失敗作



「いや、剣ですよね? なんで魔道具店に剣が?」


「やっぱり私の話が必要になりましたな」


 良い笑顔を見せて、支店長は話を始めた。


「確かに、これは剣として作られました。そもそもは剣への付与の効果を引き上げるための実験だったんです。魔法付与で剣に効果を留めるのは限界があります。それを打ち破るために、効果を留めるのではなく、魔力を直接流して効果を発生させる試みだったのです」


「おお、なんだか凄そうですね。実験は失敗したのですか?」


「高位の魔術師の流す魔力によって、効果の発生には成功しました。それも切れ味、重量軽減、丈夫さそれぞれについてです。しかし、いくら魔力をそそいでも限界を打ち破る事はできなかったのです」


「効果が発生しただけでも凄いことではないのですか?」


 それを聞いた支店長は、残念そうに短い首を横に振った。


「それだけなら、魔力を消費しない付与魔法の方が優れています。しかも、発生効果の強さが流した魔力量で決まってしまうのです。その結果として、残されたのは剣の形をした、ただの魔道杖になってしまったのです」


 ん? いや、そうでもないでしょ?

確かに魔力を消費するデメリットはあるが、付与効果の付いた剣にはない、杖として使えるメリットもある。魔法を使う剣士や、剣を使う神官や司祭の話はたまに聞く話だ。


「魔法剣士なら使えるのではないですか?」


「剣と魔法の両方を使う方でも、魔法を使う時には動けませんから。魔力を流さなければ鋼に劣り、魔力を流せば動けない。戦いに使えない剣など飾りでしかありません」


 へぇ、それはいいことを聞いた。確かに並列思考スキルの話は他所では聞いたことがなかった。一般的じゃないレアスキルなのか。心の中で“ニヤリ”としたが、構わずに支店長の話は続く。


「しかも、杖としては重くて持ちにくく、値段も高い。結果として、剣士にも魔術師にも必要とされない物になってしまいました」


「なるほど、付与効果は発生するのにもったいないですね」


「ええ、しかしそれも、使用者の魔力を使わなくても効果を発揮する付与魔法には、利便性で及びませんでした」


 確かに、わざわざ動けなくなるデメリットを選ぶ必要はないか。高い効果を発揮できるほどの術者であれば、なおさら効果付与された物を買ったほうがいいだろう。


「そして、残されたこの失敗作は誰からも必要とされず、“能力はあっても役に立たない”という意味のドワーフのことわざ、“穴掘り名人、坑道を壊す”から取って『マインブレイカー』と銘が付けられたのです」


 支店長は言い切って、やりとげた様な顔をした。これを語るのを楽しみにしてるのか。

 『坑道』マインだったのか。ドワーフらしいと言える。



 しかし、この魔道杖、いや、剣はとても気になる。並列思考を持つ身としては、これほど自分にぴったりな剣をそのまま見過ごすわけにはいかない。

 問題点は、まず、自分で魔力を流してどれほどの付与魔法効果が発動するのか、とお値段だ。


「支店長、試しに魔力を流させてもらってもいいでしょうか」


「もちろんです、どうぞ」


 台の上に置かれた両手剣を手にとると、ズシリ、とした重さが伝わった。使いなれた片手半剣よりもずいぶん重いが、これでも鋼の両手剣よりは軽い。かつて足を失った時に、その重さが義足での戦いに向かないと諦めた理由でもある。


 体内の魔力を動かすと、その魔力が剣に流れ込んでいく。


「おおっ!」


 途端に、剣が薄青い輝きを強くし、少し軽くなった。確かに付与魔法が発動している。維持にはほんの少しだが、MPを消費しているようだ。


「ステータスオープン」


 ステータスを表示して、MPの減りを見ながら魔力を流すが、数字が減るほどの消費は見られない。

 今度は、そのまま魔力を流す量を増やしてみた。すると、じわじわと剣が軽くなるのを感じる。そのまま増やしていくと、ステータスの現在MPが1減った。これくらいの消費なら問題なさそうだ。


 限界まで魔力を流す量を増やすと、剣の重さはさらに軽くなり、片手半剣バスタードソードより少し重い程度にまでなった。その状態でもMPは3秒くらいに1減る程度だが、それ以前にそれだけの量を流し続ける維持が辛い。


 魔力の流れを止めると、ズシリ、と重さが戻ってきた。なるほど、効果を発生させるだけでもこれほどとは。並列思考のスキルには関係なく辛い。確かにこれは相当に不便だ。



「支店長、それで、この『マインブレイカー』はいくらで売っているのですか?」


 その質問は予想外だったのか、支店長は少し驚いた顔を見せた。


「そうですね……実はあまり売る気は無いのですが、もし売るなら金貨60枚くらいでしょうか」


 ぐっ! 全財産でも少し足りない。


「なんとか金貨50枚くらいになりませんか」


 がんばって聞いてみたが、それを聞いて支店長の目は鋭くなった。


「お客様は、珍品の収集家コレクターの方ですか? そういった方への販売はお断りしております。なにしろ、この魔道杖の教訓を語るのは私にとって、務めでもあるのですから」


 そうなのか……レッテロット、少し言葉を借りるぞ。


「私は収集家ではありませんし、失敗を教訓とするのもわかります。しかし、支店長。道具は使って初めて輝く物ではありませんか?」


 それを聞いた支店長は、動きを止めた。


「この魔道杖、いえ剣は、人々の期待を背負い、精一杯の性能を持って生まれました。にもかかわらず不名誉な銘を受け、その役割を果たすこと無くこうして日々好奇の目にさらされている。それで『マインブレイカー』は輝きますか?」


「わ、私だって道具屋の端くれです! そんなことは言われなくてもわかってます。でも、だからってどうしろって言うんですか! 人目に付かないように倉庫にこっそりしまっておけとでも?」


 それまでの理知的な態度を一変させて、支店長は声を荒らげた。これまでも思うところがあったのかもしれない。


「私なら、この剣を輝かせてみせます」


 支店長の目を正面から見て断言した。ただし、買えれば、と後に付くけども。


「そ、そこまで言うのなら、もし、あなたが『マインブレイカー』の輝きを実際に私に見せてくれるというなら、いいでしょう。金貨50枚、いや40枚でお譲りしましょう」


「二言はありませんか?」


「もちろんです。ただし、あなたもそこまで言ったのです。もし納得できない結果なら相応の…… そうですね、その剣を賭けてもらいましょうか」


指を差した先には、腰に吊るした剣があった。


「あなたが納得するかどうかでは分かりづらい。それに、この剣は売れば金貨25枚はする。その賭けはつり合いませんよ」


「わかりました。私の知り合いにこの近所に武器屋をやっている者がいます。事情を知らせず、判断はその者に頼みましょう。そして、もし納得いく結果であれば、金貨35枚でお譲りします。それでどうですか?」


「その勝負、受けましょう」


 結果は見えている。受けない理由はない。


 この『マインブレイカー』は確かに不便だ。今の剣から持ち替えれば、魔力が鍛えられるまでは戦力も落ちてしまうだろう。しかし、所有者の魔力で効果が変わるというのは、言い換えれば、“自分と共に成長する剣”と言ってもいい。


 そして、もう一つ気に入った所がある。

これほど魔力のトレーニングに適した剣があるだろうか? いや、ない!

自分と共に成長し、しかも成長を助けてくれるんだ。そんなの名剣に決まってる。支店長のドヤ顔のネタにされて終わるような剣ではないはずだ!


 支店長と連れ立って武器屋へと向かう。その間も視線はぶつかったままだ。



 待ってろよ、『マインブレイカー』すぐにその理不尽な評価を書き換えてやるからな!



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