マインブレイカー


 支店長の言った武器屋は、本当にナロリ魔道具店を出た近所にあった。店主に話をつけて、店裏の広くなった場所に準備をしてもらう。


 証明方法は試し切りだ。試し切り用の藁が入れられた袋が並べられ、どこまで切れたかで判断する。


 たまたま店にいたBランク冒険者のドワーフが駆り出され、それぞれが一回ずつ試し切りを行う事になった。


「フンッ」

<バスンッ>

 ドワーフの冒険者が振るったマインブレイカーが、派手な音をたてて藁袋を切り裂いた。

 袋は2つ目を切り裂いた所で止まっていた。付与効果は発動していないはずなのに、なんてパワーだ。


「フム、やはりこの剣ではこの程度か」


 それでも冒険者は、不満気に愚痴をこぼした。


「さぁ、その足とこの剣でどこまでできるのか。ワイバーンを倒したという剣技、見せてもらうぞ」


 渡されたマインブレイカーを受け取った。ずいぶんとハードルを上げてくれる。結果が見えてるなんて言ったのは、どこのどいつだ。



 それでも、ここまで来たらやるしかない。並べ直された藁袋の前に立った。


 目を閉じてマインブレイカーへと魔力を流す。

 コイツだってきっと悔しかったはずだ。剣として作られたのに、剣として扱われず。誰かに使ってもらうこともなく飾られて。


 俺がお前の実力を証明するよ、魔道杖呼ばわりした連中を見返してやろうぜ。

 だからマインブレイカー、お前も力を貸してほしい。剣としてのその力を。


 魔力を流す量を増やすほどに、剣は軽くなっていく。それは頼りなさを感じさせるものではなく、むしろ剣が身体の一部になるような、そんな一体感を感じさせるものだった。


 魔力を流す量をさらに増やしていく。自分の限界の、そのもうちょっと先まで絞り出す。

 手に感じる重さは、もう片手半剣と変わらないほどになっていた。


 さぁ、行ってみようかマインブレイカー! そして終わりの見えない俺の旅の剣になってくれ!!



 目を開いて藁袋を見た。長い剣身を肩に担ぎ、地面を蹴った義足は過不足なく力を伝える。


「せぇぇぇいッ!!」


 円を描く剣先は、腰から回転する身体によってさらに加速され藁袋へと吸い込まれる。

 その勢いは2袋目を切ってなお衰えず、滑らかに藁袋を切り裂く。その度に魔力が消費されるのがわかる。そういう剣なのか。

 切り進む剣身は、3袋目を切り裂いたところでようやく勢いが弱まり、4袋目に切り込んで止まった。


「見事!」


剣を振り切った背後で、ドワーフの冒険者が喝采をあげた。

どうよ、支店長。ちゃんと見てたか?


だが、振り返って見えたのは、涙を流す支店長の姿だった。


「確かにマインブレイカーの輝き、見せていただきました! ありがとうございます!」


「あ、ああ……」


「よかった、マインブレイカーは役立たずなんかじゃなかった。ほんとによかった!」


 言いたい事全部取られちゃったよ。



 ひとしおの興奮が収まると、支店長はマインブレイカーについての説明を始めた。


「この剣は、私の友人の鍛冶師と魔道具職人が協力して作った物なのです。更なる技術の向上を夢見て、2人の渾身の技術が込められたその剣は、何の役にも立たないとさんざん馬鹿にされました」


「でも、実験のためだったのでしょう?」


「いえ、その剣に限りません。その頃の私たちは使い手のことを考えず、やりたいことだけを詰め込んだ道具造りに夢中になってしまっていたのです」


 若い職人が試行錯誤する中でよくある話だ。挑戦するのは別に悪い事ではないと思う。ちゃんと仕事と両立すれば、だが。


「それに気付いた我々3人は、酒場でやけ酒を飲みながら語りました。この教訓を忘れないようにしよう、その剣に『マインブレイカー』と名付けて、目に付く場所に置いておこう、と」


 む、馬鹿にして付けられた銘じゃなかったのか。不名誉な銘には違いないが。


「でも、それは間違ってました。マインブレイカーは使い手と出会い、自らの力でそれを証明したんです!」


 拳を震わせ語る支店長の熱さに、完全に置きざりにされていた。


「ま、まぁ、おかげでこうしてこの剣と出会う事もできた訳ですから」


「それです!」


 支店長は<ビシッ>と、指を差した。あ、これはダメだ、もう止まらない。


「必要とされる物を作るだけでは、ダメだったんです。情熱を込められた物でなくては。そして私は物を作る2人の傍観者となっていました。作り手と使い手とを結びつけるのが、私の役割だったにもかかわらずに。本当に役に立っていなかったのは私だったのです!」



 もはや、こちらから言うべき事は何もなかった。その後も支店長の熱い語りは続き、武器屋の店主と、Bランク冒険者と、3人で並んでおとなしく話を聞く。


 店主は店はいいのだろうか?と、思ったのだが、ときおり奥さんと思われる人がお茶を持ってきてくれるので大丈夫なんだろう。Bランク冒険者のドワーフは、意外にも話を楽しんでいるようだ。



 熱いお茶をすすり、空を見上げると雲が多くなっていた。ここガセババルは、山が近いので、天気が変わりやすいと聞いた。今日あたり一雨降るかもしれない。


「あ、どうも」


 店主の奥さんが持ってきてくれた、お茶請けの何かの種をボリボリとかじる。塩が利いててうまい。



「……と、言う訳だったのです!!」


「「「おおー」」」


 ようやく長かった支店長の話が終わり、三人で拍手をした。三人の間には、何かをやりとげたような、そんな妙な一体感があった。


 その後、武器屋の店内に移動して、今まで使っていた剣を武器屋に買い取ってもらう。


「いいもん見せてもらった見物料だ!」


 武器屋の店主はそう言って、金額に少しだけ色を付けてくれた。そのお金に不足分を追加して、支店長に代金を支払った。


「銘は変えられないのか?」


「その剣は、柄の魔道部分に銘が刻んである。無理だろうな」


 どうやら銘は変えられないようだ。残念だが仕方ない。後はこの銘が “役立たず”だとは思われなくなるまで振ればいいんだ。


「アジフさんとマインブレイカーの活躍、楽しみにしてますから!」


 支店長に名前がバレてしまったのだ。噂を聞いていた冒険者がバラしたんだ。支店長の名前も聞いたのだが…… 支店長でいいだろう。


「噂になるような活躍をする予定はありませんよ」


 苦笑いをしながら握手をして、武器屋を後にした。




「あら、おかえりなさい。早いお戻りですね」


 遅めの昼食をとってから宿に戻ると、若いおかみさんが出迎えてくれた。


「収穫がありましたんでね」


「あら、じゃあ面白い物は見れました?」


 すこしふざけた様に笑いながら、たずねて来た。


「ええ、まぁ、思ってたのとはずいぶん違いましたけど」


 そう言ってから、背中に背負った両手剣をゆっくりと抜いて、横にした剣身に手を添えて見せた。


「え? この剣って、まさか!?」


「おかみさんのおかげでいい剣と出会えました」


 剣身を見せたまま笑い返すと、おかみさんは驚いて目を丸くしていた。


「この剣は、今まで役に立たないと思われてきました。でも、それは違ったんです。この『マインブレイカー』は可能性を秘めた名剣ですよ」


 それを聞いても、おかみさんの目は丸いままだった。



 今までの剣よりも太くなった薄青く輝く剣身は、その表情をはっきりと映し込んでいた。



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