素振り


 夜の森を焚火の光が照らし出す。

乗り合い馬車の乗客たちが、夕食後に談笑をしている。


<ヒュンッ>

 素振りの音が、夜の空気を切り裂いた。

ガセババルを出発して、最初の街メセババロへ向かう道中の野営での事だ。


 剣に魔力を流し続ければ、魔力の維持が辛くなる。

 流す魔力が少なければ、重い両手剣に振り回される。


 試行錯誤を繰り返す中で、踏み込んだ義足がぐらついた。流す魔力が少なすぎて、両手剣を振り回す荷重に耐えられていない。


「っと!?」


 剣筋が乱れ、バランスを崩して転んでしまった。


 マインブレイカーを手に入れてから、すぐにガセババルを出発した。旅を進めなければ、いつまでたってもリバースエイジを使うことはできない。

 それを言うなら、ドワーフの王国になど立ち寄らなければいいのだが、過ぎた事だ。


「大丈夫かー?」


 聞いてきた護衛の冒険者に手を上げて応えた。魔力を流すのが辛くなって、量が減ってしまっていたようだ。何しろ、魔力量が変わる度に、剣を振る重さの感覚が変わるんだ。剣術スキルは動作の補正はしてくれるが、さすがにこれには対応できない。

 魔法を使う時は、魔力はその時だけ高ぶる。こんな風に、一定量の魔力を長時間維持する使い方はしたことがなかった。


「はぁ」


 久しぶりに振るう両手剣の重さと、魔力量の調整が加わる難易度に思わずため息をつく。

 これは相当に苦戦しそうだと、マインブレイカーの剣身を眺めながら思わずにはいられなかった。



 メセババロへ到着し、宿についても素振りは続いた。


「はぁっ」


 連日の振り込みで、身体の節々が悲鳴をあげる。「筋肉痛は回復魔法で治してはならん」ゼンリマ神父の教えだ。治る事は治るのだが、筋肉が鍛えられないらしい。

 魔力の鍛錬が優先なので、振れなくなれば使うつもりだ。しかし、魔力は回復魔法では回復しないので、どちらにせよ永遠に振れるわけではない。

 身体も鍛えられるなら、それに越したことはないので、ギリギリまでは使いたくない。


 流す魔力を少し増やして、宿屋の裏で剣を振り続けた。



 メセババロを出発して、国境を越えてメギトスへ再入国。

道中の馬車の中ではひたすら寝続ける。少しでも魔力と身体を回復させるのだ。

ステータスの表示する年齢は“27”。もはや大きく若返りたいとは言えなくても、せめてもう少しだけでも年齢を戻したい。足だって試さなければならないんだ。


 乗り合い馬車が止まり、目が覚めて周囲を見ると、見覚えのある岩窟の野営地が目に入った。

 明日には三叉路の街メセロロへ到着する。肩に預けたマインブレイカーを持ち直して、馬車から降りた。

 さすがに今日は素振りは休みだ。オーバーワークになってもいけない。こんな日は光魔法のスキル上げをしたいのだが、自分にヒールをかけては筋肉痛まで治してしまう。


 ナイフを手に持って乗客にたずねた。


「スキルのレベル上げたいから、怪我してくれません?」


「お断りだっ!」


 そうなのか、残念だ。


 たまには何もしない日があってもいいか、と思いなおし、ぼんやりと焚火を眺める。

 見上げれば、空には青みがかかった月が浮かび、星座など一つもわからない。視線を降ろし、再び焚火を見つめる。


(火はどこの世界でも変わらないな)


 そんなことが頭によぎり、夜営の夜は過ぎていった。



 メセロロの宿屋でも休養を取ると、身体はすっかり軽くなった。ここから乗り合い馬車で西へと進んで、ラバハスク方面の国境の街“メイザンヌ”へと向かう。

 3泊4日とかなり距離があるが、幸いなことに1日も走れば農村にたどり着く。そこから先は農村が続くため、3泊とも野営しないで済むそうだ。


 街を出て初日はメギトスらしい茶色い荒野が続いたが、徐々に緑が濃くなり、夕方には草原と言ってもいいほどになっていた。

 周囲に畑が広がる農村へ日没ギリギリに辿り着き、村へ入って宿を取った。


<ヒュンッ>

 暗い宿の裏手にライトの灯かりを浮かべ、素振りをしてみると、以前よりも魔力の制御が安定するようになっていた。やはり休養も大事なのだ、と実感できる。

 これならいけるかもしれない、と思って素振りに動きを加えて型稽古へと移行した。


「ぐわっ」


 しばらくは安定していたのだが、疲れてくると魔力が乱れ、剣の重さが変わって転んでしまった。素振りと違い動作が多くて大きいので、魔力が乱れるとすぐ体勢が崩れてしまう。


 まだまだだが、それでも進歩は見られた。地面に寝転んだまま、手応えに拳を握った。

 



 国境の街“メイザンヌ”には、国境線となる大きな川が流れているそうだ。

その川へと流れ込む支流に沿って、街道と農村は造られていた。周囲の光景はすっかり緑が多くなり、その中に所々にそびえ立つ岩山が印象的だ。


 拓かれた農地は人の領域を主張し、見通しの良い景色は魔物の襲撃を減らす好循環を産む。

 稀に襲ってくるちょっと変わった色のゴブリンや、鋭く尖った牙が横向きに生えるダガーウルフも護衛冒険者の弓の的でしかない。

 この辺りの冒険者は、弓の装備率がかなり高いようだ。騎乗したままで楽々と魔物を貫く腕前は、なかなかのものだ。

 

 見ていると、ずいぶんと射ていない弓を買いたくなるが、弓の練習をするほど余裕のある状況ではない。まずは剣を使えるようにしなくては。



 メイザンヌへ向かう馬車の旅も4日目となり、村と村の間隔が狭くなってきた。街が近づいている証拠だ。


「見えてきましたよ」


 御者の言葉に、幌馬車の中から前を覗くと、まだかなり距離があるにもかかわらず茶色い城壁が見えてきた。

 あれがメイザンヌか。かなり大きな街だな。


 

「ほ~、あんたが」


 冒険者プレートを見せた時の、衛兵の反応にもすっかり慣れてしまった。街の門をくぐりメイザンヌの中へと入る。城壁の内部は木と石のブロックが組み合わされていて、シンプルだが統一感のある街並みになっていた。

 岩山がたくさんあったので、どこかに石切り場があるのだろう。


 そのせいなのか、きっちりとした印象を受ける冒険者ギルドの建物へと入った。既に夕方近いせいもあって、多くの冒険者がたむろしている。受付の列へと並び、到着報告と、街の案内を受け取った。


 ガセババルを出発してから3週間、ひたすら移動と素振りを繰り返してきた。しかし、そろそろ戦える目途を付けたかったので、しばらくこの街に滞在しようと思っていたんだ。



「せぃッ!」


 翌日から、冒険者ギルドの訓練場へ入り浸っての鍛錬が始まった。


「らァッ!」


 マインブレイカーを使い始めた頃に比べれば、魔力の変動は緩やかになっていた。急激な入りと切りではなく、緩やかに増減する感じだ。まだ変動幅はあるが。それに加えて、振り続けたことで両手剣の扱いにも慣れが出てくる。身体への負担は段階的に減っていった。


「はっ!」


 魔力を維持できる時間の伸びと、身体への負担の減りの両方が、剣を振る時間を延ばす。それは、魔力量調整の上達を加速させた。

 メイザンヌに来てから剣を振り続け、1週間が経つ頃には、鍛錬は型稽古を長時間こなせるほどにまでなっていた。

 うん、ここまで来れば、実戦に移れそうだ。



 訓練場から冒険者ギルドの建物へ入り、掲示板の依頼を吟味して1枚の依頼書を剥がす。

 それを受付カウンターへ持っていき


「この依頼を受注したい」


 そう言って、受付嬢へと手渡した。選んだ依頼はEランク依頼、マーダーブル討伐。



 いきなり無茶はできない。安全優先で低いランクの依頼にしておいた。



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