ。
足を生やすことばかり考えていた。義足でここまで戦えるようになるとは、正直あの時は予想できていなかったんだ。
ただ、本来、光魔法を手に入れたのは、自力で足を戻すためだった。その目標を目指したい気持ちもある。これからどうするのか、しっかり考えねばなるまい。落ち込んでいるヒマなどないのだ。
荷物からネルラルで買った靴を取り出して、そっと大岩の上に置いた。出番がまだちょっとだけ早かったみたいだな。
ついでに干し肉を取り出して、かじりつく。ムルゼの手綱を解いて飛び乗ると、23歳へと若返った身体は躍動を見せた。
手綱を引いて馬首を返し、街道へと戻る。ムルゼの落ち着いた歩みが、妙に心強く思えた。
気を取り直して街道へと戻り、農村を目指す道程を再開する。次は農村まで噂話が回っているか、確認しなければならない。
ムルゼの歩みにまかせて揺られていると、森から<ガサッ>っと音がした。念のため、手綱を引いてムルゼの足を止める。じっと森を見ていると、森の中からこちらを見る複数の目が見えた。
目は複数だが、体は1つ。お前か。
ムルゼから降りて、マインブレイカーを抜く。
ちょうど、うさばら……いや、若返った戦闘感を試したかったところだ。それに、お前のお仲間には色々思うところがある。
ゆっくりと歩いて近づくと、相手も森から姿を現した。その姿は2mほどの黒い巨大なクモ。お久しぶりだ! ジャイアントスパイダー!
間合いが詰まり、一気に加速しこちらに突っ込んでくるのに合わせて、マインブレイカーを振り抜いた。
<ギインッ>
硬質な音を立てて、両者が弾かれる。やはり硬い、サンドスコーピオンと同じくらいとみた。
左右に跳ねるように後退していくジャイアントスパイダー。こちらを手強いとみて、足場の優位な森の中に誘い込もうというのか。
そんな見え見えの誘いに……乗ってやろうじゃねぇか! あの時の借りを返してやるぜ!
迷いなく森の中へ進むと、ジャイアントスパイダーは木の上に跳び移った。木と木の間を跳び回り、時折襲い掛かって来るのを剣で弾く。
ジャイアントスパイダーは何度弾かれても、木々の間を跳び続けた。そして、ある一点で動きを止める。それは、木と木の間の空中。
よく見ると、足元にキラリと光る糸が見える。木々の間張られた糸の上を滑る様に動き回る姿は、空中を歩いているかの様だ。
こちらの隙を伺うように、頭上で周囲を回り出した。それに合わせ、常に正面に見据える様にこちらも角度を変える。
その時、突然マインブレイカーが、引っ張られるように重くなった。どうやら、見えない糸に引っかかったらしい。なるほど、この一帯は既にクモの巣の中というわけか。
その隙を逃さず、ジャイアントスパイダーは空中に大きく跳び上がり、こちらに襲いかかって来た。
やっと来たな! 狙っていたのは、この動きの大きな攻撃だ。
マインブレイカーへ魔力を全力で流し、剣身を持ち上げると引っかかっていた糸が“プツリ”と切れる感触があった。横に構えた剣をそのまま肩に担ぎ、上段へと回す。
「せえぇぇいッ!!」
空中から襲いかかるジャイアントスパイダーの正面へと、上段の真上から振り抜いた。
<キンッ>
そんな、思いの外軽い音を立てて、ジャイアントスパイダーは失速し地面に墜ちる。その頭部は、前脚と共に真っ二つに切り裂かれていた。
「ふぅ」
剣を納めて一息ついた。
ジャイアントスパイダーを解体しながら、先ほどの戦闘を思い返してみる。身体は違和感なく動いた。むしろ調子がいいと思えるほどだ。
だが、相手の誘いに突っ込んで行くのは、うかつな部分があったと言わざるを得ない。
因縁ある相手で熱くなったのもあるが、ひょっとしたら、若返った体が何か精神にも影響を与えているのかもしれない。心と体が無関係でいられるはずもないのだ。そうだとしてもなんの不思議もない。
気を引き締め直せと、心の中のおっさんが警鐘を鳴らす。
「ブルル」
心なしか、ムルゼもあきれている様に見えた。
ジャイアントスパイダーの解体を終えて街道を進んでいくと、ネルラルで調べた情報通りに日が沈む前には農村へと到着できた。
馬から降りて門番へと冒険者プレートを見せる。内心はちょっとドキドキだ。
「この村へなんの用だ?」
門番の男は、いぶかし気にたずねてきた。
名前の事も、足の事も言われなかったので、心の中で安堵のため息をつく。
「一晩、過ごさせてもらいたいだけです」
「それなら、村の中程に民宿をやっている家がある。ここから見える三角屋根が三つ繋がった家だ。そこに行くといい」
「ご親切にありがとうございます」
門番の男に頭を下げて村の中へ入っていった。
教えられた家は、一見ではちょっと大きい普通の住居だった。扉を叩くと、中から中年の女性が顔をのぞかせる。
「突然すいません。こちらで泊めてもらえると、門番の人に聞いてきたのですが」
「おや、冒険者さんかい? なんの準備もしてないから、食事は簡単な物になるよ。それでもかまわないなら銀貨3枚、厩が銀貨1枚だよ」
「かまいません」
「なら、馬を
厩にムルゼを入れて家の中に入ると、中はちょっと広い普通の住宅といった内装だった。部屋へと案内されて、荷物を置いて装備を外していると、扉がノックされ
「もうすぐ夕食だよ」
と、扉の外から声がかかった。
「はーい、すぐ行きます」
返事をして食堂へと向かうと、夕飯は粥のような物と、黄色いソースのかかった肉と野菜の炒め物だった。パンがよかったな。
「おかわりはあるから、欲しかったら言っとくれよ」
「わかりました」
本音はしまって、空になった器を差し出すと、民宿の女将さんは少し笑って言った。
「そうそう、若いんだからたくさん食べないとだめだよ」
そう言って粥をよそってくれる女将さんの言葉に、違和感を覚えた。この世界で若者と言われて思い浮かぶのは、せいぜいが十代の後半までだと思う。20歳ともなれば一人前扱いされる。23歳ならなおのことだ。
「そんなに若くもないつもりなのですが」
それを聞いた女将さんは、
「ほら、そんな事言うのが若い証拠だよ」
そう言ってケラケラ笑い続けた。
なんだか遊ばれている気がして、それからはだまって粥をかきこんだ。
食事を終えて湯をもらい部屋に戻る。ベッドに入ってから思い出した。
(そう言えば、今まで自分も23歳程度の相手なら、さんざん若者扱いしてたな)
自分の年齢が変わっても、目に映る世界は変わらない。本当は年下であろう女将さんが、今は年上だという感覚が、年齢に対して足りてなかった気がした。
違和感の正体に気付けた気がして、その日はぐっすりと眠りについた。
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